上 下
2 / 32
1.シャルロッテ

02.なんだその顔は

しおりを挟む
 その後も、聖騎士セロンは市場広場から市場通りを案内してくれた。
 今回用事のある店ばかりでなく、どこへ行けば何が買えるのか、教会からのわかりやすいルート、各門を通る際の注意点なども懇切丁寧に教えてくれたのだ。
 きっと、彼はそもそも親切で面倒見の良い人間なのだろう。考えてみれば、聖騎士に期待されるのは神の剣として盾としてふさわしく人々の前に立つことであり、そのうえ信徒の模範となるような振る舞いも要求される、教会の花形でもある。
 それゆえ、聖騎士とは能力に恵まれた素質のあるエリートでなくてはなれないものだし、何よりイケメン揃いで性格や身辺の清廉さも折紙付だ。
 教会から与えられる任務や叙勲の際の誓いに縛られるから、司祭よりも幾分か堅苦しい者は多いけど、基本的に皆、善人であることにも間違いない。
 それに、カーリスといえばかつて教会いちと讃えられた猛将ブライアンの生家。戦神教会に関する家の中では、貴族ではないながらも名門だったはずだ。

 ならばこれはチャンスなのでは、うまくいけばエリート捕まえたうえに玉の輿かと、ちらりと彼へと視線を投げては見たが……。

 無いな、と思った。

 なんせ、さっきからひとが渾身の微笑みを投げているというのに、こいつの顔は引き攣るのだ。明らかに歓迎されていない。
 釣り上げて玉の輿とか以前の問題だ。
 かといって、猫かぶりがバレているのとも違うように思えて意味がわからない。
 着任早々、若い聖騎士に近づけてラッキーと思ったが早計だった。こいつは対象外としよう。
 せっかくのチャンスだったのに、こいつ以外の聖騎士だったらなと小さく溜息を吐いてしまう。

「……それでは、本日はたいへんお世話になりました」
「あ、いや……」

 教会のある広場まで戻り、最大限の猫かぶりスマイルを浮かべて礼を言うと、今度こそ、彼ははっきりと顔を引き攣らせた。
 ぺこりとお辞儀をしながら、思わず「ケッ」と眉を顰めてしまう。
 いったい私の何が気に入らないと言うのか。

「……ところで、セロン殿。ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか」

 笑顔を癒し系ゆるふわ仕様に戻して、小さく首を傾げながら尋ねてみた。どうせ気に食わないとか思われてるのだから、これ以上こいつからの評価など気にしない。

「……何でしょう?」

 わずかに警戒の色を浮かべるセロンに、私はほっと溜息を吐いてみせる。それから、少しだけ眉尻を下げ、申し訳なさそうな表情を作って上目遣いに見上げる。

「わたくし、何かセロン殿のお気に障るようなことをしてしまったのでしょうか。もし、今回わたくしの都合にお時間を取らせてしまったことがご迷惑だったのでしたら、謝罪いたします」
「え、あ……いや、そんなことは、ない」
「では、何か他に粗相でも……」

 困ったような表情で見返す私に、やはりセロンは引き攣った。
 その顔だよ。その顔はいったい何なのかと、私は訊きたいのだ。

「いや……そういうことではなく……」

 きっと、根は正直なのだろう。隠し切れずに言い淀むくらいなのだから。

「わたくしも、わからないまま流してしまうのは不本意なので、どうか後学のためにも教えてはいただけませんか?」

 駄目押しにまた微笑む。
 だが、やはり彼の顔は引き攣った。
 ……笑顔か。この笑顔がいかんのか。単に照れてるとかだったらいいのだが、とてもそうは思えない。

「──その、笑顔」
「はい?」
「なんか、胡散くさ……」
「は?」
「あ、いや、なんというか、その、無理をしているように見えたので、気になったというか……それだけなので、どうか、気になさらないでほしい!」

 今、胡散臭いと言おうとしたな!

