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5.お姫様 vs. 王子様
あなたでよかった
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それからも、アルトゥールの目の前でジェルヴェーズの閨教育は進んでいった。
具体的にどうすればいいのか、よく言われる「夫に身を任せればいい」の本当の中身がどういうことなのか。
アルトゥールは、果たしてここまで教える必要はあるのだろうか……などと疑問に思ったりもしたが、ジェルヴェーズの好奇心の強さを総合して考えれば、たしかにきちんと全てを教えておく必要はあるなと納得した。
何しろ、もしここで全部を知ることができないとなれば、持ち前の行動力に任せ、総当たりに近い形でどこまでも追求していきそうなのだから。
* * *
ジェルヴェーズの閨教育は、夕食の直前まで続いた。
屈託無いジェルヴェーズとあくまで学術的に教えるトーヴァに挟まれて、アルトゥールはひたすらいたたまれなさに耐えた。
かつて魔術の訓練を受けていたころよりもずっと、大変だったと思う。
そのトーヴァは、教育が終わるなり現れたネリアーに攫われて早々に引っ込んでしまったが。
夕食を取りながら、ジェルヴェーズがいつものようにあれこれと話をする。
けれど、今日のアルトゥールはどこかぼんやりと考え込んだまま、どこか上の空で相槌を打つばかりだった。
頭に浮かぶのは、目の前のジェルヴェーズのことばかりだ。
初めて会った時からはもちろん、この一年でかなり背も伸びたし、身体つきもだいぶ女性らしくなってきた。
来年、婚姻の儀を迎える頃には、きっと大人と言っても遜色ないほどに成長しているだろう。
「ねえ、オーリャ様」
「はい?」
ふと、急に伺うような声音のジェルヴェーズに呼ばれて、アルトゥールは首を傾げた。
「あのね、わたくしとオーリャ様の間のお部屋の鍵を、掛けないで欲しいの」
ハッと、アルトゥールは瞠目した。
そういえば、たしかに今朝、思い余って魔術錠を掛けたままだった。
「それは……」
「わたくしがいつでもオーリャ様とお話ができるようにして欲しいの。遅い時間に行って、ご迷惑をお掛けしないようにするから、お願い」
ナプキンで口元を拭うふりをしながら、アルトゥールは視線を落とす。
遅い時間……と言われ、また、昨夜のキスのことを思い出して動揺するアルトゥールを、使用人たちがおもしろそうに窺う気配を感じる。
「――わかりました」
ようやくアルトゥールが首肯すると、ジェルヴェーズはほっと笑顔を浮かべた。
「それで、オーリャ様。この先、もしわたくしが失礼なことをしてしまったら、はっきり言って欲しいの。わたくし、ちゃんと改めるから」
「ニナ姫……鍵のことは誤解です。ニナ姫が失礼をしたわけではなくて、むしろ僕のほうが……その、何というか」
「オーリャ様が?
でも、わたくしは何も嫌なことはされてないと思うのだけど」
ジェルヴェーズが不思議そうに自分を見つめるが、アルトゥールはどう言ったものかと考えて、かすかに嘆息する。
気の利いた言葉を返せない自分が、まったくもってもどかしい。
「――姫、食事中ではなく、後ほどゆっくり時間を取ってお話しましょうか」
「ええ、そうね。食事中に難しい話をするとお腹が痛くなってしまうものだって、母様も言っていたわ」
会話は、また他愛のないものに戻る。
一日のほとんどをこの離宮で過ごすから、ジェルヴェーズの話はこの離宮で起こったことに限られる。
