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結:まつろわぬ神の子供達
暮らしました
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目が覚めると、既に太陽が昇った後だった。
あのまま気を失った……というよりも、負荷が上がりすぎて再起動するはめになってしまったんだろう。ヴィトも、オージェも。
さすがに、するたびに我慢できず手を繋いで、結果、再起動……なんてことになるのは困る。まじめに安全策を考えたほうがいい。
ヴィトよりも再起動の時間がかかっているのか、まだ目覚めないオージェから身体を離した。少し名残惜しいと思いながら。
あれは強烈だった。未だに身体の奥で燻っている気がする。
は、と小さく息を吐いて、ヴィトはオージェを抱き上げて口付けた。オージェが目を覚ます前に身体をきれいにしておこう、と浴室に向かう。
「おはよう」
「ん、おはよう……あれ?」
ぬるいシャワーを掛けて身体を洗っている間に、オージェが目を覚ました。驚きに目を瞠り、慌ててきょろきょろと周りを見回し始める。
「なかなか起きないから」
そんなオージェをくすくすと笑いながら、ヴィトはゆっくりと身体を擦る。
「あの、わたし……なんていうか、その、すごく、気持ちよくなって……」
「うん。感覚共有――っていうより、共鳴になったみたいだ。際限なく高まって、たぶんオーバーフローを起こしたんだよ。
僕も、少し前に再起動から覚めたところだ」
「そうなの……?」
なんだか恥ずかしい、と呟くオージェを、ヴィトはやっぱり笑いながら、身体を洗い上げていく。
石鹸の泡をしっかり流して、乾いたタオルで拭きあげて、それから、黒炎城は意外に設備が整っているんだなと感心した。
きっと、いろいろな世界を渡ってきたというのは、伊達ではないのだろう。
身支度を整えて外を見ると、日は天頂まで昇りきっていた。このまま夜を迎えてしまう前に、皆に挨拶くらいはしようと部屋を出る。
「あ、オージェちゃん」
「エイさん」
最初に声を掛けてきたのは、イェスター商会のエイだった。
「惜しかったなあ。あと一日早く着いたら、俺も参列できたのに」
手を振りながらエイは、相変わらずへらへらと笑っていた。
「エイがサボるから、仕事が終わらなかったんですよ」
「スーリさん」
やれやれと呆れ顔で首を振るのは、エルフの魔術師スーリだ。今回もエイの“お目付役”として付いてきたらしい。
「あの、ドレスの手配ありがとうございました」
「お、あれ、なかなかのモノだったろ? 掘り出し物でさ、オージェちゃんに似合うと思ったんだよねえ」
少し得意げに笑っていたエイが、「ああそうだ」とふと思い出したように指を立てる。
「知ってるか? 神王陛下が結婚したんだよ」
「――え?」
「やっぱり知らなかったかあ。そりゃまあ、こんなとこまで噂だのはなかなか流れてこないもんだが」
はははと笑って、エイは取って置きの内緒話でもするように声を潜める。
「実はな――」
「エイ、ここで立ったままするような話ではないでしょう」
だが、スーリに遮られてしまう。エイは顰め面を作るが、すぐに「それもそうだな」とふたりを誘って食堂へと移動した。
「エイさん、神王の結婚て……」
「ほら、報告もあるからって、俺ら、しばらくケゼルスベールの支店に戻ってたろ? 何の前触れもなく、急に王宮から発表があってな」
エイは声を潜めて話し始める。
スーリはお茶を運んで全員の目の前に置くと、そんなエイをやれやれという顔で眺めやった。
「何でも、“準備ができた”とかなんとかで、女神の御使が女神の身元に戻って、代わりに女神本人が降臨して神王と婚姻を結んだんだそうだ」
「女神、本人……?」
うむ、と重々しく頷くエイに、オージェとヴィトは顔を見合わせる。
女神とか本人とか、いったい何のことなのか。ヴィトには想像もつかない。
「女神の御名は“オリジン・エルスト”だそうな。もっとも、聖なる名前を早々口にするなとのお達しもあったけどな」
「オリジン……エルスト?」
「ああ。遠目に見ただけだが、黒髪のめちゃくちゃ美人だったぜ。まあ、そうは言っても女神なんだから、美人でも当たり前か。
お陰で、ケゼルスベールは国をあげてのお祭り騒ぎだ。うちもだいぶ稼がせてもらってるが、ありゃしばらく続くだろうな」
話を聞きながら、ようやく思い至った。
スキャンで抽出したオージェのデータを使って、“オリジン”の“予備”である“一番目”を、“オリジン”に仕立て上げたのだ。
あの短時間のスキャンでは、オージェの人格プログラムまで抽出できてはいないはずだ。いないはずだが、記録があれば、そこからおおよその“人格”を組み上げるくらいは可能だろう。
――なら、“レギナ”はどうした?
