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第八章 やっと手に入れた僕だけの…… (龍之介side)
60.再会の悦び
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ホテルの部屋のベッドで目が覚めた。
すぐ隣で怜一郎さんがすうすう眠っていることに安堵し、その体にそっと腕を絡ませた。
もう、どこにも行っちゃダメですよ……。
サラサラとした黒髪に鼻先を埋めて彼特有の爽やかな匂いに安堵し、僕はチュッと彼のこめかみに口づけした。
「んんっ……」
長いまつ毛が揺れてまぶたが開いた。
凛々しい切れ長な目と視線が合って、それだけで僕の胸はトクンと甘く痺れた。
「おはようございます、怜一郎さん……」
「ん、……朝からべたべたすんな」
昨日のことを色々思い出したのか怜一郎さんは顔を赤く染め、僕の胸板を押した。
ワイシャツ一枚のセクシーな格好で彼はそっとベッドを降りて洗面所へ向かった。
怜一郎さんは昨夜限りでボブの店を辞めた。
あんな痴態を晒してその後も働けるほど彼の神経は図太くないし、それに僕としてもあんな店で働き続けてほしくない。
ボブに怜一郎さんを雇ってくれるよう頼んだのは彼が絶望しすぎて早まった行動をとるのを阻止するためと、恥ずかしがる彼の可愛らしい姿を僕が拝むためだった。
「お前のせいでこうなったんだから責任取れよ」
昨夜、ホテルのエレベーターの中で怜一郎さんは、しばらく部屋へ泊めろという意味でそう言ったが、僕はとぼけて、
「ええ、一生かけて責任取ります」
と彼の手の甲にキスをした。
そんな深い意味で言ったんじゃないのに……と恥ずかしがって顔を赤くした怜一郎さんに僕はキュンとした。
彼と無事再会できて本当に良かった……。
***
朝になっても彼が帰宅しなかったあの日。
屋敷のお手伝いさんは朝食の時間に、
「昨日の朝、怜一郎様から菜々美様へ今日の朝になったらこれをお渡しするようにと仰せつかっておりました」
と菜々美さんへ封筒を手渡した。
「あら、何かしら?」
と中身を見たらそれは離婚届だった。
怜一郎さん側の欄のみ丁寧な彼の字で全て記入されていた。
僕は胸騒ぎがして、すぐに怜一郎さんの様々な持ち物に取り付けておいたGPS発信機を確認した。
するとそれらの位置情報の表示はなんと海の上だったので驚いた。
それもよく見るとゆっくりと移動しているではないか。
船か、いや飛行機か、と調べるとそれは飛行機、ニューヨーク行きの昨夜の最終便だとわかった。
会社の不正について調べているようだから、その日もてっきり彼は朝まで会社で調べ物をしているのだろうと、僕は油断していたのだ。
エリカさんは怜一郎さんの部屋に仕掛けてあった盗聴器を解析した。
数日前に電話で彼が大学時代の知人である記者と昨夜バーで会う約束をしていたことがわかった。
あのことをリークしたんだ……と僕はすぐに気付いた。
まさか怜一郎さんがこんな大胆な行動に出るなんて……。
エリカさんと菜々美さんに僕はすぐ事情を説明した。
怜一郎さんが心配だから、僕もニューヨークへ行くと二人に告げた。
「もう戻ってこないかもしれません……」
義父さんは逮捕されるかもしれないし、どうなってしまうかわからないこの宝条家に、だいぶお腹の目立ってきたエリカさんを残して行かねばならないことは申し訳なく思ったが、
「私たちのことは大丈夫です。お腹の赤ちゃんも私たち二人で立派に育て上げますから、何もご心配なく」
と菜々美さんはきっぱりと言いきってくれた。
「まったくお兄様ったらどうしようもないわね」
エリカさんはむしろこの状況を楽しんでいて、ニヤニヤと笑っていた。
