1 / 125
第一章 初めてのハッテン場 (怜一郎side)
1.ゲイバー「マスカレード」
しおりを挟む
カウンターでバーテンダーがカクテルを作り、店の奥でタキシードを着た男たちがトランペットやドラムでゆったりとしたジャズの名曲を奏でている。
薄暗いその店は一見どこにでもある雰囲気のいいバーに見えるが、店内にいるのは男ばかりで、客の全員が目元をベネチアンマスクで覆い素顔を隠している。
ここは都内にあるゲイバー「マスカレード」。
その名の通り仮面で素顔を隠して入店するのがここでのルールだ。
入口の男に金を払った際にチケット代わりに渡された仮面をつけて、俺もこの店に足を踏み入れた。
期待と不安にドキドキしながら、とりあえず隣に人のいないカウンターの一番端の席に腰掛けた。
「なんでもいい、おすすめのものをくれ」
「かしこまりました」
バーテンダーに酒を頼んで店内を見回す。
ソファー席に座った学生らしき二人組の男が、互いの耳元へ顔を近づけ何やら甘いムードで囁き合っている。
もちろん彼らは友人同士なんかじゃない。
生まれて初めて生で見る男同士のカップルのいちゃつく様子に俺の胸はトクンと高鳴った。
俺はバーテンダーの出してきたレモンの添えられた濃い目のハイボールを飲み、ふぅと安堵のため息をついた。
ここにいる男全てが俺と同じ同性愛者だと思うと、ほっとした気分になれる。それだけでも来てよかったと思えた。
「隣、よろしいですか?」
背の高い男が声をかけてきた。
目元を仮面で覆っているのでどんな顔をしているのかわからないが、マスクから出ている顔の下半分や服装を見ると上品で清潔感があり、年齢は俺と同じ二十代半ばぐらいだと思われた。
胸板のがっちりとした男らしい体つきはなかなか自分好みだった。
さっそくよさそうな相手と知り合うことができて、俺は内心浮かれた。
「ええ、……どうぞ」
男はバーテンダーに酒を頼み、
「ここへはよく来られるのですか?」
と俺に尋ねた。
「いえ、初めて来ました。……ちょっと、むしゃくしゃすることがあったものですから」
数日前、あまりにひどい出来事があり、俺はヤケを起こして勢いでここへ来たのだ。
こういう店に来たのも初めてだし、自分以外のゲイの男と会話をするのも初めてだった。
ごくごくとハイボールを飲み、俺は緊張で渇いた喉を潤した。
「僕も初めてです」
「え、そうなんですか?」
堂々と話しかけてきたから、てっきりこういう場になれた人間なのかと思ったのだが……。
「こんなところへ来たことが周囲の者に知れたら大変なことになりますから……」
と彼は形のいい口元でふふっと笑った。
俺の心の中にある言葉を目の前の男が代わりに呟いたことに驚いた。
「えっ……?」
「僕はこう見えて、ちょっと特殊な家柄の生まれで、幼い頃から人一倍厳しく育てられていて……。だから親にこんな店へ出入りしたことがバレたらって考えるだけでも恐ろしいです」
この男は俺とよく似た境遇で育ったようだった。確かに彼のスーツや腕時計は一般的なサラリーマンが少し背伸びをして身につけられる代物ではない。俺が今身につけているものと同じぐらい高価なブランドのアイテムだ。
それに彼の表情や立ち振る舞いには、一朝一夕では身につくことのない育ちの良さがにじみ出ていた。
「へー、俺たち似たもの同士みたいですね」
貴族の出である宝条家の長男として生まれた俺は、日本有数の大企業である宝条ホールディングスの跡取りとして親からの期待を一身に背負って生きてきた。
この男も俺と同じなんだ。目の前の彼も今までゲイだということを隠して親の希望通り真面目に生きてきたんだ。それがわかると一気に親近感が湧くと同時に、信頼のような感情まで湧いてきた。
こんな場所に来たら、顧みるものもなく毎晩遊び惚けているようなろくでもない連中に騙されてしまう心配をしていたのだが、この男となら大丈夫そうだ。
俺は追加で注文した酒を煽った。
薄暗いその店は一見どこにでもある雰囲気のいいバーに見えるが、店内にいるのは男ばかりで、客の全員が目元をベネチアンマスクで覆い素顔を隠している。
ここは都内にあるゲイバー「マスカレード」。
その名の通り仮面で素顔を隠して入店するのがここでのルールだ。
入口の男に金を払った際にチケット代わりに渡された仮面をつけて、俺もこの店に足を踏み入れた。
期待と不安にドキドキしながら、とりあえず隣に人のいないカウンターの一番端の席に腰掛けた。
「なんでもいい、おすすめのものをくれ」
「かしこまりました」