 もう少し笑顔の研究をしたほうがいいのだろうか。ここまでの道中、一般のひとびとに対してはウケが良かったのだが、平均よりも洞察力に優れた聖騎士や司祭は騙せないということなのか。
 くっ、と喉の奥から声が漏れる。
 いきなりこんなところで躓いていたら、私の目的の完遂など望めない。
 どうしたらいい。
 ……どうしたら。

「……セロン殿」
「何か?」
「ちょっと来て」
「は?」

 戸惑うセロンに構わずその襟元をぐいと引っ掴んで、私は今来た道を戻った。
 襟首を掴まれたセロンは、引き摺られるように私についてくる。

 奥まった路地裏へと連れ込み、私は、どん、とセロンを壁に押し付ける。

「胡散臭いって、どういうことですか」
「は? いや……その、失礼な物言いをしてすまない」
「そういうのはいいから言ってください。何が胡散臭いの」
「待て、いったいどうしたんだ、シャルロッテ司祭」
「私の今後に関わってるんだから、言え。今すぐ言え」
「シャルロッテ司祭、お前、これ……」
「うるさいな。今聞きたいのはどこがどう胡散臭いかってことなのよ」

 頭に血が上ってしまった私は、セロンの襟元をキリキリと締め上げる。

「何がどう胡散臭いっていうのよ。あんた私の幸せ計画邪魔する気? まさか他のひとにこのこと言いふらすとか言わないわよね」
「落ち着け、落ち着けよ。お前何言ってるんだ」

 キリキリと締め上げつつ、さらに壁へ押し付けた。おそらく、傍目にはちょっと好い仲の男女にしか見えない……と思う。

「……くそ、やっぱ鬼門かよ。お前、それが地だな」
「だからどうしたってのよ。今聞きたいのはそんなことじゃないわ。
 ……やっぱり、私の邪魔するっていうのね」
「おい、お前、目が座ってるぞ」
「うるさい。わたしの邪魔するっていうなら……」

 セロンの顔を見上げて、じいっとその目を覗き込む。

「……女の情報網フルに使ってあんたの噂を流してやるから」
「噂……?」
「女の情報伝播力舐めないでね。あんたがロリでも男色でも、なんでも噂を垂れ流してやるわ。致命的な奴」
「なんでそうなるんだ!」

 がしっと手首を掴まれた。そのままどうにか力任せに押しのけようとするセロンと、競り合いになる。

「この、馬鹿力……っ。胡散臭いってのは、そのまんまだよ! おおかたお前のその性格がにじみ出ただけだろうが!」
「私の性格って何よ! なんであんたがそんなことわかるってのよ!」
「うるさい! その短絡的なとこ、うちの姉上にそっくりだ!」

 チッ、と思わず舌打ちをする。
 姉妹持ちか。たしかに姉妹……特に姉がいる男は、女の怖いところに目端が利くと聞いたことがある。それか。

「……お姉さんがいるなら、わかるよね」
「……何がだよ」

 腕を緩めながら、私はじっとりとセロンを見つめた。彼はげほんとひとつ咳をして、ふう、と大きく息を吐く。

「だいたい、目的とかいったい何の話だよ。お前、こっちの教会に赴任してきただけじゃないのか」
「も、もちろんそうよ。でもね、人生の目標くらい持ったっていいじゃない!」
「はあ?」
「私は癒し系ゆるふわになって、素敵な彼氏を釣り上げて幸せになるの! あんたに邪魔なんかさせないんだから!」

 今度こそ意味がわからないという顔で、セロンはぽかんと口を開けた。

「彼氏?」
「そうよ、悪い!?」

 たちまち顔を顰め、さらに胡乱な目で私をじろじろと見つめる。こいつはいったい何を疑っていたのだ。

「心配しなくても、あんたは対象外よ」
「俺だってお前なんかごめんだ」
「……けどね、この話漏らしてごらんなさい」

 目を眇め、じろりと睨みながら私は続ける、

「さっきも言ったとおり、あんたのあらぬ噂をばら撒いてやるから。私の思いつくありとあらゆる方法で広めてやるわ」

 しばしの間睨み合い、それからセロンはもういちど大きく息を吐いた。

「言わないよ。馬鹿らしい」
「なっ」
「お前に釣られる奴なんているのかとも思うし、勝手にすればいい」
「……猛きものに誓って?」
「……猛きものに誓って」

 私も、ふう、と息を吐く。私に釣られる奴などという言い草は気に入らないが、私が本気を出して癒し系ゆるふわを装えば、そんなことないはずだ。
 こいつが余計な干渉さえして来なきゃいい。

「猛きものにかけて誓ったんだから、絶対他言無用よ」
「ああ」
「この件に関してはお互い不干渉を守ること。いいわね」
「それでいい。お前も、俺には関わるなよ」
「頼まれたって関わらないわよ」

 ともあれ、お互い不本意とはいえ協定は結ばれた。
 油断はできないし、数日様子を見る必要はあるが、まずはひと安心だろう。



 翌日から、彼はたしかに私にノータッチの姿勢を貫いたのでほっとした。
 赴任後の配属も希望通り衛生部隊となったし、彼以外に、私に対して胡乱な視線を投げてくる者はいない。

 これでようやく、ふんわりとした笑顔を装備し物腰柔らかな衛生担当の癒し系ゆるふわ女司祭として実績を上げ、愛され女子の立ち位置を確固たるものとし、この教会の脳筋どものハートを鷲掴みにすることができる。
 そうやってより取り見取りの中からこれぞという相手を選び、私は人生の勝者となってやるのだ。
 私を振った男どもは思い知ればいい。



 だからひと月頑張った。めちゃくちゃ頑張った。
 たまにイラッとする脳筋どもの言い草やヘタレ具合にも目を瞑った。
 日々の武術鍛錬の時だって、普段使わないような細剣に持ち替え、「長剣は重くって」なんて、今までならありえないセリフまでを言ってのけたのだ。
 それだけじゃない、もと戦司祭としての剣さばきも封印し、徹底して癒し系ゆるふわを装ったのだぞ。

「なのに、これってどういうことなのよ」

 ……なぜ誰も近寄ってこないのか。デートの申し込みどころか、私とふたりきりで話す程度のことすらも皆無とは、なぜなんだ。
 なぜ、皆、私とふたりきりになることを避けている?

 気づいてみれば、単に用件があって話しかける時ですら、必ず誰かもうひとりがさりげなく立ち会っているのだ。
 そうでないのは、既婚者か年配の方の時くらい。私と同輩と言える者の時は、必ずと言っていいほどに誰か第三者がともにいる。
 最初はたまたまかと思った。そういうものなのかとも。だが、ひと月続けばさすがに偶然などではないことくらいわかる。皆、明らかにそうしている。

 まさか、私は避けられているのだろうか。
 それとも、あの腐れ聖騎士が裏で何かを……?

 いや待て、奴はあの時神かけて誓ったはずだ。
 さすがにそれはないだろう。
 ないと思う。

 ……だが、まんがいちということはある。やはりここは本人に確認すべきか。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

高級娼婦×騎士

歌龍吟伶
恋愛
娼婦と騎士の、体から始まるお話。 全3話の短編です。 全話に性的な表現、性描写あり。 他所で知人限定公開していましたが、サービス終了との事でこちらに移しました。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

冷たい婚姻の果てに ~ざまぁの旋律~

ゆる
恋愛
新しい街で始まる第二の人生――過去の傷を抱えながらも、未来への希望を見つけるために歩むラファエラ。支えるレオナルドとの絆が深まる中、彼女は新しい家族と共に、愛と自由に満ちた新たな物語を紡いでいく。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...