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第二章 僕の偽装結婚 (龍之介side)
9.再びできた接点
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怜一郎先輩は中等部でも高等部でも生徒会長を務めた。
彼が壇上から爽やかな笑顔でたくさんの生徒たちに向かって語りかける姿を僕は大勢の生徒のうちの一人として見ていた。僕はいつも彼を見ていたけれど、彼には僕なんて見えていなかったに違いない。
卒業後は僕も怜一郎先輩と同じ難関大学へ進もうと考えて必死に勉強したけれど、彼の入学した大学には残念ながら合格できなかった。
学園に在学している間に彼に声をかけなかったことに対し、僕はその後の人生でずっと激しい後悔に苛まれ続けた。
なにか仲良くなれるきっかけを作ればよかった。いっそのことダメもとで告白すればよかった。これほど心惹かれる人物に出会えるのって人生で二度とないだろう。
そんな僕に転機が訪れたのは今から半年前のことだった。
僕の実家は古くから貿易会社を営んでいるのだけど、五男である僕は会社の跡取りというわけでもなく、大学卒業後は父親や兄から個人のお客さんを紹介してもらって一人で輸入代行の仕事をしていた。
本当は仕事なんてしなくても生活できるけど、まあ暇つぶし程度にやっていた。
ある日、父に宝条エリカさんという女性を客として紹介された。
宝条という名字に僕の胸は高鳴った。もしかして、怜一郎先輩と繋がりのある人なんじゃないかと期待と緊張でドキドキしながら彼女と会う約束をした都内の有名ホテルの一階のカフェへ向かった。
「ヴァイオリンをイタリアから輸入してほしいの」
彼女の指定した製作家の名前を聞いて驚いた。それは数千万から数億円はするかもしれない高価なものだったから。
「ふふ、代金はお父様が払うから心配なさらないで。私が音大を卒業して来年の春からプロのヴァイオリニストになるそのお祝いに買ってくれる約束なの」
とサラサラとしたストレートの黒髪を揺らして笑った彼女の顔が怜一郎先輩によく似ていた。
「あの、大変失礼ですが、もしかして宝条怜一郎さんの……?」
突然そんなことを聞きいたから彼女は驚いていた。
聞いてから、もし妹か従妹じゃなく奥さんだったらどうしようと不安になって、背中に冷や汗をかいた。
兄妹みたいに顔のよく似た夫婦って案外いるから。
聞かなければよかった、と後悔した瞬間、
「あら、あなたお兄様のお知り合いなの?」
と彼女は首を傾げた。
「いや、知り合いだなんて、そんな……。怜一郎さんは爽麗学園の一学年上の先輩だったんです。僕がいつもただこっそり見ていただけで、お兄さんは僕のことなんてきっと知らないと思います。いや、こっそり見てたとか気持ち悪いですよね。そうじゃなくて、怜一郎さんは美人で優等生で生徒会長もしてて僕の憧れで……、本当にそれだけで、話したことすらないんです……」
兄妹だとわかって安堵したせいで、ついしゃべりすぎた。取り繕おうとして焦りどんどん墓穴を掘ってしまった。
耳まで熱くなった僕を見て彼女は笑った。
「ふふ、……やけに私の顔をじろじろと見ているなって思ってたけど、私がお兄様の妹か気になっていたのね?」
「……ええ、その通りです」
全身の火照りをどうにかしようと、僕はストローでグラスの中の氷を混ぜ、静かにアイスコーヒーを吸った。
冷たいコーヒーが熱い喉を通って行ったけど、それぐらいで僕の体が冷えることなんてなかった。
「お兄様のことが忘れられないほど好きなのね?」
彼女はニヤニヤといたずらっぽい顔で尋ねた。
ヒザの上で手をモジモジさせながら僕は正直に頷いた。ここまで打ち明けてしまったのだから、もうどうにでもなれと思った。
彼が壇上から爽やかな笑顔でたくさんの生徒たちに向かって語りかける姿を僕は大勢の生徒のうちの一人として見ていた。僕はいつも彼を見ていたけれど、彼には僕なんて見えていなかったに違いない。
卒業後は僕も怜一郎先輩と同じ難関大学へ進もうと考えて必死に勉強したけれど、彼の入学した大学には残念ながら合格できなかった。
学園に在学している間に彼に声をかけなかったことに対し、僕はその後の人生でずっと激しい後悔に苛まれ続けた。
なにか仲良くなれるきっかけを作ればよかった。いっそのことダメもとで告白すればよかった。これほど心惹かれる人物に出会えるのって人生で二度とないだろう。
そんな僕に転機が訪れたのは今から半年前のことだった。
僕の実家は古くから貿易会社を営んでいるのだけど、五男である僕は会社の跡取りというわけでもなく、大学卒業後は父親や兄から個人のお客さんを紹介してもらって一人で輸入代行の仕事をしていた。
本当は仕事なんてしなくても生活できるけど、まあ暇つぶし程度にやっていた。
ある日、父に宝条エリカさんという女性を客として紹介された。
宝条という名字に僕の胸は高鳴った。もしかして、怜一郎先輩と繋がりのある人なんじゃないかと期待と緊張でドキドキしながら彼女と会う約束をした都内の有名ホテルの一階のカフェへ向かった。
「ヴァイオリンをイタリアから輸入してほしいの」
彼女の指定した製作家の名前を聞いて驚いた。それは数千万から数億円はするかもしれない高価なものだったから。
「ふふ、代金はお父様が払うから心配なさらないで。私が音大を卒業して来年の春からプロのヴァイオリニストになるそのお祝いに買ってくれる約束なの」
とサラサラとしたストレートの黒髪を揺らして笑った彼女の顔が怜一郎先輩によく似ていた。
「あの、大変失礼ですが、もしかして宝条怜一郎さんの……?」
突然そんなことを聞きいたから彼女は驚いていた。
聞いてから、もし妹か従妹じゃなく奥さんだったらどうしようと不安になって、背中に冷や汗をかいた。
兄妹みたいに顔のよく似た夫婦って案外いるから。
聞かなければよかった、と後悔した瞬間、
「あら、あなたお兄様のお知り合いなの?」
と彼女は首を傾げた。
「いや、知り合いだなんて、そんな……。怜一郎さんは爽麗学園の一学年上の先輩だったんです。僕がいつもただこっそり見ていただけで、お兄さんは僕のことなんてきっと知らないと思います。いや、こっそり見てたとか気持ち悪いですよね。そうじゃなくて、怜一郎さんは美人で優等生で生徒会長もしてて僕の憧れで……、本当にそれだけで、話したことすらないんです……」
兄妹だとわかって安堵したせいで、ついしゃべりすぎた。取り繕おうとして焦りどんどん墓穴を掘ってしまった。
耳まで熱くなった僕を見て彼女は笑った。
「ふふ、……やけに私の顔をじろじろと見ているなって思ってたけど、私がお兄様の妹か気になっていたのね?」
「……ええ、その通りです」
全身の火照りをどうにかしようと、僕はストローでグラスの中の氷を混ぜ、静かにアイスコーヒーを吸った。
冷たいコーヒーが熱い喉を通って行ったけど、それぐらいで僕の体が冷えることなんてなかった。
「お兄様のことが忘れられないほど好きなのね?」
彼女はニヤニヤといたずらっぽい顔で尋ねた。
ヒザの上で手をモジモジさせながら僕は正直に頷いた。ここまで打ち明けてしまったのだから、もうどうにでもなれと思った。
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