上 下
12 / 33

四日目 ー3

しおりを挟む
 時間を見計らい、訪れた酒場の教えられていたテーブルにいたのは、人間ではない種族……立派な角に長い尻尾の、“悪魔混じり”と呼ばれる種族の男性だった。
 年齢はよくわからないけれど、私と同年代か幾分か上に思う。

 彼は私たちに気づくとすぐに立ち上がって優雅に一礼し、おもむろに私の手を取って指先に口付けた。

「吟遊詩人のアートゥと申します。以後お見知り置きを、お嬢さん」

 もちろん、こんな扱いなど受けたことのない私はどぎまぎしてしまうだけだ。
 それにしてもカイルはガン無視なのか? 私と繋いだままのカイルの手に、ぐぐっと力が篭る。

「あ、あの、ルカです、よろしくです。こちらは……」
「へえ、ルカちゃんて言うんだ? 男の子みたいな名前だけど、君に似合ってるね。かわいいなあ」

 彼は本気でカイルは構わないつもりか、にっこりと微笑んで急に崩れた口調でさらりと言ってのけた。
 私はますますどうしていいかわからなくなってしまう。

 だが、機嫌の良い彼に反して、背後のカイルの機嫌は急降下しているようだ。背中に不穏な空気がひんやりと冷気を帯びて伝わってきて……振り向くのが、少し怖い。

「ルカ、こういう“悪魔混じり”は自分の衝動と欲望に忠実な種族で信用ならないんだ。言ってることをまともに聞いちゃいけない」
「え? え?」

 私の肩に手を置き、アートゥにも聞こえるように言うカイルに少し慌ててしまうが、目の前の詩人は目を細めて笑みを深くするだけだった。

「さすが教会の聖騎士様は言うことが違うね。そのお高く尊い聖騎士様連れの麗しい女性が、僕に何の用なのかな?
 ――ふうん、なるほど、この子が教会の大切な……ってわけか」
「なぜそれを知ってる!」

 ますますいきり立つカイルにはらはらする。ここで彼に帰られてしまっては、元の木阿弥だ。

「ああ怖い。そんなに睨まないでくれるかな? 僕は詩人だよ? 意味はわかるよね?」

 くすくすと笑いながらその“悪魔混じり”の吟遊詩人は瞳も瞳孔もない金一色の目を細めた。
 ああ、あまり挑発しないでほしい。

「悪辣な行いに手を染めるというならこの場で斬り捨てるだけだぞ」
「やだなあ。悪辣な行いって何のことだよ。僕は善良な吟遊詩人なのに」
「ええと、カイル、落ち着いて?」

 慌てて腕を抑えると、見るに見かねてか、ひょこんとナイアラが横から顔を出した。

「そうだよおー。ねえ、あんまりうちの切り込み隊長煽らないで欲しいんだあ。見た目チャラいけど実はバカが付くくらい真面目だし、融通もどっかに置き忘れてきちゃってるから、耐性低いんだよねえ」
「僕は別に気にしてないよ? なんだか友人に似ているなあと思ったくらいで」

 くくっと笑って、ナイアラに応じるアートゥと、深呼吸するカイルに少しだけ安心する。それから、改めてアートゥは私に向き直り、にっこりと微笑んだ。

「で、僕と話をしに来たのは君だよね、ルカちゃん。僕に、何が聞きたいのかな?」
「あの、あく……」

 アートゥは、“悪魔王のカルト”と言おうとした私の口に素早く指を当てて「ちょっと待った」と言葉を止める。

「こういう、誰が聞いてるかわからない場所で、そんな風に喋っちゃうのはよくないよ」

 アートゥは軽くウィンクをすると、忙しく歩き回る給仕を捕まえて部屋を用意させた。

「さ、こっちで話そう」

 手慣れた調子で手招きつつ部屋へと入る彼に、私たちも続く。



「じゃ、改めて――聞きたいのは、“悪魔王カルト”の動きだろう?」

 私とカイルだけが部屋に招き入れられたとたん、彼にずばりと問われて思わず頷いた。

「でも、どうして?」
「君は、彼らの間ではすごく有名なんだ、とだけ。
 それで教えてもいいんだけど、見返りは何?」
「見返り?」

 口調だけは軽いけれど、彼の目は笑っておらず、口だけが笑みの形になっている。

「当たり前じゃないか。タダより高いものはないって言葉、知らないのかな? 世の中ってそういうものじゃない?」

 困ったなあと肩を竦めながら、彼はくすくす笑う。

「だいたい、僕が情報を集めるのは僕自身と主人のためなんだよ。
 それをぽっと出の君たちに教えてくれと言われて、ほいほい渡してくれると思ってた?」

 急にそんなことを言われてしまい、どうしたらいいのかおろおろしてしまう。
 カイルもどう切り出したらいいのかと考えあぐねているようだった。アートゥはそんな私ににっこりと笑みを作る。

「だから、ルカちゃん、僕と取引だ。そいつは抜きで、僕と話をしよう」
「だめだ、ルカ。こいつの甘言に乗るな」

 カイルが慌てて私の手を握る力を強め、引き止める。

「やだなあ。別にとって食おうとはしないよ。君はともかく、ルカちゃんと話がしたいだけさ。
 ──で、ルカちゃんはどうする?」

 アートゥがじっと見つめる。
 ここで怖気付いたら、きっと元の木阿弥だ。

 だから私も腹をくくることにした。硬く握られたカイルの手を撫でて、ゆっくりと解く。

「話を聞く。だから、カイル、ちょっと待ってて。大丈夫」 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります

彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。 目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。 ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。 たが、それに違和感を抱くようになる。 ロベルト殿下視点がおもになります。 前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!! 11話完結です。

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

処理中です...