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4.ミカちゃんとご近所さん
13.親友になった日
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実家に行ったさらに翌週は、毎晩毎晩、私とミカちゃんの間で結婚式攻防戦が繰り広げられていた。
とにかく私を飾り立てたいミカちゃんと、一時のことなのにそこまでお金をかけるのはどうかという私の攻防だ。
「律子さん、いい加減諦めてください」
「だってさあ……一回だけなんだよ? あ、それに、ドレスなんてどうやってしまっておけばいいの? 押入れに突っ込んどくわけにいかないでしょ?」
「大丈夫ですよ。保管くらいどうとでも」
にっこり笑うミカちゃんは、そこでもお金を使うつもりだ。なんでそんなに、とまで思ってしまう。
むむっと眉を寄せて見上げる私の口を啄んで、ミカちゃんが蕩けた顔になる。なんだろう、この、「わがままばかりでしかたないなあ」という顔。
わがまま言ってるのはミカちゃんじゃないのか。
「律子さんが頑固なのは知ってますから」
「あ、ちょっ、ミカちゃん……っ」
「けれど、律子さんがどう言ったところで、私は私の好きなように律子さんを飾るつもりですよ。諦めて飾られてください」
ね? と、ミカちゃんが深くキスをする。
ミカちゃんの言うとおり、私もたいがい頑固なのかもしれないが、ミカちゃんだって相当しつこいと思うんだけど。
それに、気の長さと言いくるめという点で、ミカちゃんに敵う気がしない。
どうせミカちゃんの思うとおりになるんだから、などと言われているようにも感じてしまって、どうにも納得がいかないのだ。
「ん、もう、ミカちゃんそうやって私のこと丸め込もうとしてるでしょ」
啄むようにキスをして、伸し掛かる体制に持ち込むミカちゃんに顰め面を向ける。だが、ミカちゃんは目を細めて楽しそうに笑い返すだけだ。
「丸め込んでなどいませんよ」
「ん、だって……」
「問答無用で私の思うとおりにしようと考えているだけですし」
「それ、もっと悪いと思うんだけど……あっ」
ぱくりと喉のあたりを食まれて、背中がぴくんと跳ねてしまう。
「私が律子さんを飾りたいんですから、抵抗しても無駄ですよ」
「ん、も、ミカちゃん……あ、んっ」
毎度のように、絶対折れないミカちゃんにたちまちベッドの上の攻防に持ち込まれて、結局うやむやにされるところまでがいつものことになっていた。
これじゃいかんと思うのに、ミカちゃんにあちこち気持ちよくされてしまうと、すぐにまあいいかなんて考え始めてしまう私は、本気でちょろい。
少女マンガのヒロイン並にちょろい。
* * *
「瑠夏さん!」
「律子さん、はい、お土産」
そんなこんなで次の週末。
新婚旅行から帰ってきた瑠夏さんからお土産を渡すと連絡があって、いつもの駅前の喫茶店で待ち合わせをした。
今回は天使も一緒だが、ミカちゃんは留守番だ。
新婚旅行はどこに行ったのかと思えば、京都なのだそうだ。御所めぐりやら寺社めぐりやら、かなり楽しんだらしい。
天使は宗教的にそういうのセーフなのかと訊いたら、他者の信仰や神には敬意を払わなければいけないものだと返ってきた。
天使の神様はできた神様なんだな。
「ところでさ」
ふと、瑠夏さんはあの結婚式にどうやって落とし込んだのかと気になった。
「天使って、瑠夏さんに結婚式のドレス作ってあげようとか思ったりした?」
思いついて投げた質問で、天使が思い切りコーヒーにむせる。
「いきなり何を。当然だろう? あちらの教会でルカが着たドレスは僕がルカのためにきちんと誂えたものだ。僕がルカに恥などかかせるわけないだろう」