なのに、話題は次から次へと尽きることがない。庭園で見つけた花や小さな生き物のことから、使用人たちやトーヴァから聞いたという物事など、その日によって様々だ。
アルトゥールは心の底から感心する。
ジェルヴェーズは、常日頃から周囲の細かなところにも常に気を配っているということの証左だ。
湯浴みを済ませた後、ジェルヴェーズは鏡で自分の格好をしっかりと確認した。
乾かした髪は二本のお下げにゆるく編んで、前に垂らしている。今日は夜着ではなく部屋着だし、羽織ったガウンはしっかりした布地だし、これならはしたないなんて思われないだろう。
昨晩、いきなりアルトゥールの態度が変わったのは、きっと、ジェルヴェーズが気付かないうちに、失礼なことをしてしまったからだ。
何しろ、キスのしかたも知らなかったジェルヴェーズである。アルトゥールが気を遣って何も言わないだけなのだ。ジェルヴェーズはうっかりやらかしてなんかいない、と考えるほうがどうかしている。
だから今夜は、入念に準備した。
アンヌに頼んで昼ほど飾り立てず、目立たないほどほんのりと紅を乗せて、清楚さや淑やかさが前に出るようにして……香りも、抑えめに。
これで言動にも注意すれば、同じ失敗はしでかさないだろう。
たぶん。
ジェルヴェーズの部屋の扉に掛けてあった鍵は、夕刻のうちにアルトゥールが解除してくれていた。カチャリと取っ手を捻るとちゃんと開くことがうれしくて、ジェルヴェーズはふふっと笑う。
その扉の先、ふたりのための部屋を抜けて扉を叩き、じっとアルトゥールが開けるのを待った。
「ニナ姫、どうぞ」
小さな音とともに、すぐに扉は開いた。心なしか、いつもより改まった態度のアルトゥールが、ジェルヴェーズを招き入れる。
長椅子の前のテーブルには、すでに茶器が用意されていた。アルトゥールが待っていてくれたのだと気付いて、ジェルヴェーズの心が弾む。
隣同士に座って、アルトゥールが入れてくれたお茶を飲んで、ジェルヴェーズは「オーリャ様」と呼び掛ける。
「はい?」
「昨夜は、わたくしが何か変なことをしてしまったのでしょう? 今日の勉強で、まだまだわたくしの知らないことばっかりだって、よくわかったわ」
「ニナ姫?」
「でも、何をしてしまったのか、どうしてもわからなかったの。だから、オーリャ様。わたくしが何をしてしまったのか、ちゃんと教えてちょうだい」
アルトゥールは大きく目を見開いた。
その表情に、ジェルヴェーズは、自分はやはり気付かずにとんでもないことをしでかしていたのかと、青くなってしまう。
国許にいた頃だって、さんざん兄王子にも言われていたではないか。
お前はもう少し考えてから動くようにしろ、と。
「あの、ニナ姫……その、違うんです」
「何が違うのかしら」
ジェルヴェーズが眉尻を下げて不安そうに首を傾げた。
その表情を見て、アルトゥールは慌ててしまう。
いったい何をどう伝えたらよいものか。
――昨夜のキスでは、後先考えずに欲情してしまった自分こそが問題で、危ういところを触れられた感触のおかげで我に返り、慌てただけだった……なんて、どう説明すればいいのか。
鍵だって、むしろ自分が婚儀を待たずにジェルヴェーズに手を出してしまったら、などと心配になっただけなのだ。
「姫の懸念は違うんです、その……」
「オーリャ様?」
口ごもるアルトゥールに、ジェルヴェーズの心臓がどきどきと早鐘を打つ。
そんなに言いづらいことをしてしまったのだろうか。もしかして、これこそが正しいと思ったキスのしかたも、実は間違えていたのだろうか。
ジェルヴェーズがしょんぼりと項垂れた。
「わたくし、そんなに変なことをしちゃったのね……」
「ち、違います、ニナ姫!
