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3.ミカちゃんと私
11.そういうところ、好きですよ
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「ただいまあ」
まだまだ暑いなあと思いながら玄関を開けると、ひんやりした空気が顔を撫でた。帰ってくるとエアコンがしっかり効いてるって、やっぱりいいなあ。
「お帰りなさい」
「はー、暑かったあ」
迎えに出てきたミカちゃんが、玄関先に置いたカバンを拾い上げる。
まあ、迎えに出るも何も、うちの玄関は台所直結だから、玄関開けるとすぐ目の前にミカちゃんがいるってだけなんだけど。
「……何か、ありましたか?」
「ん?」
「先ほど、聖なるものの力を感じましたが」
「うん、こないだのイケメン天使に会ったよ」
ミカちゃんがどことなく不安げな顔になる。私は、なんだかしょうがないなあと思って、ミカちゃんに抱きついた。そのままぎゅうと抱き締めて、「ちょっとムカついちゃった」と呟く。
「何が、ですか」
ミカちゃんは、私の言葉にか態度にか、少し驚いてるようだった。
「……だってさ、天使が絶対正しいみたいな態度丸出しなんだもん。ミカちゃんのこと知りもしないくせにさ」
「けれど、普通は天使の言うことのほうが説得力があって正論だと考えるのでは」
「何が正しいかなんて、そんなの自分の立場で変わるものじゃない。天使が言うならそうですねって、ただの頭の悪い人だよ、それじゃ。
そもそも、正論だけで社会が回ると思ったら大間違いだし、正論の押し付けでいいことなんて、ひとつもないよ」
ぽかんと呆気にとられていたミカちゃんが、ぷっと噴き出した。ここは笑うところだっただろうか。
思わず「ええ? なんで?」と顔をあげると、ミカちゃんは顔を抑えてくつくつと笑っていた。
「律子さんにかかっては、天界のものも形無しですね」
「そんなの、当たり前のことじゃないの?」
「それを当たり前と言えるのは、律子さんだからですよ」
笑いながら、ミカちゃんは「さ、汗を流してきてください」と私を風呂場に押しやろうとする。腕を解かれて背中を押されて一歩踏み出して……ふと思い出して、私はミカちゃんを振り返った。
「そうだ、それで、思ったんだけどね」
「はい?」
「私、結構ミカちゃんのこと好きだよ」
ぴたりとミカちゃんの動きが止まる。ん? と顔を上げると、ミカちゃんはひどく驚いた顔になっていた。
「ミカちゃん?」
背中を押してたはずなのに、ミカちゃんはまたいきなり私を引き寄せてぐっと抱き締め、肩口に顔を伏せる。
「ちょ、ミカちゃん、汗臭いから」
「……律子さんは、ずるい」
「へ?」
まだまだ、通勤だけで汗まみれのどろどろになっちゃう季節なのにと焦っていたら、思いもよらないことを言われてさらに焦ってしまう。
ずるいって、何が?
「そんな、不意打ちをするなんて」
「え?」
不意打ちって何?
あと、汗も引き切ってなくてべとついてるのに、そんなにくっついたら、ミカちゃんまで汗臭くなるってば。
焦るあまり、おたおたしつつそんなことしか考えられない。
「とっ、とりあえずお風呂はいってくるから、ね!」
「はい」
どうにかミカちゃんを剥がし、脱衣所に入って、はあ、と息を吐いた。
ミカちゃんこそ、不意打ちすぎる。
……まあ、天使に会っちゃったなんて聞いたら、たしかに心配なんだろうけど。前に、天使は融通が利かないからすぐ喧嘩になって面倒だって言ってたし。
それにしても、ナイアラがあの天使と知り合いだとは思わなかった。態度や様子からすると、やっぱりナイアラの“魔物退治”の仲間なんだろうか。随分と親しいみたいだったし。
人外の間には、無闇に喧嘩しちゃいけないという決まりごとがあるみたいだけど、大丈夫なのだろうか。なんとなく気まずいというか気恥ずかしくて避けてたけど、ミカちゃんのこと、ナイアラとちゃんと話をしたほうがいいだろうか。
そこまで考えて、ふと、人外がすっかり当たり前のことになってる自分の現状に少しへこんだ。おかしいな、五月のあの真夏日までは、すっごく普通の暮らしをしていたはずなのに。
「あー、さっぱりした」
「ご飯の用意ができてますよ」
「わあ、ありがとう」
「いえ」
お風呂の間に夕食が並べられたテーブルについて、感嘆の声をあげる。
ミカちゃんはどんどん家事が上手くなる。特にご飯が。レパートリーも増えている。いつもいつも、限られた予算で工夫を凝らして、美味しいご飯を作ってくれるのだ。
「いただきます!」
食べ始めながら、ふと、でも、このままでいいのかなと思った。
ミカちゃんはずっと変わらないのかもしれないけど、私は変わるのだ。身体だって気持ちだって、どんどん歳を取っていく。つつがなく血をあげられる年数だってそう長くはないだろう。
何百年も生きてるはずのミカちゃんが、気付いていないわけがない。
たぶん、あっという間に寿命が来てぽっくり逝っちゃう私より、ミカちゃんのほうがずっと大変だろう。
それともやっぱり、数年もしたら飽きて他に行くのかな。それならそれで……むしろ、そのほうがいいんじゃないかと思うけど。
「どうしました?」
「ん?」
「何か、考えごとでも?」
「あ、えーとね、シルバーウィークどうしようかなって」
あははと誤魔化すように笑って、ほんのひと月前に来たお母さんの言葉を引き合いにだした。
ミカちゃん連れて実家に来いって言われたけれど、実際に帰ったら、間違いなく婆ちゃんは大フィーバーだし下手したら近所の人だって見にくるだろう。こんな金髪のイケメンなのよってお母さんは絶対言いふらしてる。ご近所の語り草になっているのも間違いない。友達からもメールが来るんじゃないだろうか。
あれこれが簡単に想像できて、なんだか面倒くさい。
「帰るのではないんですか?」
「帰るのはともかくね、その後がすごく面倒くさいなって考えたら、ちょっとね……」
「その後が面倒?」
「うん。……旅行の予定でも入れて、他の適当な時に抜き打ちで帰るからってことにしたほうがいいかなあ」
ミカちゃんは目を細めて、どういうことなのか問うように小さく首を傾げた。
「ミカちゃんを連れてくのはいいんだけど、近所のおばちゃんとかまでが見に来て写メ撮ってそれが広まって、普段付き合いのない、小中学校時代の“友達”までから連絡が来そうだなって思ってさ」
いちいちそれに対応するのが面倒くさいなと、私は溜息を吐く。
来る連絡だって、ミカちゃん紹介しろとか他に友達はいないのかとか、どうせそういうことばっかりなのだ。
「連絡だけならともかく、いきなりこっちに遊びに来るとか来ちゃったとかもやりそうで、面倒だなあって。お母さんも婆ちゃんも、そこらへん警戒心薄いから、ひとの連絡先ほいほい教えちゃうだろうし」
「なるほど、そういうことでしたか」
ミカちゃんは納得したように頷いた。
「でしたら、心配はありませんよ」
にっこり微笑むミカちゃんに、本当に? と猜疑の目を向ける。
「地元の付き合いとかあるからあんまり邪険にできないのに、たぶんいろんなひとがすごく頻繁に来ると思うよ。なあなあの付き合いが、すごいところだし」
「穏便に帰っていただく方法ならいくらでもありますよ。私を何だと思っているのですか」
「え……え、と、吸血鬼?」
「はい」
ミカちゃんの言う“穏便”てどういうことなんだろうか。
「ですから、せっかくですし、シルバーウィークは律子さんのご実家に行きましょう」
「……うん」
そうまでして私の実家に行きたいって、やっぱりミカちゃんは外堀を埋めたいのだろうか。
今夜のミカちゃんは、なんだか穏やかだった。雰囲気というか、気配というか、表情というか、ここ最近の中でいちばん、落ち着いて穏やかな気がした。
実はミカちゃんも必死で余裕がなかったんだろうか。そう考えるとこのベテラン吸血鬼が妙に可愛く思えてきてしまう。私も、捕食者とか変に拘ってしまっていたけどもういいかと思えてくる。
だいたい、あの天使が出張って来た時だって、最初に考えたのは、またミカちゃんが泣いちゃうってことだったしなあ。
たぶん、なるようになるんだ、きっと。
今、先のことをあれこれ悩んだって仕方ないし、まあ、それなりにいいように回ってくものなんじゃないだろうか。躊躇することと考えることは違うって誰かが言ってたけど、それで行くと私が今までやってたのは躊躇して立ち止まることばかりで、考えてるわけじゃなかったことは確かだ。
「何を考えてるんですか?」
いつものように、背後から抱きこむ形で私を抱えて、ミカちゃんが耳元で尋ねる。
「なんか、私、変なこと考えすぎたのかなって、考えてた」
「変なことですか?」
「そうそう。やたら考えすぎちゃったけど、結局のところ、ミカちゃんがよくて私がいいならいいんじゃないかなって」
ミカちゃんが「律子さんらしいですね」と、くすりと笑う。
「あとさ」
「なんでしょう?」
「月いちの、やめよっか」
「……え?」
ミカちゃんが引き攣ったような声をあげた。滅多にない慌てるミカちゃんの声がなんだか楽しくて、ふふっと笑ってしまう。
「ミカちゃんなら、私の体調を私より把握してるし、月いちとか約束しなくても、大丈夫なんじゃないかなって」
「……律子さん?」
「だから、ミカちゃんが必要な時に、私の体調に問題ないだけ飲むってことにしたらいいかなって」
「私をそんなに信用して、いいんですか?」
半ば呆れたようなミカちゃんに覗き込まれて、私はてへっと笑ってみせた。
「だって、ミカちゃんはこれまでちゃんとやってくれたじゃない」
驚いた顔で、ミカちゃんは固まったままだ。
「……それに」
ものすごーく、ものすごく小さな声で、私は付け足した。
「ひと月に一回じゃ、たぶん、私が我慢できなさそうだし」
固まってたミカちゃんが、ぶっ、と盛大に噴き出して私の肩に顔を伏せてしまう。そのまま、「くくっ」と呻くように肩を震わせて笑い続けて……。
「ひっ、ひとがっ、しょっ、正直に白状したのに、そんなに、笑うことっ」
「律子さんのそういうところ、好きですよ」
ミカちゃんが私の顎を持ち上げて、キスをする。啄むように始まって、だんだんと深くキスをする。
涙目で真っ赤になったまま、キスをされるがままの私に、「では、さっそく……今日は擦り傷に滲む程度の量、いただきましょうか」と笑って、またキスをした。
ミカちゃんがこんなにはしゃいでいるのは、初めてかもしれない。
まだまだ暑いなあと思いながら玄関を開けると、ひんやりした空気が顔を撫でた。帰ってくるとエアコンがしっかり効いてるって、やっぱりいいなあ。
「お帰りなさい」
「はー、暑かったあ」
迎えに出てきたミカちゃんが、玄関先に置いたカバンを拾い上げる。
まあ、迎えに出るも何も、うちの玄関は台所直結だから、玄関開けるとすぐ目の前にミカちゃんがいるってだけなんだけど。
「……何か、ありましたか?」
「ん?」
「先ほど、聖なるものの力を感じましたが」
「うん、こないだのイケメン天使に会ったよ」
ミカちゃんがどことなく不安げな顔になる。私は、なんだかしょうがないなあと思って、ミカちゃんに抱きついた。そのままぎゅうと抱き締めて、「ちょっとムカついちゃった」と呟く。
「何が、ですか」
ミカちゃんは、私の言葉にか態度にか、少し驚いてるようだった。
「……だってさ、天使が絶対正しいみたいな態度丸出しなんだもん。ミカちゃんのこと知りもしないくせにさ」
「けれど、普通は天使の言うことのほうが説得力があって正論だと考えるのでは」
「何が正しいかなんて、そんなの自分の立場で変わるものじゃない。天使が言うならそうですねって、ただの頭の悪い人だよ、それじゃ。
そもそも、正論だけで社会が回ると思ったら大間違いだし、正論の押し付けでいいことなんて、ひとつもないよ」
ぽかんと呆気にとられていたミカちゃんが、ぷっと噴き出した。ここは笑うところだっただろうか。
思わず「ええ? なんで?」と顔をあげると、ミカちゃんは顔を抑えてくつくつと笑っていた。
「律子さんにかかっては、天界のものも形無しですね」
「そんなの、当たり前のことじゃないの?」
「それを当たり前と言えるのは、律子さんだからですよ」
笑いながら、ミカちゃんは「さ、汗を流してきてください」と私を風呂場に押しやろうとする。腕を解かれて背中を押されて一歩踏み出して……ふと思い出して、私はミカちゃんを振り返った。
「そうだ、それで、思ったんだけどね」
「はい?」
「私、結構ミカちゃんのこと好きだよ」
ぴたりとミカちゃんの動きが止まる。ん? と顔を上げると、ミカちゃんはひどく驚いた顔になっていた。
「ミカちゃん?」
背中を押してたはずなのに、ミカちゃんはまたいきなり私を引き寄せてぐっと抱き締め、肩口に顔を伏せる。
「ちょ、ミカちゃん、汗臭いから」
「……律子さんは、ずるい」
「へ?」
まだまだ、通勤だけで汗まみれのどろどろになっちゃう季節なのにと焦っていたら、思いもよらないことを言われてさらに焦ってしまう。
ずるいって、何が?
「そんな、不意打ちをするなんて」
「え?」
不意打ちって何?
あと、汗も引き切ってなくてべとついてるのに、そんなにくっついたら、ミカちゃんまで汗臭くなるってば。
焦るあまり、おたおたしつつそんなことしか考えられない。
「とっ、とりあえずお風呂はいってくるから、ね!」
「はい」
どうにかミカちゃんを剥がし、脱衣所に入って、はあ、と息を吐いた。
ミカちゃんこそ、不意打ちすぎる。
……まあ、天使に会っちゃったなんて聞いたら、たしかに心配なんだろうけど。前に、天使は融通が利かないからすぐ喧嘩になって面倒だって言ってたし。
それにしても、ナイアラがあの天使と知り合いだとは思わなかった。態度や様子からすると、やっぱりナイアラの“魔物退治”の仲間なんだろうか。随分と親しいみたいだったし。
人外の間には、無闇に喧嘩しちゃいけないという決まりごとがあるみたいだけど、大丈夫なのだろうか。なんとなく気まずいというか気恥ずかしくて避けてたけど、ミカちゃんのこと、ナイアラとちゃんと話をしたほうがいいだろうか。
そこまで考えて、ふと、人外がすっかり当たり前のことになってる自分の現状に少しへこんだ。おかしいな、五月のあの真夏日までは、すっごく普通の暮らしをしていたはずなのに。
「あー、さっぱりした」
「ご飯の用意ができてますよ」
「わあ、ありがとう」
「いえ」
お風呂の間に夕食が並べられたテーブルについて、感嘆の声をあげる。
ミカちゃんはどんどん家事が上手くなる。特にご飯が。レパートリーも増えている。いつもいつも、限られた予算で工夫を凝らして、美味しいご飯を作ってくれるのだ。
「いただきます!」
食べ始めながら、ふと、でも、このままでいいのかなと思った。
ミカちゃんはずっと変わらないのかもしれないけど、私は変わるのだ。身体だって気持ちだって、どんどん歳を取っていく。つつがなく血をあげられる年数だってそう長くはないだろう。
何百年も生きてるはずのミカちゃんが、気付いていないわけがない。
たぶん、あっという間に寿命が来てぽっくり逝っちゃう私より、ミカちゃんのほうがずっと大変だろう。
それともやっぱり、数年もしたら飽きて他に行くのかな。それならそれで……むしろ、そのほうがいいんじゃないかと思うけど。
「どうしました?」
「ん?」
「何か、考えごとでも?」
「あ、えーとね、シルバーウィークどうしようかなって」
あははと誤魔化すように笑って、ほんのひと月前に来たお母さんの言葉を引き合いにだした。
ミカちゃん連れて実家に来いって言われたけれど、実際に帰ったら、間違いなく婆ちゃんは大フィーバーだし下手したら近所の人だって見にくるだろう。こんな金髪のイケメンなのよってお母さんは絶対言いふらしてる。ご近所の語り草になっているのも間違いない。友達からもメールが来るんじゃないだろうか。
あれこれが簡単に想像できて、なんだか面倒くさい。
「帰るのではないんですか?」
「帰るのはともかくね、その後がすごく面倒くさいなって考えたら、ちょっとね……」
「その後が面倒?」
「うん。……旅行の予定でも入れて、他の適当な時に抜き打ちで帰るからってことにしたほうがいいかなあ」
ミカちゃんは目を細めて、どういうことなのか問うように小さく首を傾げた。
「ミカちゃんを連れてくのはいいんだけど、近所のおばちゃんとかまでが見に来て写メ撮ってそれが広まって、普段付き合いのない、小中学校時代の“友達”までから連絡が来そうだなって思ってさ」
いちいちそれに対応するのが面倒くさいなと、私は溜息を吐く。
来る連絡だって、ミカちゃん紹介しろとか他に友達はいないのかとか、どうせそういうことばっかりなのだ。
「連絡だけならともかく、いきなりこっちに遊びに来るとか来ちゃったとかもやりそうで、面倒だなあって。お母さんも婆ちゃんも、そこらへん警戒心薄いから、ひとの連絡先ほいほい教えちゃうだろうし」
「なるほど、そういうことでしたか」
ミカちゃんは納得したように頷いた。
「でしたら、心配はありませんよ」
にっこり微笑むミカちゃんに、本当に? と猜疑の目を向ける。
「地元の付き合いとかあるからあんまり邪険にできないのに、たぶんいろんなひとがすごく頻繁に来ると思うよ。なあなあの付き合いが、すごいところだし」
「穏便に帰っていただく方法ならいくらでもありますよ。私を何だと思っているのですか」
「え……え、と、吸血鬼?」
「はい」
ミカちゃんの言う“穏便”てどういうことなんだろうか。
「ですから、せっかくですし、シルバーウィークは律子さんのご実家に行きましょう」
「……うん」
そうまでして私の実家に行きたいって、やっぱりミカちゃんは外堀を埋めたいのだろうか。
今夜のミカちゃんは、なんだか穏やかだった。雰囲気というか、気配というか、表情というか、ここ最近の中でいちばん、落ち着いて穏やかな気がした。
実はミカちゃんも必死で余裕がなかったんだろうか。そう考えるとこのベテラン吸血鬼が妙に可愛く思えてきてしまう。私も、捕食者とか変に拘ってしまっていたけどもういいかと思えてくる。
だいたい、あの天使が出張って来た時だって、最初に考えたのは、またミカちゃんが泣いちゃうってことだったしなあ。
たぶん、なるようになるんだ、きっと。
今、先のことをあれこれ悩んだって仕方ないし、まあ、それなりにいいように回ってくものなんじゃないだろうか。躊躇することと考えることは違うって誰かが言ってたけど、それで行くと私が今までやってたのは躊躇して立ち止まることばかりで、考えてるわけじゃなかったことは確かだ。
「何を考えてるんですか?」
いつものように、背後から抱きこむ形で私を抱えて、ミカちゃんが耳元で尋ねる。
「なんか、私、変なこと考えすぎたのかなって、考えてた」
「変なことですか?」
「そうそう。やたら考えすぎちゃったけど、結局のところ、ミカちゃんがよくて私がいいならいいんじゃないかなって」
ミカちゃんが「律子さんらしいですね」と、くすりと笑う。
「あとさ」
「なんでしょう?」
「月いちの、やめよっか」
「……え?」
ミカちゃんが引き攣ったような声をあげた。滅多にない慌てるミカちゃんの声がなんだか楽しくて、ふふっと笑ってしまう。
「ミカちゃんなら、私の体調を私より把握してるし、月いちとか約束しなくても、大丈夫なんじゃないかなって」
「……律子さん?」
「だから、ミカちゃんが必要な時に、私の体調に問題ないだけ飲むってことにしたらいいかなって」
「私をそんなに信用して、いいんですか?」
半ば呆れたようなミカちゃんに覗き込まれて、私はてへっと笑ってみせた。
「だって、ミカちゃんはこれまでちゃんとやってくれたじゃない」
驚いた顔で、ミカちゃんは固まったままだ。
「……それに」
ものすごーく、ものすごく小さな声で、私は付け足した。
「ひと月に一回じゃ、たぶん、私が我慢できなさそうだし」
固まってたミカちゃんが、ぶっ、と盛大に噴き出して私の肩に顔を伏せてしまう。そのまま、「くくっ」と呻くように肩を震わせて笑い続けて……。
「ひっ、ひとがっ、しょっ、正直に白状したのに、そんなに、笑うことっ」
「律子さんのそういうところ、好きですよ」
ミカちゃんが私の顎を持ち上げて、キスをする。啄むように始まって、だんだんと深くキスをする。
涙目で真っ赤になったまま、キスをされるがままの私に、「では、さっそく……今日は擦り傷に滲む程度の量、いただきましょうか」と笑って、またキスをした。
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