「え、恥なの?」
「当たり前だ。僕のルカに対する扱いから下手な憶測を招くとわかってて、出来合いのドレスで済ませるなんてできるものか」
――やばい、天使の言ってることの意味がよくわからない。
「その代わり、こっちでの式は私の希望にしてもらったんだよ」
天使の言葉を受けて、瑠夏さんが楽しそうに続ける。
「それにね、律子さん。あっちじゃ、カイルはいちおう教会の偉いさんになるし、広告塔っていうか、顔? みたいなものだから、かなり豪華なのやらなきゃならなくて大変だったんだ。費用の半分は教会に持ってもらうって話はついてたんだけど、ウェディングドレスだけはカイルが作るって聞かなかったの」
天使もか。天使もなのか。
私の眉がぐぐっと寄っていく。
天使は自分の甲斐性を疑われたとでも思ったか、少し機嫌が悪くなった。
「でも、律子さん、急になんでそんなこと?」
「実は、ミカちゃんが、結婚式のドレスをフルオーダーするとか言い出して聞かないんだよね。どう思う?」
「どう思うも何も、奴は貴族だろう。体面を考えれば当然じゃないのか」
はあ、と溜息混じりにぽそりと尋ねる私に、天使が何を馬鹿なこと言ってるんだという口調で畳み掛けた。
「へ? なんでミカちゃんが貴族って」
「そんなもの、見ればわかるだろう。所作も態度も、奴のそれは身分に裏打ちされたものだ。あれで貴族でないと言われたら、そのほうが疑わしい」
「え、そういうもの? 天使って貴族ソムリエなの?」
「ソムリエ? ……お前、まさか知らないで伴侶にしようとしていたのか」
カイルが驚いたとばかりに目を剥いた。
吸血鬼との結婚は受け入れるくせに貴族だと問題視するのかなどとブツブツ言いつつ、納得いかないと目を眇める。
「いや、知ってるけど、いちおう今の日本って民主主義社会で皆平等だし、身分制とか廃止されてるしさ。ミカちゃんの故国だってたぶんそうだし、国籍は自由の国アメリカだって言ってたし。
あ、それにそうだ、本人が、もうずっと前に領地も身分ももう流行らないから手放したって言ってたし! 元がつくだけで今は違うし!」
「……こちらの社会制度がそういうものだとは聞いているが、そういういきさつなら、奴の身分は剥奪されたというわけではないのだろう?
社交というものは残るんじゃないのか?」
「え、社交って何? 近所付き合いと違うの? ていうか、なんで天使がそんな俗世のことに詳しいの!?」
「それは……」
む、と黙り込む天使を前に、私の頭の中は混乱していた。
だって身分とかもう無いものだし、ミカちゃんの親族とかは海の向こうだって言ってたし、うちは爺ちゃんの代まで単なる農家でしかなくて、今さら貴族の体面でドレス仕立てるとかどういうことなの。
「あ、えっとね、カイルはフリーランスで仕事してるけど、さっき言ったとおりいちおう教会の聖騎士隊の偉いさんってことになってるし、たまには貴族の偉い人とかともお付き合いしなきゃいけなくって、えーと、だから、そういうの詳しいんだと思う!」
慌てたように瑠夏さんがフォローを入れる。そういえば天国って貴族制取ってるんだったな、と思い出す。
「ともかく、貴族なら貴族にふさわしい規模と格式が求められるはずで、奴がやけにこだわるというなら、そういうことでは無いのか?」
「――ミカちゃん単体ならともかく、今さら貴族がどうとか、社交とかわけわからないこと言われても、正直困る……」
困り果てた私の声に、天使が呆れ切った顔になった。
そんなに呆れることだろうか。
身分のある国では当然でも、ここは日本で身分などないのだ。
「まずはよく話をしてみたらどうだ。僕やルカの例では、あまりあてにはならないと思うんだが」
