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第二章 満月の夜
15.さっさと逃げろ
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一緒に暮らすとなると家賃とか半分負担しないと悪いと思ったけど、廃墟同然だったこの小屋を安く購入して直しながら住んでいるから、心配しなくて大丈夫だと言われてしまった。
「俺はずっと一人で暮らしてきたんだ。誰かがいるってだけで嬉しいんだよ。君みたいな美人ならなおさら」
シャンはやかんでお湯を沸かしてコーヒーをドリップしながらちらちら僕の顔を見ていた。
家の壁にはたくさんの杭が打ってあって、のこぎりとか釣り竿とか飯ごうとかホットサンドを作るための道具とかいろいろなものが配置されている。アウトドア好きな男の秘密基地って感じで格好いい。今までシャンが一人で逞しく生きて来たことを感じさせる。
シャンは朝食に目玉焼きを乗せたトーストを用意してくれた。
「はい、どうぞ」
「うわ、いただきます」
湯気の上がるコーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れる僕の目の前で、シャンはブラックのまま飲んでいた。
前の世界では高校2年で17歳だった僕ときっとそんなに離れていないだろうけど、背が高いせいかシャンって妙に大人っぽいんだよな。なんていうか、色気もあるし。
朝ご飯を食べ終わると、シャンが森の奥へ出かけると言ったので僕もついて行くことにした。
彼は昨日と同じように家を出る前に、頭から顔を布で覆った。出かけるときはいつもそうするのだろう。
「ねえ、まだ……遠いの?」
森の中を歩き始めてすぐ、ついてきたことを後悔し始めていた。
太っているせいで元々運動は苦手な上に、昨日の疲れを引きずっているから余計に歩くのがしんどい。
「ちょっと休憩しようか?」
見かねてシャンがそう提案してくれた。勝手についてきて歩き疲れただなんてものすごくわがままを言っているのに、彼は嫌な顔一つしない。
「どうぞ」
ポケットからハンカチを出して傍らの苔の生えた切り株の上に敷き、僕に座るよう勧めてくれた。
本当に優しい。僕をお姫様のように丁重に扱ってくれるのだ。
「ありがとう」
「目的の場所までもう少しだからね。そうだ、ちょっとここで待ってて」
そう言うと彼は近くに生えている大きな木にするする登って、実っていたリンゴを一つ取って戻って来た。
「はい、よかったら」
「ありがとう、いただきますっ!」
歩いて喉が渇いていたから嬉しい。
前の世界では果物よりもコーラとポテチとか、ドーナツとか大好きだったんだけど、豚人になってからはいつも以上に果物や野菜が美味しく感じる。香りに敏感になった気がするのだ。リンゴってこんなにいい匂いだったっけ?
「なんか元気出た。もうちょっと歩けそう」
「それはよかった」
少し歩くと丸太でできた家が見えて来た。
その近くに切り倒した大木を大きなのこぎりで切っている男性がいる。
「アルバートさん」
シャンが呼ぶと男性は手を止めて顔を上げた。
口の周りに黒いひげの生えたクマのような大男だった。でもクマじゃない、頭の上には豚耳と先の潰れた鼻をしていて彼もまたこの世界の他の他の住人と同様に豚人だった。
「掛金と南京錠があったらほしいんだけど」
「ん、南京錠だって? 何に使う気だ? まさかその子を監禁するってんじゃないだろうな」
アルバートさんはたばこに火をつけながら、僕のことを見ていた。
「物騒なこと言わないでよ、物置を作るんだよ」
「倉庫を見てきな。あるものは何でも売ってやるよ」
歩き疲れていた僕は丸太の家のそばの倉庫へ行くシャンについて行かずに切り株へ座って待っていた。痛いヒザを擦りながら、上がっていた息をふうふう言いながら整えた。
倉庫の周りには椅子や机なんかが置かれている。アルバートさんは家具を作って暮らしている職人なのだろう。
「ずいぶんべっぴんさんだな。でも見ねえ顔だ、この辺のもんじゃないだろう?」
たばこの煙を吐きながらアルバートさんが尋ねた。
「はい……」
「お前さんぐらいの美人がいるっつう噂ならこんな森の奥にだって町からすぐに届くだろうに」
異世界から来たなんて言ったら驚かれるだろうから、僕は言葉を選んで説明した。
「実は僕、遠い場所からこの辺りへ来たばかりで。困っていたところをシャンに助けてもらって……」
「ほーん……、そうかい」
アルバートさんはひげの生えたあごをぽりぽり掻いて、ふーっとたばこの煙を長く吐いてからぼそりと小声で言った。
「悪いことは言わねえからよ……。食われちまわねえうちに、さっさと逃げろよな」
え? 食われるって、一体誰に!?
