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魔獣の出現
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山向こうの“麗しの森”を訪れる前に、まずは冬の間、氷原でしっかりと訓練をしよう――そう決めて、エリサとヴァロは氷原の巡回をこなした。
町に戻るのは多くて十日に一度。その間、確認も含めて避難小屋に立ち寄ることはあるけれど、ほとんどは野営だ。
天幕を張って雪をうまく使って夜の間温度を保つ方法や吹雪の避け方を教わりながら、氷原の冬の凍てつくような寒さの中を歩き回る。
最初は正気の沙汰じゃないと思っていたエリサも、ひと月過ごすうちにすっかり慣れてしまった。
グラートの羽根も、雛鳥特有のふわふわした羽毛からしっかりした成鳥の羽根に変わり始め、寝ている時間も短くなっていった。
歩きながら羽ばたく動作をするようにもなって、もうしばらくしたら本格的に飛ぶ練習が始まるのだろう。
巡回をしながらの狩りも、フロスティばかりに任せることはなくなった。
最初に獲物を見つけるのはフロスティでも、エリサも弓を持って一緒に獲物を追うようになったのだ。
狩りの先生はヴァロだったりフロスティだったりとその時によって変わるけれど、エリサの狩りの腕も少しずつ上がっていた。
「――ヴァロさん!」
「どうした?」
最初に気づいたのは、エリサだった。
今日の野営に良い場所――風が当たらず、天幕を張るのに必要な木か岩があって、保温に使える雪もあればいい。
そんなことを考えながら歩いていたら、その跡があったのだ。
雪と氷が押しつぶされ、細い木はへし折られ、明らかに巨大な何かが通った跡だった。おそらくは、丸太のような尾を持つ四足歩行の巨大な生き物だ。
呼ばれて駆けつけたヴァロも、その痕跡を見て息を呑む。
「ヴァロさん、これ……」
こんなに大きな痕跡は初めて見るエリサが、不安げにヴァロのマントの裾を掴む。
安心させるようにその手を叩いて「落ち着いて」と笑うと、ヴァロはすぐに痕跡をつぶさに調べ始めた。
フロスティも背と尾の毛を膨らませながら、その痕跡の主を警戒している。
「もしかして、氷竜が来たの?」
雪熊も大角鹿も、こんな風に木々や氷を荒らしながら歩いたりしない。
それに、こんなに太い尾を持つ生き物なんて、竜くらいしか思いつかない。
「いや、竜じゃない。竜なら、こんなに歩きにくい場所では空を飛ぶ」
「じゃあ……」
「何かとは今すぐ断定できないけど……ここは町からそう遠くない。歩いてせいぜい二日か三日ってところだ。警告を送らないといけない」
エリサはハッとしてイェルハルドから預かった指輪に触れた。指輪で送れるのはごく短い伝言だけだが、警告には十分だ。
「じゃあ、すぐ……」
「いや、もう少し調べて……できれば相手が何かを確認できてからのほうがいい」
足跡の大きさと尾の太さから推測できるのは、この生き物が少なくとも大角鹿よりもはるかに大きいということくらいだ。
おそらくは、大角鹿の倍……体重だって何倍もあるだろう。エリサには、竜以外にそんな生き物なんて思いつかない。
「これは?」
丹念に調べていたヴァロが、何かを摘み上げた。キラキラと光を受けて輝く小さなカケラは、町で見たガラスによく似ている。
「鱗だな」
「鱗?」
鱗を持つ生き物なんて、やっぱり竜じゃないのか。そう考えるエリサには構わず、ヴァロは顔を上げて、真剣な表情で周囲の木々をぐるりと見渡す。