「あ、うん……まあ、そうだよね。そもそもここ天国じゃないし、天使と吸血鬼じゃ対角線上の生き物同士だもんね」
「その、僕と奴のことを、猫と鼠とかカエルと蛇みたいな言い方をするな」
は、と天使が小さく溜息を漏らし、やれやれと肩を竦める。
この天使に溜息吐かれるって、結構な屈辱感だ。
「――あまりこういうことは言いたくないが、奴にとって、お前が相当に大切な存在だというのは確かだろう。
そのお前を美しく飾りたいという気持ちは、理解できないでも無い。だから、そう、無碍に頭ごなしに否定するのは、いかがなものかとも思う」
そんなことを述べながらものすごく嫌そうな表情の天使に、私はぽかんと呆気に取られてしまった。
あの、ミカちゃんを見かける度に親の仇でも見つけたような顔で肩を怒らせていた天使が、ミカちゃんの気持ちがわかるって、これが青天の霹靂か。
「……天使、いつからミカちゃんと親友になったの」
「は? いきなり何の世迷い言だ! 僕があれと馴れ合っているとでも言うつもりか、馬鹿を言うな!」
ここまで天使の理解が進んでたなんてねえと頬杖を突く私に、天使がたちまち真っ赤な顔で怒り出した。
ちっとも怖くないけど。
瑠夏さんは天使の横で楽しそうに笑っている。天使に友達ができて本当に良かったなあ、なんて。
「だってさ、ミカちゃんの気持ちがわかるって言ったの天使じゃん?」
「奴を理解したわけではない! ただ、好いた女を綺麗に飾ってやりたいという気持ちが理解できるだけだ!」
「そっか……天使のお告げじゃしかたないかなあ……」
「だから違う!」
「天使の後押しがあるんじゃなあ」
「違う! 勝手に話を作るな! それと、僕のせいにするな!」
どん、とテーブルを叩く天使を、瑠夏さんが軽く肩を叩いて宥める。
「まあまあカイル、お友達のこと助けてあげたんだからいいじゃない。これから長く付き合うんだし、いいことしたんだよ」
「ルカまで……」
がっくりと肩を落とす天使に、瑠夏さんはどこまでが真実に天然なんだろうかと考えた。
* * *
「ただいま。ねえ、ミカちゃん」
「はい?」
帰るなり、もらった八つ橋を渡しながら、私はごくりと唾を飲みこんだ。
「ドレスのフルオーダーとか、あれなの? もしや貴族の体面ってやつ?」
ミカちゃんが私を振り返る。少し驚いた顔だ。
図星を指されたからなのか、それとも思わぬことを言われたからなのか。どっちとも取れる顔のミカちゃんに、私はどうしようかなと考え込んでしまう。
本当にミカちゃんの体面というものが掛かっているなら、もしかしたら、吸血鬼界隈には私には理解できないなりにそういうしきたりがあるなら、私が頑固に拒否してばかりいるのも、いい加減にしないとまずいんじゃないだろうか。
「急にどうしたんですか?」
「いや、天使も、いちおう教会の偉い立場だから、天国での結婚式はお金かけなきゃならないとかもあって、瑠夏さんのドレス作ったって言ってて。
もしかして、ミカちゃんにも何か事情があるから、ドレス作ったりしなきゃいけないのかなって」
ミカちゃんがぽかんと口を開けたまま、私を凝視する。そのままゆっくり、三十数えるくらいの間じっと見つめた後、にっこりと会心の笑みを浮かべた。
「ええ、そうなんです。風習なので、こればかりは譲れないのですよ」
「――あっ、それは嘘だ! 私が聞いてきたことに乗っかったんでしょ!」
「いえ、本当ですから。律子さん、そういうことなので諦めてくださいね」
「いやいや、嘘だよね? ミカちゃんが悪いこと考えてる時の顔だよそれ!」
「悪いことなど何も考えていませんが」
くつくつと笑いながらミカちゃんが立ち上がり、私を抱き締める。
「風習ですから、律子さんがどんなに抵抗しても、絶対に飾りますからね」
楽しそうに耳元で囁くミカちゃんの声はやっぱり少し浮かれてて……。
もう、きっと、私がどんなにダメ出ししたところで、ミカちゃんが思うとおりにやっちゃうんだろうな。
とにかく私を飾り立てたいミカちゃんと、一時のことなのにそこまでお金をかけるのはどうかという私の攻防だ。
「律子さん、いい加減諦めてください」
「だってさあ……一回だけなんだよ? あ、それに、ドレスなんてどうやってしまっておけばいいの? 押入れに突っ込んどくわけにいかないでしょ?」
「大丈夫ですよ。保管くらいどうとでも」
にっこり笑うミカちゃんは、そこでもお金を使うつもりだ。なんでそんなに、とまで思ってしまう。
むむっと眉を寄せて見上げる私の口を啄んで、ミカちゃんが蕩けた顔になる。なんだろう、この、「わがままばかりでしかたないなあ」という顔。
わがまま言ってるのはミカちゃんじゃないのか。
「律子さんが頑固なのは知ってますから」
「あ、ちょっ、ミカちゃん……っ」
「けれど、律子さんがどう言ったところで、私は私の好きなように律子さんを飾るつもりですよ。諦めて飾られてください」
ね? と、ミカちゃんが深くキスをする。
ミカちゃんの言うとおり、私もたいがい頑固なのかもしれないが、ミカちゃんだって相当しつこいと思うんだけど。
それに、気の長さと言いくるめという点で、ミカちゃんに敵う気がしない。
どうせミカちゃんの思うとおりになるんだから、などと言われているようにも感じてしまって、どうにも納得がいかないのだ。
「ん、もう、ミカちゃんそうやって私のこと丸め込もうとしてるでしょ」
啄むようにキスをして、伸し掛かる体制に持ち込むミカちゃんに顰め面を向ける。だが、ミカちゃんは目を細めて楽しそうに笑い返すだけだ。
「丸め込んでなどいませんよ」
「ん、だって……」
「問答無用で私の思うとおりにしようと考えているだけですし」
「それ、もっと悪いと思うんだけど……あっ」
ぱくりと喉のあたりを食まれて、背中がぴくんと跳ねてしまう。
「私が律子さんを飾りたいんですから、抵抗しても無駄ですよ」
「ん、も、ミカちゃん……あ、んっ」
毎度のように、絶対折れないミカちゃんにたちまちベッドの上の攻防に持ち込まれて、結局うやむやにされるところまでがいつものことになっていた。
これじゃいかんと思うのに、ミカちゃんにあちこち気持ちよくされてしまうと、すぐにまあいいかなんて考え始めてしまう私は、本気でちょろい。
少女マンガのヒロイン並にちょろい。
* * *
「瑠夏さん!」
「律子さん、はい、お土産」
そんなこんなで次の週末。
新婚旅行から帰ってきた瑠夏さんからお土産を渡すと連絡があって、いつもの駅前の喫茶店で待ち合わせをした。
今回は天使も一緒だが、ミカちゃんは留守番だ。
新婚旅行はどこに行ったのかと思えば、京都なのだそうだ。御所めぐりやら寺社めぐりやら、かなり楽しんだらしい。
天使は宗教的にそういうのセーフなのかと訊いたら、他者の信仰や神には敬意を払わなければいけないものだと返ってきた。
天使の神様はできた神様なんだな。
「ところでさ」
ふと、瑠夏さんはあの結婚式にどうやって落とし込んだのかと気になった。
「天使って、瑠夏さんに結婚式のドレス作ってあげようとか思ったりした?」
思いついて投げた質問で、天使が思い切りコーヒーにむせる。
「いきなり何を。当然だろう? あちらの教会でルカが着たドレスは僕がルカのためにきちんと誂えたものだ。僕がルカに恥などかかせるわけないだろう」
「え、恥なの?」
「当たり前だ。僕のルカに対する扱いから下手な憶測を招くとわかってて、出来合いのドレスで済ませるなんてできるものか」
――やばい、天使の言ってることの意味がよくわからない。
「その代わり、こっちでの式は私の希望にしてもらったんだよ」
天使の言葉を受けて、瑠夏さんが楽しそうに続ける。
「それにね、律子さん。あっちじゃ、カイルはいちおう教会の偉いさんになるし、広告塔っていうか、顔? みたいなものだから、かなり豪華なのやらなきゃならなくて大変だったんだ。費用の半分は教会に持ってもらうって話はついてたんだけど、ウェディングドレスだけはカイルが作るって聞かなかったの」
天使もか。天使もなのか。
私の眉がぐぐっと寄っていく。
天使は自分の甲斐性を疑われたとでも思ったか、少し機嫌が悪くなった。
「でも、律子さん、急になんでそんなこと?」
「実は、ミカちゃんが、結婚式のドレスをフルオーダーするとか言い出して聞かないんだよね。どう思う?」
「どう思うも何も、奴は貴族だろう。体面を考えれば当然じゃないのか」
はあ、と溜息混じりにぽそりと尋ねる私に、天使が何を馬鹿なこと言ってるんだという口調で畳み掛けた。
「へ? なんでミカちゃんが貴族って」
「そんなもの、見ればわかるだろう。所作も態度も、奴のそれは身分に裏打ちされたものだ。あれで貴族でないと言われたら、そのほうが疑わしい」
「え、そういうもの? 天使って貴族ソムリエなの?」
「ソムリエ? ……お前、まさか知らないで伴侶にしようとしていたのか」
カイルが驚いたとばかりに目を剥いた。
吸血鬼との結婚は受け入れるくせに貴族だと問題視するのかなどとブツブツ言いつつ、納得いかないと目を眇める。
「いや、知ってるけど、いちおう今の日本って民主主義社会で皆平等だし、身分制とか廃止されてるしさ。ミカちゃんの故国だってたぶんそうだし、国籍は自由の国アメリカだって言ってたし。
あ、それにそうだ、本人が、もうずっと前に領地も身分ももう流行らないから手放したって言ってたし! 元がつくだけで今は違うし!」
「……こちらの社会制度がそういうものだとは聞いているが、そういういきさつなら、奴の身分は剥奪されたというわけではないのだろう?
社交というものは残るんじゃないのか?」
「え、社交って何? 近所付き合いと違うの? ていうか、なんで天使がそんな俗世のことに詳しいの!?」
「それは……」
む、と黙り込む天使を前に、私の頭の中は混乱していた。
だって身分とかもう無いものだし、ミカちゃんの親族とかは海の向こうだって言ってたし、うちは爺ちゃんの代まで単なる農家でしかなくて、今さら貴族の体面でドレス仕立てるとかどういうことなの。
「あ、えっとね、カイルはフリーランスで仕事してるけど、さっき言ったとおりいちおう教会の聖騎士隊の偉いさんってことになってるし、たまには貴族の偉い人とかともお付き合いしなきゃいけなくって、えーと、だから、そういうの詳しいんだと思う!」
慌てたように瑠夏さんがフォローを入れる。そういえば天国って貴族制取ってるんだったな、と思い出す。
「ともかく、貴族なら貴族にふさわしい規模と格式が求められるはずで、奴がやけにこだわるというなら、そういうことでは無いのか?」
「――ミカちゃん単体ならともかく、今さら貴族がどうとか、社交とかわけわからないこと言われても、正直困る……」
困り果てた私の声に、天使が呆れ切った顔になった。
そんなに呆れることだろうか。
身分のある国では当然でも、ここは日本で身分などないのだ。
「まずはよく話をしてみたらどうだ。僕やルカの例では、あまりあてにはならないと思うんだが」
「あ、うん……まあ、そうだよね。そもそもここ天国じゃないし、天使と吸血鬼じゃ対角線上の生き物同士だもんね」
「その、僕と奴のことを、猫と鼠とかカエルと蛇みたいな言い方をするな」
は、と天使が小さく溜息を漏らし、やれやれと肩を竦める。
この天使に溜息吐かれるって、結構な屈辱感だ。
「――あまりこういうことは言いたくないが、奴にとって、お前が相当に大切な存在だというのは確かだろう。
そのお前を美しく飾りたいという気持ちは、理解できないでも無い。だから、そう、無碍に頭ごなしに否定するのは、いかがなものかとも思う」
そんなことを述べながらものすごく嫌そうな表情の天使に、私はぽかんと呆気に取られてしまった。
あの、ミカちゃんを見かける度に親の仇でも見つけたような顔で肩を怒らせていた天使が、ミカちゃんの気持ちがわかるって、これが青天の霹靂か。
「……天使、いつからミカちゃんと親友になったの」
「は? いきなり何の世迷い言だ! 僕があれと馴れ合っているとでも言うつもりか、馬鹿を言うな!」
ここまで天使の理解が進んでたなんてねえと頬杖を突く私に、天使がたちまち真っ赤な顔で怒り出した。
ちっとも怖くないけど。
瑠夏さんは天使の横で楽しそうに笑っている。天使に友達ができて本当に良かったなあ、なんて。
「だってさ、ミカちゃんの気持ちがわかるって言ったの天使じゃん?」
「奴を理解したわけではない! ただ、好いた女を綺麗に飾ってやりたいという気持ちが理解できるだけだ!」
「そっか……天使のお告げじゃしかたないかなあ……」
「だから違う!」
「天使の後押しがあるんじゃなあ」
「違う! 勝手に話を作るな! それと、僕のせいにするな!」
どん、とテーブルを叩く天使を、瑠夏さんが軽く肩を叩いて宥める。
「まあまあカイル、お友達のこと助けてあげたんだからいいじゃない。これから長く付き合うんだし、いいことしたんだよ」
「ルカまで……」
がっくりと肩を落とす天使に、瑠夏さんはどこまでが真実に天然なんだろうかと考えた。
* * *
「ただいま。ねえ、ミカちゃん」
「はい?」
帰るなり、もらった八つ橋を渡しながら、私はごくりと唾を飲みこんだ。
「ドレスのフルオーダーとか、あれなの? もしや貴族の体面ってやつ?」
ミカちゃんが私を振り返る。少し驚いた顔だ。
図星を指されたからなのか、それとも思わぬことを言われたからなのか。どっちとも取れる顔のミカちゃんに、私はどうしようかなと考え込んでしまう。
本当にミカちゃんの体面というものが掛かっているなら、もしかしたら、吸血鬼界隈には私には理解できないなりにそういうしきたりがあるなら、私が頑固に拒否してばかりいるのも、いい加減にしないとまずいんじゃないだろうか。
「急にどうしたんですか?」
「いや、天使も、いちおう教会の偉い立場だから、天国での結婚式はお金かけなきゃならないとかもあって、瑠夏さんのドレス作ったって言ってて。
もしかして、ミカちゃんにも何か事情があるから、ドレス作ったりしなきゃいけないのかなって」
ミカちゃんがぽかんと口を開けたまま、私を凝視する。そのままゆっくり、三十数えるくらいの間じっと見つめた後、にっこりと会心の笑みを浮かべた。
「ええ、そうなんです。風習なので、こればかりは譲れないのですよ」
「――あっ、それは嘘だ! 私が聞いてきたことに乗っかったんでしょ!」
「いえ、本当ですから。律子さん、そういうことなので諦めてくださいね」
「いやいや、嘘だよね? ミカちゃんが悪いこと考えてる時の顔だよそれ!」
「悪いことなど何も考えていませんが」
くつくつと笑いながらミカちゃんが立ち上がり、私を抱き締める。
「風習ですから、律子さんがどんなに抵抗しても、絶対に飾りますからね」
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