「俺はずっと一人で暮らしてきたんだ。誰かがいるってだけで嬉しいんだよ。君みたいな美人ならなおさら」
シャンはやかんでお湯を沸かしてコーヒーをドリップしながらちらちら僕の顔を見ていた。
家の壁にはたくさんの杭が打ってあって、のこぎりとか釣り竿とか飯ごうとかホットサンドを作るための道具とかいろいろなものが配置されている。アウトドア好きな男の秘密基地って感じで格好いい。今までシャンが一人で逞しく生きて来たことを感じさせる。
シャンは朝食に目玉焼きを乗せたトーストを用意してくれた。
「はい、どうぞ」
「うわ、いただきます」
湯気の上がるコーヒーに砂糖とミルクをたっぷり入れる僕の目の前で、シャンはブラックのまま飲んでいた。
前の世界では高校2年で17歳だった僕ときっとそんなに離れていないだろうけど、背が高いせいかシャンって妙に大人っぽいんだよな。なんていうか、色気もあるし。
朝ご飯を食べ終わると、シャンが森の奥へ出かけると言ったので僕もついて行くことにした。
彼は昨日と同じように家を出る前に、頭から顔を布で覆った。出かけるときはいつもそうするのだろう。
「ねえ、まだ……遠いの?」
森の中を歩き始めてすぐ、ついてきたことを後悔し始めていた。
太っているせいで元々運動は苦手な上に、昨日の疲れを引きずっているから余計に歩くのがしんどい。
「ちょっと休憩しようか?」
見かねてシャンがそう提案してくれた。勝手についてきて歩き疲れただなんてものすごくわがままを言っているのに、彼は嫌な顔一つしない。
「どうぞ」
ポケットからハンカチを出して傍らの苔の生えた切り株の上に敷き、僕に座るよう勧めてくれた。
本当に優しい。僕をお姫様のように丁重に扱ってくれるのだ。
「ありがとう」
「目的の場所までもう少しだからね。そうだ、ちょっとここで待ってて」
そう言うと彼は近くに生えている大きな木にするする登って、実っていたリンゴを一つ取って戻って来た。
「はい、よかったら」
「ありがとう、いただきますっ!」
歩いて喉が渇いていたから嬉しい。
前の世界では果物よりもコーラとポテチとか、ドーナツとか大好きだったんだけど、豚人になってからはいつも以上に果物や野菜が美味しく感じる。香りに敏感になった気がするのだ。リンゴってこんなにいい匂いだったっけ?
「なんか元気出た。もうちょっと歩けそう」
「それはよかった」
少し歩くと丸太でできた家が見えて来た。
その近くに切り倒した大木を大きなのこぎりで切っている男性がいる。
「アルバートさん」
シャンが呼ぶと男性は手を止めて顔を上げた。
口の周りに黒いひげの生えたクマのような大男だった。でもクマじゃない、頭の上には豚耳と先の潰れた鼻をしていて彼もまたこの世界の他の他の住人と同様に豚人だった。
「掛金と南京錠があったらほしいんだけど」
「ん、南京錠だって? 何に使う気だ? まさかその子を監禁するってんじゃないだろうな」
アルバートさんはたばこに火をつけながら、僕のことを見ていた。
「物騒なこと言わないでよ、物置を作るんだよ」
「倉庫を見てきな。あるものは何でも売ってやるよ」
歩き疲れていた僕は丸太の家のそばの倉庫へ行くシャンについて行かずに切り株へ座って待っていた。痛いヒザを擦りながら、上がっていた息をふうふう言いながら整えた。
倉庫の周りには椅子や机なんかが置かれている。アルバートさんは家具を作って暮らしている職人なのだろう。
「ずいぶんべっぴんさんだな。でも見ねえ顔だ、この辺のもんじゃないだろう?」
たばこの煙を吐きながらアルバートさんが尋ねた。
「はい……」
「お前さんぐらいの美人がいるっつう噂ならこんな森の奥にだって町からすぐに届くだろうに」
異世界から来たなんて言ったら驚かれるだろうから、僕は言葉を選んで説明した。
「実は僕、遠い場所からこの辺りへ来たばかりで。困っていたところをシャンに助けてもらって……」
「ほーん……、そうかい」
アルバートさんはひげの生えたあごをぽりぽり掻いて、ふーっとたばこの煙を長く吐いてからぼそりと小声で言った。
「悪いことは言わねえからよ……。食われちまわねえうちに、さっさと逃げろよな」
え? 食われるって、一体誰に!?
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