「消した、のか?」
「ん?」
思わず漏らした呟きに、エイが反応する。
テーブルの下でオージェの手をぎゅっと握り締める。
触れた指先で、通信が交わされる。
神王は、レギナを消してエルストをベースに“女神”を構築したのかもしれない……彼は、レギナを嫌っていたから。
でも、ヴィト。エルストって黒髪じゃなかったよね?
髪色なんていくらでも変えられる。顔だって……あ。
ヴィト?
黒っぽい髪をした、少し歳上の、乳兄弟の姉でもある侍女。
レギナは、彼女を模した外見の身体を使っていて……。
やっぱり、レギナをベースにしてエルストの身体に入れたのかもしれない。
けど、“女神”なんて降臨させて、どうするつもりなんだろう。
黙り込んでしまったヴィトを、エイが覗き込む。
「ヴィト、どうした?」
「え、いや……その、女神って、本当にいるんだなと思って……」
顔を顰めるヴィトに、上品な所作でお茶を飲むスーリがふっと笑った。
「“本物”かどうかは、わかりませんけどね」
「わからないって?」
オージェが首を傾げる。
本物かどうか、神を見分ける方法なんてあるのだろうか。
「私、曲がりなりにも一応は魔術師ですので、確かめたのですよ。もちろん、魔術で。けれど、“神”らしい魔力などは一切感じられませんでしたね。
なので、あれは私の知る“神”とは違うものだと考える次第です」
「スーリさんの知る“神”ですか?」
ふふ、と笑いながらスーリが頷く。
「私はエルフ族ですよ?」
「――あっ」
そうだった、とオージェは目を瞠る。
エルフ族は、この世界に魔術を伝えた“魔術の伝道師”と呼ばれる神とともにやってきた種族だった。
「この地で生まれた二世ではありますが、私の親は“魔術の伝道師”とともにこの世界に来たんです。当然、直接、神であるメイナスとの面識もあります。
もっとも、メイナスご自身は“神”というよりも“亜神”というべき存在でして、“本物”とは少々違うのですけど」
「――そうか、神は実在するんだっけ」
「まるで、神など存在しないと言いたげですが」
「え、あ……僕の出自は、神の存在とは対極になるから……」
「そうなんですか? 妙な言い回しですね」
不思議そうに自分を見つめるスーリを放って、ヴィトは小さく嘆息する。
「神王は、何を考えているんだろう」
「さあな」
エイが肩を竦めて「そもそもだな」と続ける。
「他人が何考えてるか理解しようなんて無理な話だ。ましてや相手は“神王陛下”だぜ? 下々の者にゃ推測のしようがない」
「――戦争とか、するつもりじゃないわよね」
不安そうにこぼすオージェに、スーリもやれやれと肩を竦めた。
「今のところ、その心配はなさそうですよ。軍を動かす気配はありませんし、店で聞く限り、どこもかしこもお祭り騒ぎに浮かれてるばかりですね。
うちがケゼルスベールから撤退する、なんて話も出てませんから」
「うん……」
ヴィトも、スーリの言葉に同意を示す。目を閉じて何かに集中するようにじっと考えて、ゆっくりと口を開く。
「神王に、戦争をするつもりは無いよ。どこかが手を出したらわからないけど、それでも国外に打って出るつもりは無いんじゃないかな」
「へえ、ずいぶん確信ありげなんだな」
ヒューッと口笛を鳴らして、茶化すようにエイが笑った。
「――なんとなく、だよ」
「なんとなく、か」
にやにやと笑うエイに、ヴィトはどことない居心地の悪さに身じろぎする。
「なんか通じ合うものがあるってことかね」
からかうような態度のエイの腕を、「ああ、そうだ」とスーリが叩いた。
「ん?」
「忘れてましたが、本店にここへ着いたと連絡を入れないと」
「あ、やべ、忘れてた。じゃ、また後でな」
慌ただしく去っていくふたりを、やや呆気にとられながら見送って、ヴィトとオージェは顔を見合わせた。
「それにしても、“女神”って」
「わたしの複製ってこと?」
はあ、と溜息を吐いて、そんなことを話す。
「完全なコピーではないと思うんだ。あの短時間で、データだけならともかくオージェを完全に複製するのは難しいはずだし」
「何のために、そんなもの作ったのかしら」
「さあ……」
“デーヴァローカ”で、自分と神王は同じものだとヴィトは断言した。けれど本当は、神王が何を考えているかなんてわからない。
イーターにしてみれば、それこそがヴィトはヴィトで神王は神王だという証明なのだ、とでも言うのかもしれないけれど。
「神王の望みは、もう誰にも支配されないってことなんだ。だからこそ、外から来るものに容赦はしなくても、自分から外へ出るつもりはないはずで……」
ヴィトはまたひとつ、溜息を吐く。
「“女神”も、そのためなのかもしれない」
「そのためって……どういうこと?」
「管理キーであるオージェのデータを移したエルストを、自分の管理下に置こうと考えたんじゃないかな」
オージェも小さく溜息を吐く。
“デーヴァ”と“デーヴァローカ”を完全に支配下にして、これから神王はどこへ向かうのだろう。
ヴィトには、もう想像することしかできない。
「もし、神王がこれから何かとんでもないことをしようとするなら、その時は、“デーヴァ”に仕掛けたものを起動するよ」
「あ、あれ……」
「うん。オージェに仕込んでもらったあれは、“僕”のコピーを活性化させるためのトリガーなんだ」
「ヴィトの、コピー?」
「レギナの真似をしたんだ。僕が帰還した時に、僕のデータは精査されるはずだから、それに紛れて“デーヴァ”の中に断片化してばら撒いて……それをひとつにまとめて、“僕”として起動させるためのトリガーだよ」
驚いてぽかんとするオージェに、ヴィトは笑ってみせる。
「もちろん、それだけでは止められないだろうけど……他は、今から考えよう」
プッと吹き出して、オージェはたちまち笑い出す。
「ヴィトって結構心配性だし、変なところで慎重よね」
「そうかな」
「そうね……神王の良識に期待……はわからないけど、もし神王が変なことしようっていうなら、わたしとヴィトで止めに行きましょうか」
「そうしてくれるとありがたいな」
うれしそうに目を細めて、ヴィトはオージェにキスをした。
「でもね、ヴィト。わたし、意外に大丈夫なんじゃないかって思ってるのよ」
「どうして?」
「だって、神王を基にして、ヴィトが生まれたんでしょう? なら、そんなに言うほど悪い人でもないのかもって」
「それは、期待しすぎじゃないかな」
楽観的なオージェの言葉はうれしいけれど、それは買い被りに過ぎるだろうと、ヴィトは苦笑した。
「それと……」
ヴィトは、もう一度オージェにキスをする。
「クラエスさんに、手紙を書かなきゃ」
「そうね……今までちっとも時間が取れなかったし、きっと心配してるわ」
「――ちゃんと魔導技術のこととか、教わりたいな」
「わたしも。魔術を使えるようになるのは無理でも、理論は全部覚えたいわ。クラエスさんの技術は、本当にすごかったんだから」
ふたりで顔を見合わせて、くすりと笑う。
「教えてもらうのはともかくとして、やっぱりこっそり会いに行く方法を考えようか。ちゃんと顔を見せに行きたいし」
「ちゃんと、クラエスさんに迷惑かけない方法でね」
くすくすと笑って、ふたりは立ち上がる。
「あ、そうだ。リコーちゃんのお父さんと、ちゃんと挨拶しなくちゃ」
「そうだね。あれこれ忙しくてろくに話もできなかったし。それに、アカシュさんたちも、あと数日で出発するんだよね」
「そうよ。ちょっと寂しくなるな」
あれこれと話をしながら、ヴィトとオージェは手を繋いで食堂を後にした。
あのまま気を失った……というよりも、負荷が上がりすぎて再起動するはめになってしまったんだろう。ヴィトも、オージェも。