バーテンダーに酒を頼んで店内を見回す。
ソファー席に座った学生らしき二人組の男が、互いの耳元へ顔を近づけ何やら甘いムードで囁き合っている。
もちろん彼らは友人同士なんかじゃない。
生まれて初めて生で見る男同士のカップルのいちゃつく様子に俺の胸はトクンと高鳴った。
俺はバーテンダーの出してきたレモンの添えられた濃い目のハイボールを飲み、ふぅと安堵のため息をついた。
ここにいる男全てが俺と同じ同性愛者だと思うと、ほっとした気分になれる。それだけでも来てよかったと思えた。
「隣、よろしいですか?」
背の高い男が声をかけてきた。
目元を仮面で覆っているのでどんな顔をしているのかわからないが、マスクから出ている顔の下半分や服装を見ると上品で清潔感があり、年齢は俺と同じ二十代半ばぐらいだと思われた。
胸板のがっちりとした男らしい体つきはなかなか自分好みだった。
さっそくよさそうな相手と知り合うことができて、俺は内心浮かれた。
「ええ、……どうぞ」
男はバーテンダーに酒を頼み、
「ここへはよく来られるのですか?」
と俺に尋ねた。
「いえ、初めて来ました。……ちょっと、むしゃくしゃすることがあったものですから」
数日前、あまりにひどい出来事があり、俺はヤケを起こして勢いでここへ来たのだ。
こういう店に来たのも初めてだし、自分以外のゲイの男と会話をするのも初めてだった。
ごくごくとハイボールを飲み、俺は緊張で渇いた喉を潤した。
「僕も初めてです」
「え、そうなんですか?」
堂々と話しかけてきたから、てっきりこういう場になれた人間なのかと思ったのだが……。
「こんなところへ来たことが周囲の者に知れたら大変なことになりますから……」
と彼は形のいい口元でふふっと笑った。
俺の心の中にある言葉を目の前の男が代わりに呟いたことに驚いた。
「えっ……?」
「僕はこう見えて、ちょっと特殊な家柄の生まれで、幼い頃から人一倍厳しく育てられていて……。だから親にこんな店へ出入りしたことがバレたらって考えるだけでも恐ろしいです」
この男は俺とよく似た境遇で育ったようだった。確かに彼のスーツや腕時計は一般的なサラリーマンが少し背伸びをして身につけられる代物ではない。俺が今身につけているものと同じぐらい高価なブランドのアイテムだ。
それに彼の表情や立ち振る舞いには、一朝一夕では身につくことのない育ちの良さがにじみ出ていた。
「へー、俺たち似たもの同士みたいですね」
貴族の出である宝条家の長男として生まれた俺は、日本有数の大企業である宝条ホールディングスの跡取りとして親からの期待を一身に背負って生きてきた。
この男も俺と同じなんだ。目の前の彼も今までゲイだということを隠して親の希望通り真面目に生きてきたんだ。それがわかると一気に親近感が湧くと同時に、信頼のような感情まで湧いてきた。
こんな場所に来たら、顧みるものもなく毎晩遊び惚けているようなろくでもない連中に騙されてしまう心配をしていたのだが、この男となら大丈夫そうだ。
俺は追加で注文した酒を煽った。
28
お気に入りに追加
269
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
お酒に酔って、うっかり幼馴染に告白したら
夏芽玉
BL
タイトルそのまんまのお話です。
テーマは『二行で結合』。三行目からずっとインしてます。
Twitterのお題で『お酒に酔ってうっかり告白しちゃった片想いくんの小説を書いて下さい』と出たので、勢いで書きました。
執着攻め(19大学生)×鈍感受け(20大学生)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
鬼の愛人
のらねことすていぬ
BL
ヤクザの組長の息子である俺は、ずっと護衛かつ教育係だった逆原に恋をしていた。だが男である俺に彼は見向きもしようとしない。しかも彼は近々出世して教育係から外れてしまうらしい。叶わない恋心に苦しくなった俺は、ある日計画を企てて……。ヤクザ若頭×跡取り
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
自分の気持ちを素直に伝えたかったのに相手の心の声を聞いてしまう事になった話
よしゆき
BL
素直になれない受けが自分の気持ちを素直に伝えようとして「心を曝け出す薬」を飲んだら攻めの心の声が聞こえるようになった話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる