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灰色の世界の天上の青
18.護ってどうするのか
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「ほら、着いたぞ」
アライトの翼は本当に早かった。
以前、オーウェンと来た時には一刻も掛かった道のりが、アライトが飛べば四半刻よりもはるかに早く着いてしまった。
たしかに、考え直すにはまったく足りないくらいの時間でしかない。
ゆっくりと降下して、最後はどすんと大きな音を立てて地面へと降りると、アライトは後ろを振り返った。
「なあ、やっぱり止めたはないのか?」
心配そうに尋ねるアライトに、ヴィエナはこくんと頷く。風でばさばさに乱れた髪を軽く撫でつけて、その背からすとんと飛び降りる。
「アライトさん、ありがとう」
「あのな」
どことなく改まったように、アライトは目を細める。
「ヴィエナは、何か困ったらいつでも俺の巣穴に来ても構わないんだからな。後進の面倒をみるのも、俺たち成竜の役目なんだ」
「はい」
少し驚いて、けれどヴィエナもうれしそうに頷く。
「これも持ってけ」
口の先で首元の小さな鱗を一枚取ると、ヴィエナの手に乗せた。
「竜の守りの鱗だ。この先、青銅色の竜に会ったら、そいつを見せればきっと力になってくれるぞ。あんたは俺の、青銅竜アライトの弟子だからな。俺たち青銅竜は、水か森がある場所ならどこにでも棲んでるから、覚えておけ」
「うん……アライトさん、ほんとにありがとう」
鱗を握り締めると、ひんやりとしているのに温かいようにも感じた。
飛び立つアライトに、ヴィエナは大きく手を振り……たちまち小さくなっていく竜影を見送って、大きく深呼吸する。
塔にひとつだけある扉の、大きな金属のノッカーを打ち鳴らす。しばし待った後、ギィ、と重たい音を立てて扉が開いた。
その内側には、以前訪れた時のように、長衣をだらしなく着崩して長い銀の髪を1つにゆるく纏めた長身の天人が立っていた。蛋白石のように輝く目に笑みを浮かべ、背には艶やかな色とりどりの羽根に覆われた翼が揺れている。
「トーレ、さん」
「やあ」
トーレはじっとヴィエナを見つめる。
値踏みされているようにも感じて、ヴィエナはわずかにたじろいでしまう。
「悪魔憑きのお嬢さん、久しぶりだね。ひとりでここへ何の用?」
軽口のように尋ねながらも、けれど、さっきより笑みが優しげなものに変わった気がして、ヴィエナは不思議そうにトーレを見上げた。
「あの、お願いがあるんです」
「……どんなお願いか聞いてみようか」
「私に憑いてる悪魔を祓ってください。できるって、言いましたよね」
「たしかに言ったけれど……もしかして、悪魔の正体がわかったのかな?」
「九層地獄界の第八層の支配者で、魔術と炎を操る悪魔だって言ってました」
予想よりも大物な悪魔だったことに、さすがのトーレも目を見張る。
「なるほど……相当な悪魔だとは思ってたけど、最悪な奴が相手だったんだ」
「その悪魔が付けた印を消して、私から祓って欲しいんです」
「急にそんなことを言い出した、理由を聞いてもいいかな?」
「司祭様が……オーウェン様が、これ以上、悪魔と関わっちゃったら」
「うん?」
「私、オーウェン様が大切なんです。母さんが言ってた“大切なひと”って、私にとってはオーウェン様なんです。
悪魔との“賭け”も、きっと大切なひとを手にできるかってことで……でも、それでもし勝てても、オーウェン様が悪魔に恨まれちゃうから……」
「なるほどね」
俯くヴィエナの頭がふわりと撫でられた。「恋するものに祝福を」と、頭にキスをされて思わず顔を上げる。
「さあ、お入り」
「あの」
「愛と情熱の女神は愛を祝福し、恋人たちを護るものだ。君が愛のために悪魔を降したいと言うのなら、女神の輝く瞳と薄衣に掛けて、私は助けとなるよ」
トーレに差し出された手を掴むと、彼はヴィエナの手を引いて、ゆっくりと階段を昇り始めた。
「前にも言ったけれど、君につけられた印を無理やり剥がすことはできるだろう。相手がわかった分、少しだけ有利になったからね」
ヴィエナは頷く。悪魔祓いは、悪魔が何者かを知ることから始まるのだから。
「けれど、それでもかの悪魔大公が相手だ。もしかしたら邪魔が入ってうまく剥がせないかもしれない。
それに、前にも言ったとおり、たとえ剥がせても君がただの抜け殻になってしまう可能性は高い。君につけられた印は何世代も経て、深く、広く、君の中に根付いてしまっている」
いきなり強く手を引かれ、ヴィエナは倒れ込むようにしてトーレに抱き竦められた。トーレが耳元に口を寄せ、鋭く囁くように問う。
「それでも、君はそれを望むのかい?」
ヴィエナはハッとトーレを見返して、やっぱりゆっくりと頷いた。
「もういちど訊くよ。何のために?」
「オーウェン様に、無事でいて欲しいんです。私が抜け殻になっても、オーウェン様が無事ならそれでいいんです」
「彼は反対するんじゃないかな?」
「それでも、です。私、母さんや皆のことを悪魔に渡したくなくて、でも、オーウェン様も危険に引き込みたくないんです。
オーウェン様はたぶん怒ると思うけど、でも、私はそうしたいんです」
「――男女の愛とはとても利己的なものだ」
トーレはくすりと笑ってヴィエナの身体を放し、しっかりと立たせる。
「彼はそれを望まないかもしれないのに、君はそれでも我を通したいと言う。思いを遂げられれば自分は救われるのに、それで彼が負債を負うことを善としない」
少し不安げな表情を浮かべるヴィエナの額に、トーレはキスを贈る。
「でも、私はいいと思うよ。君の、そのどうしようもない衝動は愛が生んだものなのだからね」
階段を登り切ると、いつか訪れた時と同様に、目のやり場に困るようなペラペラのスリップドレス姿のまま、イレイェンが長椅子に座っていた。
「ダーリン、じゃあ、その子を連れて行くのね?」
「ああ、ハニー。あとを頼めるかい?」
自分が引っ掛けていた長衣をイレイェンの肩に掛けて、トーレはキスをする。頬をするりと撫で下ろして、またキスをする。
「もちろんよ、ダーリンがそう決めたのだもの」
ふふ、と笑うイレイェンを抱き締めて、トーレはさらにキスをする。
そのまま睦みごとに突入しそうなようすが見ていられなくて、ヴィエナはついと目を逸らした。
いったい自分はどうすればいいのか。
とにかく、ヴィエナはふたりのやりとりを待った……が、さほど待たされることはなく。トーレが最後にもういちどキスをして身体を起こしたところで、ヴィエナ少しほっとした。
「愛と情熱の女神の燃え盛る炎に掛けて、君を十天国界の女神の御許、聖なる山と聖なる海の交わる場所にご招待しよう」
部屋の片隅、どうにも不自然な場所にある扉の前にヴィエナを案内し、トーレは片手を掲げて聖句を唱える。オーウェンの唱えるものとはまた違う響きだ。柔らかく、甘く、囁くような響きに、つい聞き入ってしまう。
と、扉の前周囲がぼうっと光り始めて――
「さあ、おいで」
カチャリと開かれた扉の向こうから、白い光がこぼれ出す。
* * *
魔術師イレイェンの塔の前でしばし扉を睨むと、オーウェンはノッカーを大きく打ち鳴らした。
だが、何の反応も返ってこない。
まさか、既にヴィエナは連れ去られてしまった後なのかと青くなりつつ、さらに数度繰り返し打ち鳴らす。
ようやく扉が開き、オーウェンは勢い込んで一歩踏み込んだ。
けれど、扉の内には誰も無く、ただランプがひとつ浮いているだけだ。
呆気に取られてじっと見つめていると、オーウェンの目の前でランプが誘うようにゆらゆらと揺れて、階段へと動き出した。
前回のように塔の階段を昇り、行き当たった扉へと手を伸ばす。
しかし、オーウェンの手が触れる前に開いた扉の中では、長衣を肩に羽織ったイレイェンが長椅子に寝そべっていた。
「いらっしゃい。それで、今日は何しに来たの」
「ヴィエナがここへ来たはずだ」
「それが、あなたに何の関係があるのかしら?」
ふん、と鼻で笑われて、オーウェンは眉間の皺を深くする。
「何か関係あるのか、だと?」
「そうよ……猛き戦神の高司祭オーウェン・カーリスに、魔術師にして愛と情熱の女神の司祭たるイレイェンが問うわ。
あなたはどうしてヴィエナを追いかけてきたの」
「彼女を護るというのが、我が誓いだからだ」
ふ、とイレイェンは鼻で笑い飛ばす。
流したままの真紅の巻き毛の毛先を指で摘み上げて、ふ、と息を吹きかける。
「まるで話にならないわ。出直してきて」
「なぜだ! 私は猛き戦神の輝ける剣に掛けて誓ったのだぞ!」
「その程度の責任感で、あの子は救えない。救えないのだから下手な希望など見せず、ここから帰りなさい」
「その程度……だと?」
「そうよ」
激昂するオーウェンにイレイェンはあくまで平然と寝そべったまま、しっしっと手を振ってみせた。
オーウェンの低く唸るような声に、イレイェンはちらりと視線を投げる。
「私の、猛き戦神への誓いを、その程度とは――」
「ちゃんちゃらおかしいわ。そんなもので救えるなら、期限なんて待たず、とっくに賭けなんて終わってたに違いないわよ。もちろん、“魔女”の勝利でね。
その程度もわからないのかしら?」
オーウェンは絶句する。まさか、そこまで自分の誓いを低く取られているとは思ってもみなかった。
イレイェンがくっくっと笑い出す。
「あの子に必要なのは責任だの義務だのじゃないの。ある意味、その対極にあるものね。それがわからない者に用はないわ。悪いこと言わないから帰りなさい」
「なぜ、誓いでは役に立たないと」
「簡単なことよ。あの子が必要としてるのは、そんなものじゃないからだわ。
あの子は自ら選んであなたのところを離れてダーリンについて行ったの。そのことをちゃんと考えてちょうだい。義務と責任からの保護は、もういらないってことでしょう?
つまり、あなたの誓いは用済み」
やれやれと肩を竦めて、イレイェンはもういちどしっしっと手を振った。
だが、オーウェンはその場から動かない。
「ねえ、あなたは何がしたいの」
「私は、ヴィエナを護ると……」
イレイェンは呆れたようにひとつ溜息を吐いて、身体を起こす。
「なら、もういちどだけ訊くわ。
あなたはどうしてあの子を護りたいの。
護って、どうしようというの」
「私、は――」
アライトの翼は本当に早かった。
以前、オーウェンと来た時には一刻も掛かった道のりが、アライトが飛べば四半刻よりもはるかに早く着いてしまった。
たしかに、考え直すにはまったく足りないくらいの時間でしかない。
ゆっくりと降下して、最後はどすんと大きな音を立てて地面へと降りると、アライトは後ろを振り返った。
「なあ、やっぱり止めたはないのか?」
心配そうに尋ねるアライトに、ヴィエナはこくんと頷く。風でばさばさに乱れた髪を軽く撫でつけて、その背からすとんと飛び降りる。
「アライトさん、ありがとう」
「あのな」
どことなく改まったように、アライトは目を細める。
「ヴィエナは、何か困ったらいつでも俺の巣穴に来ても構わないんだからな。後進の面倒をみるのも、俺たち成竜の役目なんだ」
「はい」
少し驚いて、けれどヴィエナもうれしそうに頷く。
「これも持ってけ」
口の先で首元の小さな鱗を一枚取ると、ヴィエナの手に乗せた。
「竜の守りの鱗だ。この先、青銅色の竜に会ったら、そいつを見せればきっと力になってくれるぞ。あんたは俺の、青銅竜アライトの弟子だからな。俺たち青銅竜は、水か森がある場所ならどこにでも棲んでるから、覚えておけ」
「うん……アライトさん、ほんとにありがとう」
鱗を握り締めると、ひんやりとしているのに温かいようにも感じた。
飛び立つアライトに、ヴィエナは大きく手を振り……たちまち小さくなっていく竜影を見送って、大きく深呼吸する。
塔にひとつだけある扉の、大きな金属のノッカーを打ち鳴らす。しばし待った後、ギィ、と重たい音を立てて扉が開いた。
その内側には、以前訪れた時のように、長衣をだらしなく着崩して長い銀の髪を1つにゆるく纏めた長身の天人が立っていた。蛋白石のように輝く目に笑みを浮かべ、背には艶やかな色とりどりの羽根に覆われた翼が揺れている。
「トーレ、さん」
「やあ」
トーレはじっとヴィエナを見つめる。
値踏みされているようにも感じて、ヴィエナはわずかにたじろいでしまう。
「悪魔憑きのお嬢さん、久しぶりだね。ひとりでここへ何の用?」
軽口のように尋ねながらも、けれど、さっきより笑みが優しげなものに変わった気がして、ヴィエナは不思議そうにトーレを見上げた。
「あの、お願いがあるんです」
「……どんなお願いか聞いてみようか」
「私に憑いてる悪魔を祓ってください。できるって、言いましたよね」
「たしかに言ったけれど……もしかして、悪魔の正体がわかったのかな?」
「九層地獄界の第八層の支配者で、魔術と炎を操る悪魔だって言ってました」
予想よりも大物な悪魔だったことに、さすがのトーレも目を見張る。
「なるほど……相当な悪魔だとは思ってたけど、最悪な奴が相手だったんだ」
「その悪魔が付けた印を消して、私から祓って欲しいんです」
「急にそんなことを言い出した、理由を聞いてもいいかな?」
「司祭様が……オーウェン様が、これ以上、悪魔と関わっちゃったら」
「うん?」
「私、オーウェン様が大切なんです。母さんが言ってた“大切なひと”って、私にとってはオーウェン様なんです。
悪魔との“賭け”も、きっと大切なひとを手にできるかってことで……でも、それでもし勝てても、オーウェン様が悪魔に恨まれちゃうから……」
「なるほどね」
俯くヴィエナの頭がふわりと撫でられた。「恋するものに祝福を」と、頭にキスをされて思わず顔を上げる。
「さあ、お入り」
「あの」
「愛と情熱の女神は愛を祝福し、恋人たちを護るものだ。君が愛のために悪魔を降したいと言うのなら、女神の輝く瞳と薄衣に掛けて、私は助けとなるよ」
トーレに差し出された手を掴むと、彼はヴィエナの手を引いて、ゆっくりと階段を昇り始めた。
「前にも言ったけれど、君につけられた印を無理やり剥がすことはできるだろう。相手がわかった分、少しだけ有利になったからね」
ヴィエナは頷く。悪魔祓いは、悪魔が何者かを知ることから始まるのだから。
「けれど、それでもかの悪魔大公が相手だ。もしかしたら邪魔が入ってうまく剥がせないかもしれない。
それに、前にも言ったとおり、たとえ剥がせても君がただの抜け殻になってしまう可能性は高い。君につけられた印は何世代も経て、深く、広く、君の中に根付いてしまっている」
いきなり強く手を引かれ、ヴィエナは倒れ込むようにしてトーレに抱き竦められた。トーレが耳元に口を寄せ、鋭く囁くように問う。
「それでも、君はそれを望むのかい?」
ヴィエナはハッとトーレを見返して、やっぱりゆっくりと頷いた。
「もういちど訊くよ。何のために?」
「オーウェン様に、無事でいて欲しいんです。私が抜け殻になっても、オーウェン様が無事ならそれでいいんです」
「彼は反対するんじゃないかな?」
「それでも、です。私、母さんや皆のことを悪魔に渡したくなくて、でも、オーウェン様も危険に引き込みたくないんです。
オーウェン様はたぶん怒ると思うけど、でも、私はそうしたいんです」
「――男女の愛とはとても利己的なものだ」
トーレはくすりと笑ってヴィエナの身体を放し、しっかりと立たせる。
「彼はそれを望まないかもしれないのに、君はそれでも我を通したいと言う。思いを遂げられれば自分は救われるのに、それで彼が負債を負うことを善としない」
少し不安げな表情を浮かべるヴィエナの額に、トーレはキスを贈る。
「でも、私はいいと思うよ。君の、そのどうしようもない衝動は愛が生んだものなのだからね」
階段を登り切ると、いつか訪れた時と同様に、目のやり場に困るようなペラペラのスリップドレス姿のまま、イレイェンが長椅子に座っていた。
「ダーリン、じゃあ、その子を連れて行くのね?」
「ああ、ハニー。あとを頼めるかい?」
自分が引っ掛けていた長衣をイレイェンの肩に掛けて、トーレはキスをする。頬をするりと撫で下ろして、またキスをする。
「もちろんよ、ダーリンがそう決めたのだもの」
ふふ、と笑うイレイェンを抱き締めて、トーレはさらにキスをする。
そのまま睦みごとに突入しそうなようすが見ていられなくて、ヴィエナはついと目を逸らした。
いったい自分はどうすればいいのか。
とにかく、ヴィエナはふたりのやりとりを待った……が、さほど待たされることはなく。トーレが最後にもういちどキスをして身体を起こしたところで、ヴィエナ少しほっとした。
「愛と情熱の女神の燃え盛る炎に掛けて、君を十天国界の女神の御許、聖なる山と聖なる海の交わる場所にご招待しよう」
部屋の片隅、どうにも不自然な場所にある扉の前にヴィエナを案内し、トーレは片手を掲げて聖句を唱える。オーウェンの唱えるものとはまた違う響きだ。柔らかく、甘く、囁くような響きに、つい聞き入ってしまう。
と、扉の前周囲がぼうっと光り始めて――
「さあ、おいで」
カチャリと開かれた扉の向こうから、白い光がこぼれ出す。
* * *
魔術師イレイェンの塔の前でしばし扉を睨むと、オーウェンはノッカーを大きく打ち鳴らした。
だが、何の反応も返ってこない。
まさか、既にヴィエナは連れ去られてしまった後なのかと青くなりつつ、さらに数度繰り返し打ち鳴らす。
ようやく扉が開き、オーウェンは勢い込んで一歩踏み込んだ。
けれど、扉の内には誰も無く、ただランプがひとつ浮いているだけだ。
呆気に取られてじっと見つめていると、オーウェンの目の前でランプが誘うようにゆらゆらと揺れて、階段へと動き出した。
前回のように塔の階段を昇り、行き当たった扉へと手を伸ばす。
しかし、オーウェンの手が触れる前に開いた扉の中では、長衣を肩に羽織ったイレイェンが長椅子に寝そべっていた。
「いらっしゃい。それで、今日は何しに来たの」
「ヴィエナがここへ来たはずだ」
「それが、あなたに何の関係があるのかしら?」
ふん、と鼻で笑われて、オーウェンは眉間の皺を深くする。
「何か関係あるのか、だと?」
「そうよ……猛き戦神の高司祭オーウェン・カーリスに、魔術師にして愛と情熱の女神の司祭たるイレイェンが問うわ。
あなたはどうしてヴィエナを追いかけてきたの」
「彼女を護るというのが、我が誓いだからだ」
ふ、とイレイェンは鼻で笑い飛ばす。
流したままの真紅の巻き毛の毛先を指で摘み上げて、ふ、と息を吹きかける。
「まるで話にならないわ。出直してきて」
「なぜだ! 私は猛き戦神の輝ける剣に掛けて誓ったのだぞ!」
「その程度の責任感で、あの子は救えない。救えないのだから下手な希望など見せず、ここから帰りなさい」
「その程度……だと?」
「そうよ」
激昂するオーウェンにイレイェンはあくまで平然と寝そべったまま、しっしっと手を振ってみせた。
オーウェンの低く唸るような声に、イレイェンはちらりと視線を投げる。
「私の、猛き戦神への誓いを、その程度とは――」
「ちゃんちゃらおかしいわ。そんなもので救えるなら、期限なんて待たず、とっくに賭けなんて終わってたに違いないわよ。もちろん、“魔女”の勝利でね。
その程度もわからないのかしら?」
オーウェンは絶句する。まさか、そこまで自分の誓いを低く取られているとは思ってもみなかった。
イレイェンがくっくっと笑い出す。
「あの子に必要なのは責任だの義務だのじゃないの。ある意味、その対極にあるものね。それがわからない者に用はないわ。悪いこと言わないから帰りなさい」
「なぜ、誓いでは役に立たないと」
「簡単なことよ。あの子が必要としてるのは、そんなものじゃないからだわ。
あの子は自ら選んであなたのところを離れてダーリンについて行ったの。そのことをちゃんと考えてちょうだい。義務と責任からの保護は、もういらないってことでしょう?
つまり、あなたの誓いは用済み」
やれやれと肩を竦めて、イレイェンはもういちどしっしっと手を振った。
だが、オーウェンはその場から動かない。
「ねえ、あなたは何がしたいの」
「私は、ヴィエナを護ると……」
イレイェンは呆れたようにひとつ溜息を吐いて、身体を起こす。
「なら、もういちどだけ訊くわ。
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護って、どうしようというの」
「私、は――」
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