エリサも真似をして木々を見回してみるけれど、何があるのかよくわからない。
「エリサ、あそことあそこ……枝が折れて幹に傷が付いているのは見えるか?」
目を凝らすと、たしかに重なり合う枝の一部が折れていた。
幹のかなり高い位置、かなり登らなければ届かないような場所にも、どうやったのか抉れた傷がついている。
「――脂の匂いも濃くなってる。ところ構わず荒らして回っているんだな」
言われてみれば、たしかに、針葉樹の樹脂特有の、ツンとする匂いが鼻についた。幹に付けられた傷から、脂が染み出しているんだろう。
「でも、でも、ヴァロさん。あそこ、すごく高い……」
「そう、たぶん魔獣だ。しかも、これは相当にでかくて強い。鱗を持つ魔獣でここまでの大きさなのは、さすがにあまり多くは思いつかない」
フロスティが、何かに気づいたように急に首を巡らせた。
風に乗って、臭いか音でも感じたのか。
ヴァロがそっと合図をする。エリサは頷いて、音を立てないように身体を低くした。グラートを上着の中に入れて、ゆっくり、注意をしながら茂みに寄る。
「フロスティが向こうに何かがいると言ってる。確認して、領主殿に連絡を――」
いきなり木々が揺れた。バキバキと響く音と同時に、「エリサ!」と叫んだヴァロが地面を蹴る。
体当たりをするようにエリサを抱えたヴァロは、そのままゴロゴロと地面を転がり……さらさらの粉雪が舞い上がり、朝霧のように視界を煙らせた。
「エリサ、今すぐ領主殿に連絡を――魔獣は多頭蛇だ。首は五本、鱗の色から言って氷原多頭蛇。すぐに討伐隊を組んでくれ、と」
「は……はい」
「それから、狼煙を焚くんだ。状況次第では、私に構わず逃げること」
「で……」
「私の指示には従ってもらう」
雪煙が晴れると、大きな五つの蛇首が、エリサとヴァロをじっと見つめていた。
本当に恐ろしいと悲鳴なんて上がらないものなのか――エリサはひくひくと喉を引き攣らせながら、やっと頷いた。
* * *
バタバタとあちこちひっくり返して、イェルハルドは必死に必要なものを集めた。
つい今しがた入ったエリサからの知らせは、もう使いに持たせて戦神教会と警備隊へと向かわせている。すぐにニクラスが必要な人員を選んでここへ来るだろう。
「旦那様、旦那様、エリサは大丈夫なの?」
泣き出しそうな顔でおろおろと縋り付くパルヴィに、「大丈夫だ」と答えて、イェルハルドはいくつもの巻物を広げて中身を確認しては、懐に突っ込んだ。
触媒入れと、杖と、それから防寒用の外套と……手っ取り早く掻き集めて身に付けると、そこに使用人に先導されたノエも現れた。
「イェルハルド、ハイドラだって? しかも首が五本?」
「ああ、まさに今、遭遇して応戦しているらしい」
ノエがチッと舌打ちする。
発見しただけの報告なら良かったのに、と呟いて。
「場所はわかるのか?」
「それはこれからだ。エリサと指輪を目印に位置を確認したうえで、ひとりかふたり、ニクラスが戦士か騎士を寄越したら飛ぶ」
「わかった」
多頭蛇は、四つ足のトカゲのような身体に何本もの蛇の首を生やした魔獣だ。一説では、邪竜神の落し子の、さらに落し子として誕生したのだと言われるが、真偽は定かではない。
ただ、目についた生き物は何でもすべて食べ尽くそうと襲う、凶暴で貪欲な魔獣として知られている。
通常なら首の数は三本。大きくても四本だ。年数を経て大きく育つほど首が増えるけれど、大抵はそうなる前に討たれるのが普通だ。
それなのに、五本首?
