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第五章 踏みにじられた俺の心 (怜一郎side)

37.寝起きのキス

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 まさか龍之介が俺に恋心を抱いていたなんて……。
 ゲイバーで鉢合わせたときだって、彼はベッドへ俺の手を縛り強引に抱いたし、その後もゲイバーの件を両親にばらすと脅して俺に恥ずかしいことをさせたり無理やり犯したりした。

 そんな彼が本当は俺のことが好きでエリカとの結婚は偽装だったなんて、本来ならすぐに信じられる話ではないが、これらは全てエリカの考えた計画だというから納得できた。
 昔から俺に嫌がらせやいたずらを繰り返してきたアイツならやりかねないからだ。

 昨夜、龍之介は俺に愛していると何度も繰り返し、俺は彼の逞しい腕に抱きしめられて眠りについた。
 長年憧れていた甘ったるいシチュエーションに俺の心もとろけた。
 よくよく考えてみたら俺も心の奥底では龍之介のことが好きだったんだ。
 エリカに恋人だと紹介されたときから、彼の美しい容姿に心ときめいていたし、強引に抱かれるたびに俺の体はいつも過剰なほど感じていた。

 今、素直な心で考えて見るとわかる。会社の跡取りの座を乗っ取られるなんてこと以上に、俺の心を一番苦しませていたものは、龍之介がエリカの夫だという事実だったのだ。
 隠れて俺を抱く龍之介がエリカを愛しているということに俺はずっと嫉妬していて苦しんでいたのだ。


 きれいな顔ですうすう眠る龍之介がまぶたを開いた。
 はしばみ色の瞳が俺を捉え、ふふ、と照れたように笑った。
「怜一郎さん、おはようございます」
 首の後ろへ手を回して俺の顔を引き寄せると、形のいい唇を重ねた。
 ……ちゅ、チュパッ、ぬちゅ……ちゅっ……と音を立て、彼は俺の下唇を舐めしゃぶる。
「やめっ……」
 寝起きすぐのキスは恥ずかしくて、俺は彼の胸を押して唇を離した。

 コンコンッとドアがノックされた。頼んでおいた朝食のルームサービスが届いたのだ。
 船の中にはカフェやレストランもあるけど、ファッションショーであれだけの痴態を晒した俺は、例え仮面をつけていても船内を歩き回りたくなかった。
 もうすぐ船は二泊三日の旅程を終えて港へ戻る。
 コーヒーを飲みながらクロワッサンをかじる目の前の龍之介と俺は、つまり恋人になったも同然なんだよな……。
 今まで通り一緒に俺の実家で暮らすんだろうけど、俺たちこれからどうするんだろう。エリカの計画って……。
「ん? どうしたんですか、怜一郎さん」
 俺の視線が気になって、龍之介が尋ねた。
「な、なんでもない」
 こいつ昨日まで俺を「義兄さん」って呼んでいたくせに、昨夜のセックスの最中から「怜一郎さん」なんて呼び方を変えて……。それにキュンキュンしてしまう自分にも悔しい。

 俺は自分のスマホを見た。船が陸地に近づいてきて、電波が使えるようになっていた。大型の豪華客船だから本来は船内でもWiFiが使えるらしいが、今回は仮面をつけ身分を隠して旅を楽しむのがコンセプトであったため、盗撮を防ぐためにもあえて船内では電波を飛ばしていなかったようだ。
 龍之介のスマホが鳴った。
「あ、兄から電話だ……。珍しいな」
 と言いながら、電話を取りながらデッキへ向かって行った。
「……ちょっと母が体調を崩して入院をしているとの連絡でした」
 部屋へ戻って来た龍之介が言った。
「え、それは心配だな」
「いえ、あまり大したことではないみたいです。入院と言っても風邪をこじらせたことによる軽い肺炎のようですから。一応、僕はこのまま病院へお見舞いに行ってみます」
「ああ、そうした方がいい」
 俺も一緒に行こうか、と言った方がいいのか迷うが、かえって気を使わせても悪いので俺はとりあえず船を降りたら自宅に帰ることにした。

 タクシー乗り場で龍之介は人目もはばからず、突然俺をぎゅっと抱きしめてキスをした。
「な、なにしてっ」
 龍之介はどこか不安そうな顔をしていた。もしかして実は母親の状態はさっき説明したより重いのだろうか? と俺は首を傾げた。
「じゃあ、先帰っているから」
「はい……」
 龍之介と別れて、俺は一人でタクシーに乗り込んだ。
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