60 / 125
第八章 やっと手に入れた僕だけの…… (龍之介side)
60.再会の悦び
しおりを挟む
ホテルの部屋のベッドで目が覚めた。
すぐ隣で怜一郎さんがすうすう眠っていることに安堵し、その体にそっと腕を絡ませた。
もう、どこにも行っちゃダメですよ……。
サラサラとした黒髪に鼻先を埋めて彼特有の爽やかな匂いに安堵し、僕はチュッと彼のこめかみに口づけした。
「んんっ……」
長いまつ毛が揺れてまぶたが開いた。
凛々しい切れ長な目と視線が合って、それだけで僕の胸はトクンと甘く痺れた。
「おはようございます、怜一郎さん……」
「ん、……朝からべたべたすんな」
昨日のことを色々思い出したのか怜一郎さんは顔を赤く染め、僕の胸板を押した。
ワイシャツ一枚のセクシーな格好で彼はそっとベッドを降りて洗面所へ向かった。
怜一郎さんは昨夜限りでボブの店を辞めた。
あんな痴態を晒してその後も働けるほど彼の神経は図太くないし、それに僕としてもあんな店で働き続けてほしくない。
ボブに怜一郎さんを雇ってくれるよう頼んだのは彼が絶望しすぎて早まった行動をとるのを阻止するためと、恥ずかしがる彼の可愛らしい姿を僕が拝むためだった。
「お前のせいでこうなったんだから責任取れよ」
昨夜、ホテルのエレベーターの中で怜一郎さんは、しばらく部屋へ泊めろという意味でそう言ったが、僕はとぼけて、
「ええ、一生かけて責任取ります」
と彼の手の甲にキスをした。
そんな深い意味で言ったんじゃないのに……と恥ずかしがって顔を赤くした怜一郎さんに僕はキュンとした。
彼と無事再会できて本当に良かった……。
***
朝になっても彼が帰宅しなかったあの日。
屋敷のお手伝いさんは朝食の時間に、
「昨日の朝、怜一郎様から菜々美様へ今日の朝になったらこれをお渡しするようにと仰せつかっておりました」
と菜々美さんへ封筒を手渡した。
「あら、何かしら?」
と中身を見たらそれは離婚届だった。
怜一郎さん側の欄のみ丁寧な彼の字で全て記入されていた。
僕は胸騒ぎがして、すぐに怜一郎さんの様々な持ち物に取り付けておいたGPS発信機を確認した。
するとそれらの位置情報の表示はなんと海の上だったので驚いた。
それもよく見るとゆっくりと移動しているではないか。
船か、いや飛行機か、と調べるとそれは飛行機、ニューヨーク行きの昨夜の最終便だとわかった。
会社の不正について調べているようだから、その日もてっきり彼は朝まで会社で調べ物をしているのだろうと、僕は油断していたのだ。
エリカさんは怜一郎さんの部屋に仕掛けてあった盗聴器を解析した。
数日前に電話で彼が大学時代の知人である記者と昨夜バーで会う約束をしていたことがわかった。
あのことをリークしたんだ……と僕はすぐに気付いた。
まさか怜一郎さんがこんな大胆な行動に出るなんて……。
エリカさんと菜々美さんに僕はすぐ事情を説明した。
怜一郎さんが心配だから、僕もニューヨークへ行くと二人に告げた。
「もう戻ってこないかもしれません……」
義父さんは逮捕されるかもしれないし、どうなってしまうかわからないこの宝条家に、だいぶお腹の目立ってきたエリカさんを残して行かねばならないことは申し訳なく思ったが、
「私たちのことは大丈夫です。お腹の赤ちゃんも私たち二人で立派に育て上げますから、何もご心配なく」
と菜々美さんはきっぱりと言いきってくれた。
「まったくお兄様ったらどうしようもないわね」
エリカさんはむしろこの状況を楽しんでいて、ニヤニヤと笑っていた。
そうだった、彼女たちはただのお嬢様じゃないんだと僕は思い出した。
エリカさんはプロのヴァイオリニストだし、菜々美さんは自分で会社を経営しているやり手のキャリアウーマンだ。彼女たちは僕と怜一郎さんよりずっと強い人たちだ。
僕はネット上で離婚届をダウンロードし、僕の側だけ記入してエリカさんに手渡した。
「まあ、こうなれば私の計画も意味をなさないものね」
彼女はそう言ったが、僕は彼女たちにこれまでの感謝を丁寧に述べた上で、僕の考えているこれからのある計画にこれが必要なんだと説明した。
エリカさんと菜々美さんは納得し、なるべく早く離婚届を提出することを約束してくれた。
空港へ向かうタクシーの中で僕は現地のエージェントを雇い、GPSの場所を伝えて怜一郎さんの様子を探り、彼の身に危険が及ばないよう尾行させておいた。
一日遅れで僕もニューヨークへ到着した。
時差ボケで辛いが、すぐにエージェントと合流し、怜一郎さんの姿を遠くから見た。
「彼はピアノ関連の仕事を探しているようだ。頭が良くて品のある紳士のようだけれど、お世辞にも英語はうまいとは言えないし、就労ビザを持っていないからどこも彼を雇わない」
黒いスーツにサングラスのエージェントは肩をすくめて呆れたようにそう言った。
「事情があって慌ててニューヨークへ来たんだ。ビザなしで滞在できる90日のうちに仕事を見つけて、会社にビザを取得してもらうつもりかもしれないな」
「なるほどね。案外アメリカで就労ビザを取得するのは大変なんだ。あなたも苦労するんじゃない?」
「ふふ、僕は大丈夫。ビザなんていらないんだ」
内ポケットからパスポートを取り出してちらりと見せてやるとエージェントは、
「ああ、そういうことか。それは失礼」
と笑った。
それからは彼がアルバイトに受からず、カバンを盗まれるという災難に見舞われ、見かねて僕は知り合いのボブに会いに行き、彼を雇うよう交渉した。そしてあの店で働く彼と再会した。
***
すぐ隣で怜一郎さんがすうすう眠っていることに安堵し、その体にそっと腕を絡ませた。
もう、どこにも行っちゃダメですよ……。
サラサラとした黒髪に鼻先を埋めて彼特有の爽やかな匂いに安堵し、僕はチュッと彼のこめかみに口づけした。
「んんっ……」
長いまつ毛が揺れてまぶたが開いた。
凛々しい切れ長な目と視線が合って、それだけで僕の胸はトクンと甘く痺れた。
「おはようございます、怜一郎さん……」
「ん、……朝からべたべたすんな」
昨日のことを色々思い出したのか怜一郎さんは顔を赤く染め、僕の胸板を押した。
ワイシャツ一枚のセクシーな格好で彼はそっとベッドを降りて洗面所へ向かった。
怜一郎さんは昨夜限りでボブの店を辞めた。
あんな痴態を晒してその後も働けるほど彼の神経は図太くないし、それに僕としてもあんな店で働き続けてほしくない。
ボブに怜一郎さんを雇ってくれるよう頼んだのは彼が絶望しすぎて早まった行動をとるのを阻止するためと、恥ずかしがる彼の可愛らしい姿を僕が拝むためだった。
「お前のせいでこうなったんだから責任取れよ」
昨夜、ホテルのエレベーターの中で怜一郎さんは、しばらく部屋へ泊めろという意味でそう言ったが、僕はとぼけて、
「ええ、一生かけて責任取ります」
と彼の手の甲にキスをした。
そんな深い意味で言ったんじゃないのに……と恥ずかしがって顔を赤くした怜一郎さんに僕はキュンとした。
彼と無事再会できて本当に良かった……。
***
朝になっても彼が帰宅しなかったあの日。
屋敷のお手伝いさんは朝食の時間に、
「昨日の朝、怜一郎様から菜々美様へ今日の朝になったらこれをお渡しするようにと仰せつかっておりました」
と菜々美さんへ封筒を手渡した。
「あら、何かしら?」
と中身を見たらそれは離婚届だった。
怜一郎さん側の欄のみ丁寧な彼の字で全て記入されていた。
僕は胸騒ぎがして、すぐに怜一郎さんの様々な持ち物に取り付けておいたGPS発信機を確認した。
するとそれらの位置情報の表示はなんと海の上だったので驚いた。
それもよく見るとゆっくりと移動しているではないか。
船か、いや飛行機か、と調べるとそれは飛行機、ニューヨーク行きの昨夜の最終便だとわかった。
会社の不正について調べているようだから、その日もてっきり彼は朝まで会社で調べ物をしているのだろうと、僕は油断していたのだ。
エリカさんは怜一郎さんの部屋に仕掛けてあった盗聴器を解析した。
数日前に電話で彼が大学時代の知人である記者と昨夜バーで会う約束をしていたことがわかった。
あのことをリークしたんだ……と僕はすぐに気付いた。
まさか怜一郎さんがこんな大胆な行動に出るなんて……。
エリカさんと菜々美さんに僕はすぐ事情を説明した。
怜一郎さんが心配だから、僕もニューヨークへ行くと二人に告げた。
「もう戻ってこないかもしれません……」
義父さんは逮捕されるかもしれないし、どうなってしまうかわからないこの宝条家に、だいぶお腹の目立ってきたエリカさんを残して行かねばならないことは申し訳なく思ったが、
「私たちのことは大丈夫です。お腹の赤ちゃんも私たち二人で立派に育て上げますから、何もご心配なく」
と菜々美さんはきっぱりと言いきってくれた。
「まったくお兄様ったらどうしようもないわね」
エリカさんはむしろこの状況を楽しんでいて、ニヤニヤと笑っていた。
そうだった、彼女たちはただのお嬢様じゃないんだと僕は思い出した。
エリカさんはプロのヴァイオリニストだし、菜々美さんは自分で会社を経営しているやり手のキャリアウーマンだ。彼女たちは僕と怜一郎さんよりずっと強い人たちだ。
僕はネット上で離婚届をダウンロードし、僕の側だけ記入してエリカさんに手渡した。
「まあ、こうなれば私の計画も意味をなさないものね」
彼女はそう言ったが、僕は彼女たちにこれまでの感謝を丁寧に述べた上で、僕の考えているこれからのある計画にこれが必要なんだと説明した。
エリカさんと菜々美さんは納得し、なるべく早く離婚届を提出することを約束してくれた。
空港へ向かうタクシーの中で僕は現地のエージェントを雇い、GPSの場所を伝えて怜一郎さんの様子を探り、彼の身に危険が及ばないよう尾行させておいた。
一日遅れで僕もニューヨークへ到着した。
時差ボケで辛いが、すぐにエージェントと合流し、怜一郎さんの姿を遠くから見た。
「彼はピアノ関連の仕事を探しているようだ。頭が良くて品のある紳士のようだけれど、お世辞にも英語はうまいとは言えないし、就労ビザを持っていないからどこも彼を雇わない」
黒いスーツにサングラスのエージェントは肩をすくめて呆れたようにそう言った。
「事情があって慌ててニューヨークへ来たんだ。ビザなしで滞在できる90日のうちに仕事を見つけて、会社にビザを取得してもらうつもりかもしれないな」
「なるほどね。案外アメリカで就労ビザを取得するのは大変なんだ。あなたも苦労するんじゃない?」
「ふふ、僕は大丈夫。ビザなんていらないんだ」
内ポケットからパスポートを取り出してちらりと見せてやるとエージェントは、
「ああ、そういうことか。それは失礼」
と笑った。
それからは彼がアルバイトに受からず、カバンを盗まれるという災難に見舞われ、見かねて僕は知り合いのボブに会いに行き、彼を雇うよう交渉した。そしてあの店で働く彼と再会した。
***
15
お気に入りに追加
273
あなたにおすすめの小説

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;
溺愛じゃおさまらない
すずかけあおい
BL
上司の陽介と付き合っている誠也。
どろどろに愛されているけれど―――。
〔攻め〕市川 陽介(いちかわ ようすけ)34歳
〔受け〕大野 誠也(おおの せいや)26歳
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

自分の気持ちを素直に伝えたかったのに相手の心の声を聞いてしまう事になった話
よしゆき
BL
素直になれない受けが自分の気持ちを素直に伝えようとして「心を曝け出す薬」を飲んだら攻めの心の声が聞こえるようになった話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる