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岩小人の町

エルヴィラの紋章

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 まだ昼だというのに、日頃鍛えてて体力だってあるというのに、エルヴィラはくったりとベッドの上に転がっていた。
 横にはやっぱりだらだらとだらしなくミーケルが転がっている。

「あ、あの、ミケ」
「ん?」
「あの……ありがとう」

 ほんのり顔を赤らめるエルヴィラを、ミーケルはふんっと鼻を鳴らして笑う。

「――君は否定するけど、やっぱり君は馬鹿だね……って!」

 むうっと顔を顰めたエルヴィラが、ぽこんとミーケルのお腹を叩いた。
 どうしても、自分を“馬鹿”と言うことが許せなかったのだ。

「なんで力に訴えるんだよ脳筋!」

 ミーケルを選んだ自分は絶対馬鹿じゃない。
 ――これはそういう気持ちを込めた一撃なのだ。


 * * *


 二十日ほどが過ぎて、ようやくトゥーロからエルヴィラに最初の連絡が来た。
 仕上げこそはまだ先だが、大まかなところはできたから調整をしたいと。

 あれからミーケルは……エルヴィラにはよくわからない。

 エルヴィラから行けば応じてくれるがミーケルからは来ないし、エルヴィラが尋ねてみても笑ってごまかされるだけで、何もはっきりしたものは返ってこない。

 やっぱり望み薄なんだろうかと、ちょっとだけ気落ちしてしまう。

 いくら好きにしていいって言ったって、結局のところ、結婚というのは究極に相手を縛ることなのだ。
 だから結婚は望めない。
 ミーケルは自分が縛られることが嫌なのだ。なのに、こうしてエルヴィラから逃げ出したりはしない。
 つまり、このことだけでも奇跡なんじゃないのか。



親方マイスター。ほんとうに、いいんだろうか」

 再採寸があるから来いと呼び出され、並べられた武具を目にして、エルヴィラはごくりと喉を鳴らした。
 信じられない。
 鎖帷子チェインシャツにはじまり、ヘルム胴鎧ブレストプレート肩甲ボールドロンと二の腕までの腕当カノン肘当クーター籠手ガントレット腿当クウィス臑当グリーヴ鉄靴サバトン――

「へえ、ひと揃いあるんだ」

 感心したようにミーケルも武具を覗き込んでいる。

「鎧ってのは全部をちゃんと揃えて誂えたほうがいいんだ。ちぐはぐに付け足したんじゃ、バランス悪くて動きにも影響が出ちまう。
 そら、エルヴィラ、全部付けてみろ。細かいところを調整しよう」
「あ、ああ」

 促されるままにひとつひとつ付けていく。
 どれも以前より少し重いのに、付けてみると随分と軽く感じる。それに、この鎖帷子の銀色と、板金鎧の黒光りする金属は。

「……親方、まさかとは思うんだが、これ、この金属って」
「おう。鎖帷子は妖精銀ミスリル、板金鎧のほうは黒鉄アダマンタイトだ」
 まさかと思った答えが返ってきて、エルヴィラは真っ青になる。

 妖精銀はここで採れる貴重な金属で、とてもしなやかで柔軟性に富んでいる。しかも軽いのに鉄並みに頑丈だ。ほんのりと魔法も帯びているという。
 黒鉄は少々重くて加工のしにくい金属だが、鉄よりもずっと硬く傷つきにくく、しかも割れにくい。魔法への耐性も高く、これで作った鎧は少々殴った程度では凹みすらしないという。
 もちろん、妖精銀も黒鉄も、鉄よりもずっと値が張る高価な金属だ。

「な、な……わ、私の手持ちでは、足りないと思うんだが……」
「充分だと、最初に言ったろうが」

 あうあうと慌てるエルヴィラに、トゥーロはにやりと笑う。

「お前さんは結構力があるからな、黒鉄を使ったほうがよかろうと思ったんだよ。躱すよりも鎧で受けて流す戦いかたをするだろう? 黒鉄はそういうやつに向いている」

 エルヴィラの付けた鎧を揺すったり叩いたりしながら、トゥーロは言う。

「ほら、剣はこいつだ。こいつを振って、ちょっと動いてみろ」

 差し出された剣は、やっぱりずっしりと重量のある剣だった。今まで使っていたものよりもやや刀身が太く長めで、先の方にバランスが取られている。

 エルヴィラは指示された通り、剣を構えて幾つかの型どおりに振ってみる。今までのものよりもずいぶん動きやすいように感じて、エルヴィラは目を瞠る。

「ふむ、少々重かったか。力寄りの騎士だから少し重めにしてみたんだが……」

 ぶつぶつと言いながら、トゥーロは手元の羊皮紙にガリガリとメモを書き込んでいく。

「だが、つける前はずいぶん重いと感じたけど、つけてみたらそうでもないぞ」
「ああ、鎧ってのはそう作るもんだからな。しかしそうは言っても、もう少し軽くしたほうが良さそうだ」
「大丈夫に思えるけど……」

 身につけた鎧を見下ろすエルヴィラの胸甲を叩いて、トゥーロはわははと笑う。

「お前さんの筋力はいいかもしれんが、体力のほうが問題なんだよ。もう少し軽ければ、その分負担が減るから消耗も少なくなる。
 なに、多少軽くしても強度は今のままでいけるだろう、そのほうがいい」
「そうなのか。さすが親方だな」

 感心するエルヴィラに、そうだ、とトゥーロがぽんと手を打った。

「お前さんの紋章は決まったかね」
「うん、決まったんだ」

 にっこりと笑うエルヴィラに、それまで黙って見ていたミーケルは、いつの間にと目を向ける。

「私の紋は、“太陽を背に、剣とリュートを持つ天使”にする」
「ほほう? 何か由来はあるのか?」
「全部、今の私に導いてくれたものなんだ。戦神と、太陽神教会のアンジェ神官と、ミケだ」
「――ふむ」

 トゥーロはにやりと笑って頷きながら、ミーケルをちらりと見た。
 ミーケルは一瞬何か言いたそうに口を開きかけたが、またすぐに噤んでしまう。

「よし、わかった。では、仕上がりを楽しみにしていろ」
「もちろんだ、親方。楽しみで仕方ない」

 それから紋の細かい意匠を詰めて、2、3の調整が終わったところで、エルヴィラとミーケルはトゥーロの工房を辞した。
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