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運命とはこのことか
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「本日より、朱灯監査官の補佐官に任じられました、ジィアです」
「ジィア補佐官……いいえ、ジィア。私のことは“朱灯”と呼んでください」
「は? いえ、局内の風紀的に、それはあまりよろしくないかと」
赴任のあいさつをしての開口一番に、ジィアは目を丸くする。
目の前の龍人監査官は、昨日遅くにいきなり、地上分室への転属が決定したという。ジィアが補佐官に任じられたのもそれに合わせての急な決定だったのだとは、ついさっき元上司から聞いたばかりだ。
異例中の異例ではあるがくれぐれもよろしくとは言いつつも、有無を言わせないほどの強引な異動だった。
朱灯はさきほどのジィアの言葉を吟味するかのようにじっと考えて、「たしかに」とうなずいた。
ジィアにしてみれば考えるまでもないことなのだが。
「あなたの立場を危うくすることは本意ではありませんね。では、私とふたりきりの時だけは“朱灯”と呼ぶことにしてください」
「いや、そういうことではなく」
なぜ、朱灯は自分を名前で呼ばせたいのか。
困惑しかないジィアは、内心で首を傾げる。
朱灯と顔を合わせたのは昨日の査察がはじめてだ。言葉を交わしたことだって、今の今がはじめてだ。
もしかして、調査書か何かにジィアのことでも上がっていたのだろうか。
まさかこれはジィアを監視するための配置換えだろうか。
だが、わざわざ天上からの査察官に奏上するような何かをしでかした記憶など、ジィアには一切ない。自信を持って皆無だと断言できる。
いっそ直接尋ねてしまおうか。
ジィアはあれこれ思い悩むよりも、当たって砕けるほうが得意だった。
「朱灯監査官」
「朱灯です」
「その……」
「朱灯です」
朱灯はにっこりと微笑んで、訂正を迫る。
「あ、あの……朱灯……」
「はい」
「いったいなぜ、私を補佐官に任じたのでしょうか」
「そのことですか」
朱灯が立ち上がり、ぐいと一歩、ジィアへと踏み出た。
ジィアは気圧されてつい一歩下がってしまう。
すると、朱灯はふむと考えたのちにまた一歩踏み出て、ジィアが一歩下がって、踏み出て下がって踏み出て下がって……と、とうとうジィアは壁際に追い込まれてしまった。
朱灯はトンと小さな音を立てて両腕を壁に突き、逃がす気はないとばかりにジィアを腕に囲い込んで見つめている。
満面に笑みを浮かべて。
「物理的にでも何でも、私から距離を置こうとするなんて感心できません。つれないのですね。それとも、焦らそうという魂胆でしょうか」
「あの、監査官?」
いったい何の話なのか。
たしか、ジィアの配置換えの理由を確認しようとしていたはずだ。
壁に背を押し付けながら、まるで花街かそういう酒場での口説き文句を受けているようだと、ジィアは混乱した頭で考える。
「朱灯ですよ」
「監査官……そういう言動は、ハラスメントを疑われることになりますが」
頭にセクシャルと付けるべきかパワーと付けるべきかわからないが、この状況はたぶんどちらかには該当するだろう。そもそも、監査を司る職員がハラスメントなんて、非常にまずいのではないだろうか。
ジィアは必死に朱灯を押しとどめようとする。できれば、もう密着せんがばかりにまで迫った朱灯には一刻も早く離れて欲しい。
「朱灯ですってば。ハラスメントだなんて、私はいたって本気ですよ」
「いや、本気とかどうとか、ハラスメントには関係ないかと存じます」
「私を拒否するということですか?」
「あの、そういうことではなく、こ、公私混同や職権濫用は、あまり褒められたものではないと……」
どうしよう、話が通じない。
ジィアは助けを求めてぐるりと視線を巡らせてみたが、室内はもちろんふたりきりで、他に誰もいない。
いっそ力ずくでとも考えたが、目の前の管理官は天上から配属された龍人である。下手な対応をすれば、ジィアの首が飛ぶことになるだろう。
比喩的な意味でも、物理的な意味でも。
「監査官……ええとですね」
「朱灯です。はい、なんでしょう?」
「俺、そっちの趣味はないんです」
「そちら?」
朱灯がぱちくりと目を瞬かせた。
そっちとはいったいどっちなのかと、問うように小さく首を傾げる。
「つまり、同性同士というのは、俺の趣味でも守備範囲でもないんです。俺は、異性愛者なので、女性相手でないと……」
「ああ」
なるほど合点したと、朱灯はほっとした顔に笑みを浮かべた。
たしかに、地上人に比べて龍人の外見にあまり性差は見られない。
雌雄の別に関わらず、地上人の女性ほど胸と腰は膨らまず、男性ほど筋肉も厚くはならないのだ。ジィアが朱灯の外見から、あまり鍛えていない華奢な男性だと判断したのも無理はないだろう。
それに、龍人たち自身、自分の性別に無頓着に振る舞う傾向は強い。
だからジィアも、朱灯を男性だと考えたのか。
「私はまだ性分化が済んでいません。地上人からすると、両性体と言ったほうがわかりやすいでしょうか」
「へ? 両……両性体? 両方?」
「はい。けれど、あなたが雄性体ですから、私の身体は既に雌性体への性分化を始めています。何も問題はありませんよ」
「は?」
唖然とするジィアに、「いえ、待ってください」と朱灯は思い直す。
「あなたに決めた時点で雄性部は機能を失っていますし、両性体だと申告するのは変でしたね。ともかく、今後、私が雄性体になることはありえません。私は紛うことなく雌性体です」
くふふと、朱灯は楽しそうに笑った。
壁に張り付くジィアにぐいと押し付けられた身体は女性のそれとは思えないほど平らなのに、これで雌性体、つまり女性だというのだろうか。
ここから胸と腰が発達して、女性的な体つきになるというのか。
「あなたが私のはじめてなのですよ。私の今後があなたに決められてしまったのだと思うと、たまらなくうれしいです」
「決められて、って」
「だって、あなたに合わせて私は完全に雌性体に変わり、性的な成熟を迎え、今後は雌性体として一生を生きることになるのですから」
ごくりとジィアの喉が鳴った。
たしかに、天上の種族である龍人は地上人と違うという。
けれど、こんな違いがあるなんて聞いてない。
「ですが監査官。地上分室の龍人の方は、見た目でも男女性がわかるように思いますが」
「朱灯です。なるほど。ジィアは外見に現れる性差が気になるのですね」
朱灯の顔がさらに近づいた。
もう、息が掛かるほどの距離しかない。
「私たち龍人は、あなた方地上人に比べて外見の雌雄差はたいしてありません。せいぜい生殖器の違い程度です。
これは、神龍猊下が最初にお決めになったことでもあります」
ほら、と擦り寄せた朱灯の身体は、真っ平らだ。
「たとえ、性分化が進んだとしても骨格は変わりません。雌性体になった龍人の乳房と骨盤も地上人のように発達しませんし、雄性体になった龍人の体格が極端に大型化することもありません。多少、肉付きが変わる程度です」
「じゃ、じゃあ、碧祥管理官は……」
「碧祥管理官……ああ、あの胸と腰の大きな方ですね」
誰のことかと考えて、十年ほど前に地上分室へ異動した雌性体の管理官を思い出す。たしかに、彼女は胸にも尻にもたっぷりと肉が付いた、地上人女性顔負けのたいへんにグラマラスな体型の龍人だった。
「彼女は地上人を伴侶に選んでの“地上堕ち”と聞いておりますから、きっと伴侶の好みに合わせて処置を受けたのでしょう」
「処置?」
「ジィアも胸が大きいほうが好みですか? 地上人の中には、豊満な乳房を愛する雄性体が多いと聞きますが」
朱灯はジィアにぴたりと張り付いたまま己の身体を一瞥して、視線を戻す。
ふたりの身長はあまり変わらない。ほんの指一本分の幅程度ジィアが大きいだけで、靴底の厚さで簡単に覆せるくらいのものだ
体格も、ジィアのほうが男性らしく鍛えた体付きであるのに対して、朱灯はあまり鍛えていない男性くらいと、その程度の差でしかない。
「豊満な体型を好むのでしたら、私も処置を受けましょうか?
龍人にも地上人のような豊満な胸や腰に憧れる者や発達した筋肉が良いという者がいるので、そういった肉体改造処置を受けることができるんです。たいした負担でもありません。
ですが、その場合、一度【龍宮】に戻らねばなりませんが」
しなだれかかるように寄りかかった朱灯の指が、ジィアの頬を撫でる。
「いえ、豊満とかは、べつに……」
「そうですか」
ふふ、と朱灯はうれしそうに笑う。
ジィアは何かまずい答えを返してしまった気がしてならない。
ぐるぐると視線を彷徨わせるうちに、ふと、ジィアは何か腰に当たっているように感じた。
「あ、あの、朱灯監査官」
「はい?」
「少し、離れていただきたいのですが」
「なぜ?」
ぐいぐい押し返そうとしているのに、朱灯の身体はびくともしない。
龍人は、華奢な体格に反して意外に力は強く、肉体的にも頑健だという噂は本当らしい。押し返そうとすればするほど、密着度が増している気がする。
そこまで考えて、つ、とジィアの背を汗が一筋流れた。このままでは、非常にまずいことになってしまう。
「か、監査官、ここは監査官の執務室です。どなたが来るかわかりませんから、離れて……」
「朱灯です。それなら大丈夫ですよ」
「え、大丈夫、とは?」
「扉には呪いがかかっています。あなたと私以外が寄りつかないようにという呪いです」
「は、のっ、呪い!?」
「あなたとの逢瀬を邪魔されたくありませんので。私、呪いが得意なのですよ」
くふふと笑って、朱灯はジィアに頬ずりをした。
さらさらとなめらかな感触を頬に感じて、ジィアは固まったように動けなくなってしまう。今下手に動いたら、間違いなく“事故”が起こって、朱灯が大喜びでセクハラを続けることになるだろう。
このままどうにかやり過ごして……
しかし、もちろんそんな思惑は無駄に終わった。
いきなりジィアの顔をがっしりと押さえこんだ朱灯が、唇に唇を押し当てたのだ。おまけに、無理矢理こじ開けた隙間から舌まで差し込んできた。
「ん、んんんん!?」
朱灯の金に底光りする目がジィアを覗き込んで、にぃ、と笑った。
「ジィア補佐官……いいえ、ジィア。私のことは“朱灯”と呼んでください」
「は? いえ、局内の風紀的に、それはあまりよろしくないかと」
赴任のあいさつをしての開口一番に、ジィアは目を丸くする。
目の前の龍人監査官は、昨日遅くにいきなり、地上分室への転属が決定したという。ジィアが補佐官に任じられたのもそれに合わせての急な決定だったのだとは、ついさっき元上司から聞いたばかりだ。
異例中の異例ではあるがくれぐれもよろしくとは言いつつも、有無を言わせないほどの強引な異動だった。
朱灯はさきほどのジィアの言葉を吟味するかのようにじっと考えて、「たしかに」とうなずいた。
ジィアにしてみれば考えるまでもないことなのだが。
「あなたの立場を危うくすることは本意ではありませんね。では、私とふたりきりの時だけは“朱灯”と呼ぶことにしてください」
「いや、そういうことではなく」
なぜ、朱灯は自分を名前で呼ばせたいのか。
困惑しかないジィアは、内心で首を傾げる。
朱灯と顔を合わせたのは昨日の査察がはじめてだ。言葉を交わしたことだって、今の今がはじめてだ。
もしかして、調査書か何かにジィアのことでも上がっていたのだろうか。
まさかこれはジィアを監視するための配置換えだろうか。
だが、わざわざ天上からの査察官に奏上するような何かをしでかした記憶など、ジィアには一切ない。自信を持って皆無だと断言できる。
いっそ直接尋ねてしまおうか。
ジィアはあれこれ思い悩むよりも、当たって砕けるほうが得意だった。
「朱灯監査官」
「朱灯です」
「その……」
「朱灯です」
朱灯はにっこりと微笑んで、訂正を迫る。
「あ、あの……朱灯……」
「はい」
「いったいなぜ、私を補佐官に任じたのでしょうか」
「そのことですか」
朱灯が立ち上がり、ぐいと一歩、ジィアへと踏み出た。
ジィアは気圧されてつい一歩下がってしまう。
すると、朱灯はふむと考えたのちにまた一歩踏み出て、ジィアが一歩下がって、踏み出て下がって踏み出て下がって……と、とうとうジィアは壁際に追い込まれてしまった。
朱灯はトンと小さな音を立てて両腕を壁に突き、逃がす気はないとばかりにジィアを腕に囲い込んで見つめている。
満面に笑みを浮かべて。
「物理的にでも何でも、私から距離を置こうとするなんて感心できません。つれないのですね。それとも、焦らそうという魂胆でしょうか」
「あの、監査官?」
いったい何の話なのか。
たしか、ジィアの配置換えの理由を確認しようとしていたはずだ。
壁に背を押し付けながら、まるで花街かそういう酒場での口説き文句を受けているようだと、ジィアは混乱した頭で考える。
「朱灯ですよ」
「監査官……そういう言動は、ハラスメントを疑われることになりますが」
頭にセクシャルと付けるべきかパワーと付けるべきかわからないが、この状況はたぶんどちらかには該当するだろう。そもそも、監査を司る職員がハラスメントなんて、非常にまずいのではないだろうか。
ジィアは必死に朱灯を押しとどめようとする。できれば、もう密着せんがばかりにまで迫った朱灯には一刻も早く離れて欲しい。
「朱灯ですってば。ハラスメントだなんて、私はいたって本気ですよ」
「いや、本気とかどうとか、ハラスメントには関係ないかと存じます」
「私を拒否するということですか?」
「あの、そういうことではなく、こ、公私混同や職権濫用は、あまり褒められたものではないと……」
どうしよう、話が通じない。
ジィアは助けを求めてぐるりと視線を巡らせてみたが、室内はもちろんふたりきりで、他に誰もいない。
いっそ力ずくでとも考えたが、目の前の管理官は天上から配属された龍人である。下手な対応をすれば、ジィアの首が飛ぶことになるだろう。
比喩的な意味でも、物理的な意味でも。
「監査官……ええとですね」
「朱灯です。はい、なんでしょう?」
「俺、そっちの趣味はないんです」
「そちら?」
朱灯がぱちくりと目を瞬かせた。
そっちとはいったいどっちなのかと、問うように小さく首を傾げる。
「つまり、同性同士というのは、俺の趣味でも守備範囲でもないんです。俺は、異性愛者なので、女性相手でないと……」
「ああ」
なるほど合点したと、朱灯はほっとした顔に笑みを浮かべた。
たしかに、地上人に比べて龍人の外見にあまり性差は見られない。
雌雄の別に関わらず、地上人の女性ほど胸と腰は膨らまず、男性ほど筋肉も厚くはならないのだ。ジィアが朱灯の外見から、あまり鍛えていない華奢な男性だと判断したのも無理はないだろう。
それに、龍人たち自身、自分の性別に無頓着に振る舞う傾向は強い。
だからジィアも、朱灯を男性だと考えたのか。
「私はまだ性分化が済んでいません。地上人からすると、両性体と言ったほうがわかりやすいでしょうか」
「へ? 両……両性体? 両方?」
「はい。けれど、あなたが雄性体ですから、私の身体は既に雌性体への性分化を始めています。何も問題はありませんよ」
「は?」
唖然とするジィアに、「いえ、待ってください」と朱灯は思い直す。
「あなたに決めた時点で雄性部は機能を失っていますし、両性体だと申告するのは変でしたね。ともかく、今後、私が雄性体になることはありえません。私は紛うことなく雌性体です」
くふふと、朱灯は楽しそうに笑った。
壁に張り付くジィアにぐいと押し付けられた身体は女性のそれとは思えないほど平らなのに、これで雌性体、つまり女性だというのだろうか。
ここから胸と腰が発達して、女性的な体つきになるというのか。
「あなたが私のはじめてなのですよ。私の今後があなたに決められてしまったのだと思うと、たまらなくうれしいです」
「決められて、って」
「だって、あなたに合わせて私は完全に雌性体に変わり、性的な成熟を迎え、今後は雌性体として一生を生きることになるのですから」
ごくりとジィアの喉が鳴った。
たしかに、天上の種族である龍人は地上人と違うという。
けれど、こんな違いがあるなんて聞いてない。
「ですが監査官。地上分室の龍人の方は、見た目でも男女性がわかるように思いますが」
「朱灯です。なるほど。ジィアは外見に現れる性差が気になるのですね」
朱灯の顔がさらに近づいた。
もう、息が掛かるほどの距離しかない。
「私たち龍人は、あなた方地上人に比べて外見の雌雄差はたいしてありません。せいぜい生殖器の違い程度です。
これは、神龍猊下が最初にお決めになったことでもあります」
ほら、と擦り寄せた朱灯の身体は、真っ平らだ。
「たとえ、性分化が進んだとしても骨格は変わりません。雌性体になった龍人の乳房と骨盤も地上人のように発達しませんし、雄性体になった龍人の体格が極端に大型化することもありません。多少、肉付きが変わる程度です」
「じゃ、じゃあ、碧祥管理官は……」
「碧祥管理官……ああ、あの胸と腰の大きな方ですね」
誰のことかと考えて、十年ほど前に地上分室へ異動した雌性体の管理官を思い出す。たしかに、彼女は胸にも尻にもたっぷりと肉が付いた、地上人女性顔負けのたいへんにグラマラスな体型の龍人だった。
「彼女は地上人を伴侶に選んでの“地上堕ち”と聞いておりますから、きっと伴侶の好みに合わせて処置を受けたのでしょう」
「処置?」
「ジィアも胸が大きいほうが好みですか? 地上人の中には、豊満な乳房を愛する雄性体が多いと聞きますが」
朱灯はジィアにぴたりと張り付いたまま己の身体を一瞥して、視線を戻す。
ふたりの身長はあまり変わらない。ほんの指一本分の幅程度ジィアが大きいだけで、靴底の厚さで簡単に覆せるくらいのものだ
体格も、ジィアのほうが男性らしく鍛えた体付きであるのに対して、朱灯はあまり鍛えていない男性くらいと、その程度の差でしかない。
「豊満な体型を好むのでしたら、私も処置を受けましょうか?
龍人にも地上人のような豊満な胸や腰に憧れる者や発達した筋肉が良いという者がいるので、そういった肉体改造処置を受けることができるんです。たいした負担でもありません。
ですが、その場合、一度【龍宮】に戻らねばなりませんが」
しなだれかかるように寄りかかった朱灯の指が、ジィアの頬を撫でる。
「いえ、豊満とかは、べつに……」
「そうですか」
ふふ、と朱灯はうれしそうに笑う。
ジィアは何かまずい答えを返してしまった気がしてならない。
ぐるぐると視線を彷徨わせるうちに、ふと、ジィアは何か腰に当たっているように感じた。
「あ、あの、朱灯監査官」
「はい?」
「少し、離れていただきたいのですが」
「なぜ?」
ぐいぐい押し返そうとしているのに、朱灯の身体はびくともしない。
龍人は、華奢な体格に反して意外に力は強く、肉体的にも頑健だという噂は本当らしい。押し返そうとすればするほど、密着度が増している気がする。
そこまで考えて、つ、とジィアの背を汗が一筋流れた。このままでは、非常にまずいことになってしまう。
「か、監査官、ここは監査官の執務室です。どなたが来るかわかりませんから、離れて……」
「朱灯です。それなら大丈夫ですよ」
「え、大丈夫、とは?」
「扉には呪いがかかっています。あなたと私以外が寄りつかないようにという呪いです」
「は、のっ、呪い!?」
「あなたとの逢瀬を邪魔されたくありませんので。私、呪いが得意なのですよ」
くふふと笑って、朱灯はジィアに頬ずりをした。
さらさらとなめらかな感触を頬に感じて、ジィアは固まったように動けなくなってしまう。今下手に動いたら、間違いなく“事故”が起こって、朱灯が大喜びでセクハラを続けることになるだろう。
このままどうにかやり過ごして……
しかし、もちろんそんな思惑は無駄に終わった。
いきなりジィアの顔をがっしりと押さえこんだ朱灯が、唇に唇を押し当てたのだ。おまけに、無理矢理こじ開けた隙間から舌まで差し込んできた。
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