神託の乙女になりました

ぎんげつ

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七日目 ー1

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「ねえ、こっちにルカちゃんいる?」

 夜明け前、突然部屋に響いたナイアラの声で飛び起きた。

「何があった?」
「やっぱりだあ、どうしよう、ルカちゃん、連れて行かれちゃったあ」
「どういうことだ!?」

 すぐに横に置いた剣を掴み、部屋を飛び出そう……としたところで、後から現れたイリヴァーラに止められた。

「落ち着いて、カイル」

 イリヴァーラは僕を部屋の中へ押し戻し、もう一度「落ち着くのよ」と言った。

「正直、油断してたわ。魔法でやられたの。たぶん、麻痺か束縛か……声も出せなかったから、麻痺のほうね。
 そうやって、私もナイアラも何もできないまま、まんまとルカを連れ去られたわ」
「なら、すぐに助けに行かないと」
「どこに? もう一度言うわ。落ち着くのよカイル。すぐに何かされる心配はない。向こうだって、蝕を前にルカに下手なことはできないはずよ」

 イリヴァーラの言うとおりであることはわかる。
 だが、わかっていても、いてもたってもいられずに僕は部屋を落ち着かなげにうろうろ歩き回ってしまう。

「いったい、どこへ連れ去られたっていうんだ」
「少し、整理しましょう」

 イリヴァーラが冷静な声で呼び掛け、ヘスカンが僕を宥めるように肩を叩いた。

「もう一度情報を集めましょう。状況は変わったのだから、何かしら動きがあるはずよ。
 魔法の出し惜しみもしている状況じゃないわ。むしろ、魔法を使って調べていくところね」
「ならば、“託宣”で、指針を神に問おう。蝕まで3日なら、期間も充分なはずだ」
「ええ、ヘスカン、お願い。私はダメ元で遠見をやってみるわ。うまくルカが映ればいいけど。
 もう少し絞り込めたら、“神々との接触”も試してみるつもり」

 はあ、と僕も深呼吸をする。
 確かに、焦りだけではうまくいくものもいかなくなってしまう。

「僕は教会へ行こう。大司教猊下に何か降りているかもしれないし」
「ええ、お願い。私は遠見のあと変人魔術師を訪ねてみるから」
「あたしも、また全部回ってみるねえ。詩人くんも、何か掴んでるかもだし」

 頷いたナイアラがふと、何故か僕を見上げる。

「ねえ、カイル。カイルって、ルカちゃんにちゃんと言ってたんだよねえ?
 気持ちとか、思ってることとか、ちゃんとさあ?」
「気持ち? 何の?」
「何のって――まさか、何にも言ってないの?」
「だから、気持ちとかって、いったい何のことを言ってるんだ」

 みるみる顔色を失い瞠目するナイアラに、何かまずいことでもあったのかと狼狽える。
 何か報告をしなければならないようなことでもあったのか?

「イリヴァーラ、どうしよう……カイルこの調子だと言ってない!
 ちゃんと言ってないよ!
 ルカちゃん行っちゃったのカイルのせいだ!
 もうやだカイルの馬鹿あー!」

 癇癪を起こしたように大声で喚き出すナイアラに驚く。
 言ったとか言わないとか、いったい何の話なのか。

「だから何だよ。話が見えない。ちゃんと説明してくれ」

 狼狽える僕に、眉間を揉みほぐしながらイリヴァーラが口を開いた。

「あのねカイル。ルカが連れて行かれる時、かすかに話をしている声が聞こえたの。
 ──悪魔王アスモデウスの司るものは欲望と猜疑。
 ルカは、たぶん心の隙と不安を突かれてしまったんだと思うわ」

 イリヴァーラは顔を顰めて大きく溜息を吐く。
 ナイアラが「カイルに任せきりだったの、間違えたのかなあ」と項垂れる。

「心の隙? 不安? どうして――」
「カイル、私たちは皆、てっきりあなた方ふたりはきちんと互いの心について話しているものとばかり考えていたんですよ」
「ヘスカン?」
「あなたがルカを護るのは、神の使命からというだけではないでしょう?
 そのことを、ちゃんとルカに伝えていたんですか?」
「それは……わざわざ言わなきゃならないことなのか?」

 ヘスカンまでもが、やっぱりかと盛大な溜息を吐いて首を振る。
 だって、あれほど態度にも示していたつもりなのに……。

「カイルわかってないよお。どうしてこんな子に育っちゃったのお?」
「育っちゃったって……」
「唐変木すぎるよお。カイル22でしょお? もうすぐ23でしょお? 今まで何やってたのよまったくぅ!」
「何やってって」

 ナイアラがなぜか目を潤ませて僕をどんどんと叩き、責め立てる。
 泣きたいのは僕だ。
 いったい何をどうしてこんなに責められる必要があるのか。

「馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、本当に馬鹿だったのね。
 言葉で言わなきゃ伝わるわけないでしょう。言葉を何だと思ってるのあなたは。どれだけ私たちがお膳立てしてたと思ってるのよ」
「弁護すべき点が見つかりません」

 おぜんだて? と呆然とする僕に、眉を吊り上げ腰に手を当てたイリヴァーラがビシッと指を突きつける

「いい、カイル。色事に経験のない子が、態度だけでなんて気付けるわけないでしょう。
 態度に示したのをわかれだ?
 熟練した夫婦だってそうそううまくいかないことを、ルカに気付けというの?
 ――このクソ天人が」
「く、クソって」

 ムッとして自分の顔が引き攣るのがわかったが、イリヴァーラの勢いは止まらなかった。

「うるさいわね。ルカの身にもなってごらんなさい。
 好きになった男が自分のそばにいるのは、その男が誠心誠意仕える神が直々にお命じになったからだって、ずっと思わされ続けてるのよ。
 しかも、その男がそれ裏付けることばっかり言うなんて、報われなくて涙が出るわ。泣くわよ普通に。耐えられるわけないでしょ。使命が終わったらさようならだとか普通に考えちゃうでしょ。
 そこに悪魔が現れて文字通り悪魔の囁きよ。
 これでついて行かないほうがおかしいって、あんたわかってるの?」

 イリヴァーラまでが、なぜか泣きそうな顔で僕を糾弾する。

「ほんっと、馬鹿じゃないの。これがクソじゃなくってなんだって言うの、反省しなさいよ!
 何が偉そうに“神がお命じになった”よ。
 最初から下心満載だったくせに、ふざけんじゃないわ。気取ってんじゃないわよ。神の名前出さなきゃ女の子ひとり口説けないヘタレのくせに!」
「なっ、いや、だって、そんな……え?」

 好きになった男が?
 ぽかんとする僕を、イリヴァーラがじろりと睨んだ。
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