そうだった、彼女たちはただのお嬢様じゃないんだと僕は思い出した。
エリカさんはプロのヴァイオリニストだし、菜々美さんは自分で会社を経営しているやり手のキャリアウーマンだ。彼女たちは僕と怜一郎さんよりずっと強い人たちだ。
僕はネット上で離婚届をダウンロードし、僕の側だけ記入してエリカさんに手渡した。
「まあ、こうなれば私の計画も意味をなさないものね」
彼女はそう言ったが、僕は彼女たちにこれまでの感謝を丁寧に述べた上で、僕の考えているこれからのある計画にこれが必要なんだと説明した。
エリカさんと菜々美さんは納得し、なるべく早く離婚届を提出することを約束してくれた。
空港へ向かうタクシーの中で僕は現地のエージェントを雇い、GPSの場所を伝えて怜一郎さんの様子を探り、彼の身に危険が及ばないよう尾行させておいた。
一日遅れで僕もニューヨークへ到着した。
時差ボケで辛いが、すぐにエージェントと合流し、怜一郎さんの姿を遠くから見た。
「彼はピアノ関連の仕事を探しているようだ。頭が良くて品のある紳士のようだけれど、お世辞にも英語はうまいとは言えないし、就労ビザを持っていないからどこも彼を雇わない」
黒いスーツにサングラスのエージェントは肩をすくめて呆れたようにそう言った。
「事情があって慌ててニューヨークへ来たんだ。ビザなしで滞在できる90日のうちに仕事を見つけて、会社にビザを取得してもらうつもりかもしれないな」
「なるほどね。案外アメリカで就労ビザを取得するのは大変なんだ。あなたも苦労するんじゃない?」
「ふふ、僕は大丈夫。ビザなんていらないんだ」
内ポケットからパスポートを取り出してちらりと見せてやるとエージェントは、
「ああ、そういうことか。それは失礼」
と笑った。
それからは彼がアルバイトに受からず、カバンを盗まれるという災難に見舞われ、見かねて僕は知り合いのボブに会いに行き、彼を雇うよう交渉した。そしてあの店で働く彼と再会した。
***
すぐ隣で怜一郎さんがすうすう眠っていることに安堵し、その体にそっと腕を絡ませた。
もう、どこにも行っちゃダメですよ……。
サラサラとした黒髪に鼻先を埋めて彼特有の爽やかな匂いに安堵し、僕はチュッと彼のこめかみに口づけした。
「んんっ……」
長いまつ毛が揺れてまぶたが開いた。
凛々しい切れ長な目と視線が合って、それだけで僕の胸はトクンと甘く痺れた。
「おはようございます、怜一郎さん……」
「ん、……朝からべたべたすんな」
昨日のことを色々思い出したのか怜一郎さんは顔を赤く染め、僕の胸板を押した。
ワイシャツ一枚のセクシーな格好で彼はそっとベッドを降りて洗面所へ向かった。
怜一郎さんは昨夜限りでボブの店を辞めた。
あんな痴態を晒してその後も働けるほど彼の神経は図太くないし、それに僕としてもあんな店で働き続けてほしくない。
ボブに怜一郎さんを雇ってくれるよう頼んだのは彼が絶望しすぎて早まった行動をとるのを阻止するためと、恥ずかしがる彼の可愛らしい姿を僕が拝むためだった。
「お前のせいでこうなったんだから責任取れよ」
昨夜、ホテルのエレベーターの中で怜一郎さんは、しばらく部屋へ泊めろという意味でそう言ったが、僕はとぼけて、
「ええ、一生かけて責任取ります」
と彼の手の甲にキスをした。
そんな深い意味で言ったんじゃないのに……と恥ずかしがって顔を赤くした怜一郎さんに僕はキュンとした。
彼と無事再会できて本当に良かった……。
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朝になっても彼が帰宅しなかったあの日。
屋敷のお手伝いさんは朝食の時間に、
「昨日の朝、怜一郎様から菜々美様へ今日の朝になったらこれをお渡しするようにと仰せつかっておりました」
と菜々美さんへ封筒を手渡した。
「あら、何かしら?」
と中身を見たらそれは離婚届だった。
怜一郎さん側の欄のみ丁寧な彼の字で全て記入されていた。
僕は胸騒ぎがして、すぐに怜一郎さんの様々な持ち物に取り付けておいたGPS発信機を確認した。
するとそれらの位置情報の表示はなんと海の上だったので驚いた。
それもよく見るとゆっくりと移動しているではないか。
船か、いや飛行機か、と調べるとそれは飛行機、ニューヨーク行きの昨夜の最終便だとわかった。
会社の不正について調べているようだから、その日もてっきり彼は朝まで会社で調べ物をしているのだろうと、僕は油断していたのだ。
エリカさんは怜一郎さんの部屋に仕掛けてあった盗聴器を解析した。
数日前に電話で彼が大学時代の知人である記者と昨夜バーで会う約束をしていたことがわかった。
あのことをリークしたんだ……と僕はすぐに気付いた。
まさか怜一郎さんがこんな大胆な行動に出るなんて……。
エリカさんと菜々美さんに僕はすぐ事情を説明した。
怜一郎さんが心配だから、僕もニューヨークへ行くと二人に告げた。
「もう戻ってこないかもしれません……」
義父さんは逮捕されるかもしれないし、どうなってしまうかわからないこの宝条家に、だいぶお腹の目立ってきたエリカさんを残して行かねばならないことは申し訳なく思ったが、
「私たちのことは大丈夫です。お腹の赤ちゃんも私たち二人で立派に育て上げますから、何もご心配なく」
と菜々美さんはきっぱりと言いきってくれた。
「まったくお兄様ったらどうしようもないわね」
エリカさんはむしろこの状況を楽しんでいて、ニヤニヤと笑っていた。
そうだった、彼女たちはただのお嬢様じゃないんだと僕は思い出した。
エリカさんはプロのヴァイオリニストだし、菜々美さんは自分で会社を経営しているやり手のキャリアウーマンだ。彼女たちは僕と怜一郎さんよりずっと強い人たちだ。
僕はネット上で離婚届をダウンロードし、僕の側だけ記入してエリカさんに手渡した。
「まあ、こうなれば私の計画も意味をなさないものね」
彼女はそう言ったが、僕は彼女たちにこれまでの感謝を丁寧に述べた上で、僕の考えているこれからのある計画にこれが必要なんだと説明した。
エリカさんと菜々美さんは納得し、なるべく早く離婚届を提出することを約束してくれた。
空港へ向かうタクシーの中で僕は現地のエージェントを雇い、GPSの場所を伝えて怜一郎さんの様子を探り、彼の身に危険が及ばないよう尾行させておいた。
一日遅れで僕もニューヨークへ到着した。
時差ボケで辛いが、すぐにエージェントと合流し、怜一郎さんの姿を遠くから見た。
「彼はピアノ関連の仕事を探しているようだ。頭が良くて品のある紳士のようだけれど、お世辞にも英語はうまいとは言えないし、就労ビザを持っていないからどこも彼を雇わない」
黒いスーツにサングラスのエージェントは肩をすくめて呆れたようにそう言った。
「事情があって慌ててニューヨークへ来たんだ。ビザなしで滞在できる90日のうちに仕事を見つけて、会社にビザを取得してもらうつもりかもしれないな」
「なるほどね。案外アメリカで就労ビザを取得するのは大変なんだ。あなたも苦労するんじゃない?」
「ふふ、僕は大丈夫。ビザなんていらないんだ」
内ポケットからパスポートを取り出してちらりと見せてやるとエージェントは、
「ああ、そういうことか。それは失礼」
と笑った。
それからは彼がアルバイトに受からず、カバンを盗まれるという災難に見舞われ、見かねて僕は知り合いのボブに会いに行き、彼を雇うよう交渉した。そしてあの店で働く彼と再会した。
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