その、僕は、どうもこういうことを言葉にするのが不得手で、呪文ならすらすら言えるのに、今言うべきことが何も出てこなくて……」
真っ赤な顔で勢い込んだアルトゥールは、驚くジェルヴェーズに気付いてこほんと小さく咳払いをする。
そう、心配だらけなのは、むしろアルトゥール自身である。ジェルヴェーズに心配しなければならない点など何もない。
「ニナ姫は、何も変なことなどしていません」
少し潤んだジェルヴェーズの目が、アルトゥールをじっと見つめている。
「その……この一年で、ニナ姫はさらにとてもきれいになられて……それに、もうこんなに立派な淑女になられて、正直なところを言えば、僕の想像をはるかに超えて、あなたは強くて美しい姫で、率直かつ素直な言葉で伝えてくださるところも、ニナ姫の尊い美点で……」
自分は何を口走っているのか。
焦るアルトゥールの口から出るのは、まとまりもつかず、とりとめもなく、意味のわからない言葉の連なりばかりだ。
ジェルヴェーズが呆気に取られ、ただただアルトゥールを見上げるだけの表情に変わる。
その、ジェルヴェーズの表情に、アルトゥールはますます混乱して……。
「いえ、そうではなくて……その、ジェルヴェーズ・ニナ・フォーレイ姫。どうか、僕とこれからの生涯を、長く共に生きていただけますか?」
呆気に取られるばかりのジェルヴェーズの目が、いっぱいに広げられた。瞬く間に耳まで真っ赤に染まり、魚のようにぱくぱくと口を開け閉めする。
「元は国が決めた婚約でしたが……僕はニナ姫が婚約者で良かったと、心から思っているのです」
「わ、わたくしもよ! わたくしも、オーリャ様が婚約者で良かったって思ってるの、ほんとうよ!」
良かった、とアルトゥールがふわりと笑った。
ジェルヴェーズは、アルトゥールの笑みから目が離せない。
ほっとしたように柔らかく笑みを浮かべるアルトゥールが、そっとジェルヴェーズの頬を撫でる。
さらりと頬に触れる感触が、とてもとてもくすぐったい。
「では、僕たちはお互いを思っているということですね」
アルトゥールの声に喜びがこもる。
こくりと頷いて、ジェルヴェーズは顔を上げた。
薔薇色に染まった頬で「わたくし、オーリャ様のこと、大好きよ」と微笑んで、アルトゥールに倒れこむように抱き着いた。
「オーリャ様、大好き」
「ニナ姫、僕も大好きです」
ジェルヴェーズの耳元に、アルトゥールが囁き返す。
自分の何もかもがふわふわと浮き立つようで、ジェルヴェーズは何度も何度も「大好き」と繰り返した。
◾️すごくどうでもいいオーリャさん情報
・“朱の国”はその建国の歴史ゆえに脳筋の地位が高い
・魔術師は嫌われ職だしヒョロイので基本モテない
・オーリャさんはややコミュ障気味の内向的ギーク
・兄王太子と弟王子は脳筋ウェイ系モテモテリア充
以上の理由により、オーリャさんは顔がいいわりにモテない歴=年齢という非モテ街道を歩き続けた人生だった。正直なところ、ジェルヴェーズがなんでこんなに大好き光線出してくるのか、未だによくわからなかった、ちょっとキョドり気味の二十三歳男子である。
具体的にどうすればいいのか、よく言われる「夫に身を任せればいい」の本当の中身がどういうことなのか。
アルトゥールは、果たしてここまで教える必要はあるのだろうか……などと疑問に思ったりもしたが、ジェルヴェーズの好奇心の強さを総合して考えれば、たしかにきちんと全てを教えておく必要はあるなと納得した。
何しろ、もしここで全部を知ることができないとなれば、持ち前の行動力に任せ、総当たりに近い形でどこまでも追求していきそうなのだから。
* * *
ジェルヴェーズの閨教育は、夕食の直前まで続いた。
屈託無いジェルヴェーズとあくまで学術的に教えるトーヴァに挟まれて、アルトゥールはひたすらいたたまれなさに耐えた。
かつて魔術の訓練を受けていたころよりもずっと、大変だったと思う。
そのトーヴァは、教育が終わるなり現れたネリアーに攫われて早々に引っ込んでしまったが。
夕食を取りながら、ジェルヴェーズがいつものようにあれこれと話をする。
けれど、今日のアルトゥールはどこかぼんやりと考え込んだまま、どこか上の空で相槌を打つばかりだった。
頭に浮かぶのは、目の前のジェルヴェーズのことばかりだ。
初めて会った時からはもちろん、この一年でかなり背も伸びたし、身体つきもだいぶ女性らしくなってきた。
来年、婚姻の儀を迎える頃には、きっと大人と言っても遜色ないほどに成長しているだろう。
「ねえ、オーリャ様」
「はい?」
ふと、急に伺うような声音のジェルヴェーズに呼ばれて、アルトゥールは首を傾げた。
「あのね、わたくしとオーリャ様の間のお部屋の鍵を、掛けないで欲しいの」
ハッと、アルトゥールは瞠目した。
そういえば、たしかに今朝、思い余って魔術錠を掛けたままだった。
「それは……」
「わたくしがいつでもオーリャ様とお話ができるようにして欲しいの。遅い時間に行って、ご迷惑をお掛けしないようにするから、お願い」
ナプキンで口元を拭うふりをしながら、アルトゥールは視線を落とす。
遅い時間……と言われ、また、昨夜のキスのことを思い出して動揺するアルトゥールを、使用人たちがおもしろそうに窺う気配を感じる。
「――わかりました」
ようやくアルトゥールが首肯すると、ジェルヴェーズはほっと笑顔を浮かべた。
「それで、オーリャ様。この先、もしわたくしが失礼なことをしてしまったら、はっきり言って欲しいの。わたくし、ちゃんと改めるから」
「ニナ姫……鍵のことは誤解です。ニナ姫が失礼をしたわけではなくて、むしろ僕のほうが……その、何というか」
「オーリャ様が?
でも、わたくしは何も嫌なことはされてないと思うのだけど」
ジェルヴェーズが不思議そうに自分を見つめるが、アルトゥールはどう言ったものかと考えて、かすかに嘆息する。
気の利いた言葉を返せない自分が、まったくもってもどかしい。
「――姫、食事中ではなく、後ほどゆっくり時間を取ってお話しましょうか」
「ええ、そうね。食事中に難しい話をするとお腹が痛くなってしまうものだって、母様も言っていたわ」
会話は、また他愛のないものに戻る。
一日のほとんどをこの離宮で過ごすから、ジェルヴェーズの話はこの離宮で起こったことに限られる。
なのに、話題は次から次へと尽きることがない。庭園で見つけた花や小さな生き物のことから、使用人たちやトーヴァから聞いたという物事など、その日によって様々だ。
アルトゥールは心の底から感心する。
ジェルヴェーズは、常日頃から周囲の細かなところにも常に気を配っているということの証左だ。
湯浴みを済ませた後、ジェルヴェーズは鏡で自分の格好をしっかりと確認した。
乾かした髪は二本のお下げにゆるく編んで、前に垂らしている。今日は夜着ではなく部屋着だし、羽織ったガウンはしっかりした布地だし、これならはしたないなんて思われないだろう。
昨晩、いきなりアルトゥールの態度が変わったのは、きっと、ジェルヴェーズが気付かないうちに、失礼なことをしてしまったからだ。
何しろ、キスのしかたも知らなかったジェルヴェーズである。アルトゥールが気を遣って何も言わないだけなのだ。ジェルヴェーズはうっかりやらかしてなんかいない、と考えるほうがどうかしている。
だから今夜は、入念に準備した。
アンヌに頼んで昼ほど飾り立てず、目立たないほどほんのりと紅を乗せて、清楚さや淑やかさが前に出るようにして……香りも、抑えめに。
これで言動にも注意すれば、同じ失敗はしでかさないだろう。
たぶん。
ジェルヴェーズの部屋の扉に掛けてあった鍵は、夕刻のうちにアルトゥールが解除してくれていた。カチャリと取っ手を捻るとちゃんと開くことがうれしくて、ジェルヴェーズはふふっと笑う。
その扉の先、ふたりのための部屋を抜けて扉を叩き、じっとアルトゥールが開けるのを待った。
「ニナ姫、どうぞ」
小さな音とともに、すぐに扉は開いた。心なしか、いつもより改まった態度のアルトゥールが、ジェルヴェーズを招き入れる。
長椅子の前のテーブルには、すでに茶器が用意されていた。アルトゥールが待っていてくれたのだと気付いて、ジェルヴェーズの心が弾む。
隣同士に座って、アルトゥールが入れてくれたお茶を飲んで、ジェルヴェーズは「オーリャ様」と呼び掛ける。
「はい?」
「昨夜は、わたくしが何か変なことをしてしまったのでしょう? 今日の勉強で、まだまだわたくしの知らないことばっかりだって、よくわかったわ」
「ニナ姫?」
「でも、何をしてしまったのか、どうしてもわからなかったの。だから、オーリャ様。わたくしが何をしてしまったのか、ちゃんと教えてちょうだい」
アルトゥールは大きく目を見開いた。
その表情に、ジェルヴェーズは、自分はやはり気付かずにとんでもないことをしでかしていたのかと、青くなってしまう。
国許にいた頃だって、さんざん兄王子にも言われていたではないか。
お前はもう少し考えてから動くようにしろ、と。
「あの、ニナ姫……その、違うんです」
「何が違うのかしら」
ジェルヴェーズが眉尻を下げて不安そうに首を傾げた。
その表情を見て、アルトゥールは慌ててしまう。
いったい何をどう伝えたらよいものか。
――昨夜のキスでは、後先考えずに欲情してしまった自分こそが問題で、危ういところを触れられた感触のおかげで我に返り、慌てただけだった……なんて、どう説明すればいいのか。
鍵だって、むしろ自分が婚儀を待たずにジェルヴェーズに手を出してしまったら、などと心配になっただけなのだ。
「姫の懸念は違うんです、その……」
「オーリャ様?」
口ごもるアルトゥールに、ジェルヴェーズの心臓がどきどきと早鐘を打つ。
そんなに言いづらいことをしてしまったのだろうか。もしかして、これこそが正しいと思ったキスのしかたも、実は間違えていたのだろうか。
ジェルヴェーズがしょんぼりと項垂れた。
「わたくし、そんなに変なことをしちゃったのね……」
「ち、違います、ニナ姫!
その、僕は、どうもこういうことを言葉にするのが不得手で、呪文ならすらすら言えるのに、今言うべきことが何も出てこなくて……」
真っ赤な顔で勢い込んだアルトゥールは、驚くジェルヴェーズに気付いてこほんと小さく咳払いをする。
そう、心配だらけなのは、むしろアルトゥール自身である。ジェルヴェーズに心配しなければならない点など何もない。
「ニナ姫は、何も変なことなどしていません」
少し潤んだジェルヴェーズの目が、アルトゥールをじっと見つめている。
「その……この一年で、ニナ姫はさらにとてもきれいになられて……それに、もうこんなに立派な淑女になられて、正直なところを言えば、僕の想像をはるかに超えて、あなたは強くて美しい姫で、率直かつ素直な言葉で伝えてくださるところも、ニナ姫の尊い美点で……」
自分は何を口走っているのか。
焦るアルトゥールの口から出るのは、まとまりもつかず、とりとめもなく、意味のわからない言葉の連なりばかりだ。
ジェルヴェーズが呆気に取られ、ただただアルトゥールを見上げるだけの表情に変わる。
その、ジェルヴェーズの表情に、アルトゥールはますます混乱して……。
「いえ、そうではなくて……その、ジェルヴェーズ・ニナ・フォーレイ姫。どうか、僕とこれからの生涯を、長く共に生きていただけますか?」
呆気に取られるばかりのジェルヴェーズの目が、いっぱいに広げられた。瞬く間に耳まで真っ赤に染まり、魚のようにぱくぱくと口を開け閉めする。
「元は国が決めた婚約でしたが……僕はニナ姫が婚約者で良かったと、心から思っているのです」
「わ、わたくしもよ! わたくしも、オーリャ様が婚約者で良かったって思ってるの、ほんとうよ!」
良かった、とアルトゥールがふわりと笑った。
ジェルヴェーズは、アルトゥールの笑みから目が離せない。
ほっとしたように柔らかく笑みを浮かべるアルトゥールが、そっとジェルヴェーズの頬を撫でる。
さらりと頬に触れる感触が、とてもとてもくすぐったい。
「では、僕たちはお互いを思っているということですね」
アルトゥールの声に喜びがこもる。
こくりと頷いて、ジェルヴェーズは顔を上げた。
薔薇色に染まった頬で「わたくし、オーリャ様のこと、大好きよ」と微笑んで、アルトゥールに倒れこむように抱き着いた。
「オーリャ様、大好き」
「ニナ姫、僕も大好きです」
ジェルヴェーズの耳元に、アルトゥールが囁き返す。
自分の何もかもがふわふわと浮き立つようで、ジェルヴェーズは何度も何度も「大好き」と繰り返した。
◾️すごくどうでもいいオーリャさん情報
・“朱の国”はその建国の歴史ゆえに脳筋の地位が高い
・魔術師は嫌われ職だしヒョロイので基本モテない
・オーリャさんはややコミュ障気味の内向的ギーク
・兄王太子と弟王子は脳筋ウェイ系モテモテリア充
以上の理由により、オーリャさんは顔がいいわりにモテない歴=年齢という非モテ街道を歩き続けた人生だった。正直なところ、ジェルヴェーズがなんでこんなに大好き光線出してくるのか、未だによくわからなかった、ちょっとキョドり気味の二十三歳男子である。
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