――おそらく、北方の氷原から流れてきた個体だろう。
あちらにはあまり人は住んでいない。
寒冷地に強いヒューマノイドの部族がせいぜいだが、ハイドラを追い出すことでやっとだったのか、それとも食い尽くされたのか。
あらかたの用意ができる頃、武装を整えた聖騎士長とブレンダを連れたニクラスがやってきた。三人とも厳しい表情で、イェルハルドの指示を聞く。
「寒冷地タイプだと言ったから、火には弱いはずだ。
燃焼油はいくつか用意した。炎の魔術も魔道具で出せる。君たちにはハイドラを牽制しつつ、呪文詠唱の時間を稼いで欲しい。
ノエ高神官は援護に集中してもらう」
「わかりました」
イェルハルドは懐の巻物を取り出すと、立て続けに呪文をふたつ唱えて……後に残ったのは、見送りのパルヴィとニクラスのふたりだけだった。
* * *
運の悪いことに、このハイドラは再生能力を持つ個体だった。
冷気の息を避け、噛みつこうとする首をどうにかかわしながら切り付けた傷は、ほんのひと息かふた息する程度の時間で塞がってしまう。
エリサの射った矢もそうだ。どんなに深く刺さっても、次の矢を射るころには傷が塞がり、抜け落ちてしまっている。
ハイドラは、すべての首を落とさなければ死なない。
このままでは倒すなんて夢のまた夢だ。
エリサが“伝達の指輪”を持っていたことは僥倖だったけれど、はたしてどれくらい粘れば援軍が来るかもわからない。
いや、来ないことを前提に、今を凌ぐしかない。
「せめて、火があれば……」
はあ、と息を吐いてヴァロは眉を寄せる。
どう考えてもこの状況ではジリ貧だし、時間の問題でしかない。
かといって、無闇に逃げても逃げ切れるとは思えない。
ハイドラは図体のわりに俊敏だ。足も速い。おまけに恐ろしいほどに貪欲で……何より、ヴァロの剣を恐れていない。
なら、どうしたって時間を稼ぐしかない。
「エリサ、どうにかして樹脂を集めろ! 松明の要領で火矢を作るんだ! こいつは火に弱い!」
「はい!」
ヴァロは、戦い方を変えて防御に徹することにした。
火でついた傷ならハイドラの再生能力は効かない。火が用意できれば、ハイドラの首を落とすことも考えられる。
油は貴重品で、持ち歩いている燃料のほぼ全ては練炭だ。こんなことなら少しくらい油も用意しておくべきだった。
けれど、幸いなことにここは針葉樹の森で、ハイドラがあちこち付けて回った木の傷から、どろりとした脂が染み出している。
松明の要領であれを使って鏃に塗り付けられれば、火矢に使えるはずだ。短時間でどこまでできるかはわからないけれど、牽制くらいにはなるだろう。
エリサが準備を終えるまで、どれくらいかかるだろうか。
それまで、どうにか保たせなければ。
町に戻るのは多くて十日に一度。その間、確認も含めて避難小屋に立ち寄ることはあるけれど、ほとんどは野営だ。
天幕を張って雪をうまく使って夜の間温度を保つ方法や吹雪の避け方を教わりながら、氷原の冬の凍てつくような寒さの中を歩き回る。
最初は正気の沙汰じゃないと思っていたエリサも、ひと月過ごすうちにすっかり慣れてしまった。
グラートの羽根も、雛鳥特有のふわふわした羽毛からしっかりした成鳥の羽根に変わり始め、寝ている時間も短くなっていった。
歩きながら羽ばたく動作をするようにもなって、もうしばらくしたら本格的に飛ぶ練習が始まるのだろう。
巡回をしながらの狩りも、フロスティばかりに任せることはなくなった。
最初に獲物を見つけるのはフロスティでも、エリサも弓を持って一緒に獲物を追うようになったのだ。
狩りの先生はヴァロだったりフロスティだったりとその時によって変わるけれど、エリサの狩りの腕も少しずつ上がっていた。
「――ヴァロさん!」
「どうした?」
最初に気づいたのは、エリサだった。
今日の野営に良い場所――風が当たらず、天幕を張るのに必要な木か岩があって、保温に使える雪もあればいい。
そんなことを考えながら歩いていたら、その跡があったのだ。
雪と氷が押しつぶされ、細い木はへし折られ、明らかに巨大な何かが通った跡だった。おそらくは、丸太のような尾を持つ四足歩行の巨大な生き物だ。
呼ばれて駆けつけたヴァロも、その痕跡を見て息を呑む。
「ヴァロさん、これ……」
こんなに大きな痕跡は初めて見るエリサが、不安げにヴァロのマントの裾を掴む。
安心させるようにその手を叩いて「落ち着いて」と笑うと、ヴァロはすぐに痕跡をつぶさに調べ始めた。
フロスティも背と尾の毛を膨らませながら、その痕跡の主を警戒している。
「もしかして、氷竜が来たの?」
雪熊も大角鹿も、こんな風に木々や氷を荒らしながら歩いたりしない。
それに、こんなに太い尾を持つ生き物なんて、竜くらいしか思いつかない。
「いや、竜じゃない。竜なら、こんなに歩きにくい場所では空を飛ぶ」
「じゃあ……」
「何かとは今すぐ断定できないけど……ここは町からそう遠くない。歩いてせいぜい二日か三日ってところだ。警告を送らないといけない」
エリサはハッとしてイェルハルドから預かった指輪に触れた。指輪で送れるのはごく短い伝言だけだが、警告には十分だ。
「じゃあ、すぐ……」
「いや、もう少し調べて……できれば相手が何かを確認できてからのほうがいい」
足跡の大きさと尾の太さから推測できるのは、この生き物が少なくとも大角鹿よりもはるかに大きいということくらいだ。
おそらくは、大角鹿の倍……体重だって何倍もあるだろう。エリサには、竜以外にそんな生き物なんて思いつかない。
「これは?」
丹念に調べていたヴァロが、何かを摘み上げた。キラキラと光を受けて輝く小さなカケラは、町で見たガラスによく似ている。
「鱗だな」
「鱗?」
鱗を持つ生き物なんて、やっぱり竜じゃないのか。そう考えるエリサには構わず、ヴァロは顔を上げて、真剣な表情で周囲の木々をぐるりと見渡す。
エリサも真似をして木々を見回してみるけれど、何があるのかよくわからない。
「エリサ、あそことあそこ……枝が折れて幹に傷が付いているのは見えるか?」
目を凝らすと、たしかに重なり合う枝の一部が折れていた。
幹のかなり高い位置、かなり登らなければ届かないような場所にも、どうやったのか抉れた傷がついている。
「――脂の匂いも濃くなってる。ところ構わず荒らして回っているんだな」
言われてみれば、たしかに、針葉樹の樹脂特有の、ツンとする匂いが鼻についた。幹に付けられた傷から、脂が染み出しているんだろう。
「でも、でも、ヴァロさん。あそこ、すごく高い……」
「そう、たぶん魔獣だ。しかも、これは相当にでかくて強い。鱗を持つ魔獣でここまでの大きさなのは、さすがにあまり多くは思いつかない」
フロスティが、何かに気づいたように急に首を巡らせた。
風に乗って、臭いか音でも感じたのか。
ヴァロがそっと合図をする。エリサは頷いて、音を立てないように身体を低くした。グラートを上着の中に入れて、ゆっくり、注意をしながら茂みに寄る。
「フロスティが向こうに何かがいると言ってる。確認して、領主殿に連絡を――」
いきなり木々が揺れた。バキバキと響く音と同時に、「エリサ!」と叫んだヴァロが地面を蹴る。
体当たりをするようにエリサを抱えたヴァロは、そのままゴロゴロと地面を転がり……さらさらの粉雪が舞い上がり、朝霧のように視界を煙らせた。
「エリサ、今すぐ領主殿に連絡を――魔獣は多頭蛇だ。首は五本、鱗の色から言って氷原多頭蛇。すぐに討伐隊を組んでくれ、と」
「は……はい」
「それから、狼煙を焚くんだ。状況次第では、私に構わず逃げること」
「で……」
「私の指示には従ってもらう」
雪煙が晴れると、大きな五つの蛇首が、エリサとヴァロをじっと見つめていた。
本当に恐ろしいと悲鳴なんて上がらないものなのか――エリサはひくひくと喉を引き攣らせながら、やっと頷いた。
* * *
バタバタとあちこちひっくり返して、イェルハルドは必死に必要なものを集めた。
つい今しがた入ったエリサからの知らせは、もう使いに持たせて戦神教会と警備隊へと向かわせている。すぐにニクラスが必要な人員を選んでここへ来るだろう。
「旦那様、旦那様、エリサは大丈夫なの?」
泣き出しそうな顔でおろおろと縋り付くパルヴィに、「大丈夫だ」と答えて、イェルハルドはいくつもの巻物を広げて中身を確認しては、懐に突っ込んだ。
触媒入れと、杖と、それから防寒用の外套と……手っ取り早く掻き集めて身に付けると、そこに使用人に先導されたノエも現れた。
「イェルハルド、ハイドラだって? しかも首が五本?」
「ああ、まさに今、遭遇して応戦しているらしい」
ノエがチッと舌打ちする。
発見しただけの報告なら良かったのに、と呟いて。
「場所はわかるのか?」
「それはこれからだ。エリサと指輪を目印に位置を確認したうえで、ひとりかふたり、ニクラスが戦士か騎士を寄越したら飛ぶ」
「わかった」
多頭蛇は、四つ足のトカゲのような身体に何本もの蛇の首を生やした魔獣だ。一説では、邪竜神の落し子の、さらに落し子として誕生したのだと言われるが、真偽は定かではない。
ただ、目についた生き物は何でもすべて食べ尽くそうと襲う、凶暴で貪欲な魔獣として知られている。
通常なら首の数は三本。大きくても四本だ。年数を経て大きく育つほど首が増えるけれど、大抵はそうなる前に討たれるのが普通だ。
それなのに、五本首?
――おそらく、北方の氷原から流れてきた個体だろう。
あちらにはあまり人は住んでいない。
寒冷地に強いヒューマノイドの部族がせいぜいだが、ハイドラを追い出すことでやっとだったのか、それとも食い尽くされたのか。
あらかたの用意ができる頃、武装を整えた聖騎士長とブレンダを連れたニクラスがやってきた。三人とも厳しい表情で、イェルハルドの指示を聞く。
「寒冷地タイプだと言ったから、火には弱いはずだ。
燃焼油はいくつか用意した。炎の魔術も魔道具で出せる。君たちにはハイドラを牽制しつつ、呪文詠唱の時間を稼いで欲しい。
ノエ高神官は援護に集中してもらう」
「わかりました」
イェルハルドは懐の巻物を取り出すと、立て続けに呪文をふたつ唱えて……後に残ったのは、見送りのパルヴィとニクラスのふたりだけだった。
* * *
運の悪いことに、このハイドラは再生能力を持つ個体だった。
冷気の息を避け、噛みつこうとする首をどうにかかわしながら切り付けた傷は、ほんのひと息かふた息する程度の時間で塞がってしまう。
エリサの射った矢もそうだ。どんなに深く刺さっても、次の矢を射るころには傷が塞がり、抜け落ちてしまっている。
ハイドラは、すべての首を落とさなければ死なない。
このままでは倒すなんて夢のまた夢だ。
エリサが“伝達の指輪”を持っていたことは僥倖だったけれど、はたしてどれくらい粘れば援軍が来るかもわからない。
いや、来ないことを前提に、今を凌ぐしかない。
「せめて、火があれば……」
はあ、と息を吐いてヴァロは眉を寄せる。
どう考えてもこの状況ではジリ貧だし、時間の問題でしかない。
かといって、無闇に逃げても逃げ切れるとは思えない。
ハイドラは図体のわりに俊敏だ。足も速い。おまけに恐ろしいほどに貪欲で……何より、ヴァロの剣を恐れていない。
なら、どうしたって時間を稼ぐしかない。
「エリサ、どうにかして樹脂を集めろ! 松明の要領で火矢を作るんだ! こいつは火に弱い!」
「はい!」
ヴァロは、戦い方を変えて防御に徹することにした。
火でついた傷ならハイドラの再生能力は効かない。火が用意できれば、ハイドラの首を落とすことも考えられる。
油は貴重品で、持ち歩いている燃料のほぼ全ては練炭だ。こんなことなら少しくらい油も用意しておくべきだった。
けれど、幸いなことにここは針葉樹の森で、ハイドラがあちこち付けて回った木の傷から、どろりとした脂が染み出している。
松明の要領であれを使って鏃に塗り付けられれば、火矢に使えるはずだ。短時間でどこまでできるかはわからないけれど、牽制くらいにはなるだろう。
エリサが準備を終えるまで、どれくらいかかるだろうか。
それまで、どうにか保たせなければ。
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