さすがに、するたびに我慢できず手を繋いで、結果、再起動……なんてことになるのは困る。まじめに安全策を考えたほうがいい。
ヴィトよりも再起動の時間がかかっているのか、まだ目覚めないオージェから身体を離した。少し名残惜しいと思いながら。
あれは強烈だった。未だに身体の奥で燻っている気がする。
は、と小さく息を吐いて、ヴィトはオージェを抱き上げて口付けた。オージェが目を覚ます前に身体をきれいにしておこう、と浴室に向かう。
「おはよう」
「ん、おはよう……あれ?」
ぬるいシャワーを掛けて身体を洗っている間に、オージェが目を覚ました。驚きに目を瞠り、慌ててきょろきょろと周りを見回し始める。
「なかなか起きないから」
そんなオージェをくすくすと笑いながら、ヴィトはゆっくりと身体を擦る。
「あの、わたし……なんていうか、その、すごく、気持ちよくなって……」
「うん。感覚共有――っていうより、共鳴になったみたいだ。際限なく高まって、たぶんオーバーフローを起こしたんだよ。
僕も、少し前に再起動から覚めたところだ」
「そうなの……?」
なんだか恥ずかしい、と呟くオージェを、ヴィトはやっぱり笑いながら、身体を洗い上げていく。
石鹸の泡をしっかり流して、乾いたタオルで拭きあげて、それから、黒炎城は意外に設備が整っているんだなと感心した。
きっと、いろいろな世界を渡ってきたというのは、伊達ではないのだろう。
身支度を整えて外を見ると、日は天頂まで昇りきっていた。このまま夜を迎えてしまう前に、皆に挨拶くらいはしようと部屋を出る。
「あ、オージェちゃん」
「エイさん」
最初に声を掛けてきたのは、イェスター商会のエイだった。
「惜しかったなあ。あと一日早く着いたら、俺も参列できたのに」
手を振りながらエイは、相変わらずへらへらと笑っていた。
「エイがサボるから、仕事が終わらなかったんですよ」
「スーリさん」
やれやれと呆れ顔で首を振るのは、エルフの魔術師スーリだ。今回もエイの“お目付役”として付いてきたらしい。
「あの、ドレスの手配ありがとうございました」
「お、あれ、なかなかのモノだったろ? 掘り出し物でさ、オージェちゃんに似合うと思ったんだよねえ」
少し得意げに笑っていたエイが、「ああそうだ」とふと思い出したように指を立てる。
「知ってるか? 神王陛下が結婚したんだよ」
「――え?」
「やっぱり知らなかったかあ。そりゃまあ、こんなとこまで噂だのはなかなか流れてこないもんだが」
はははと笑って、エイは取って置きの内緒話でもするように声を潜める。
「実はな――」
「エイ、ここで立ったままするような話ではないでしょう」
だが、スーリに遮られてしまう。エイは顰め面を作るが、すぐに「それもそうだな」とふたりを誘って食堂へと移動した。
「エイさん、神王の結婚て……」
「ほら、報告もあるからって、俺ら、しばらくケゼルスベールの支店に戻ってたろ? 何の前触れもなく、急に王宮から発表があってな」
エイは声を潜めて話し始める。
スーリはお茶を運んで全員の目の前に置くと、そんなエイをやれやれという顔で眺めやった。
「何でも、“準備ができた”とかなんとかで、女神の御使が女神の身元に戻って、代わりに女神本人が降臨して神王と婚姻を結んだんだそうだ」
「女神、本人……?」
うむ、と重々しく頷くエイに、オージェとヴィトは顔を見合わせる。
女神とか本人とか、いったい何のことなのか。ヴィトには想像もつかない。
「女神の御名は“オリジン・エルスト”だそうな。もっとも、聖なる名前を早々口にするなとのお達しもあったけどな」
「オリジン……エルスト?」
「ああ。遠目に見ただけだが、黒髪のめちゃくちゃ美人だったぜ。まあ、そうは言っても女神なんだから、美人でも当たり前か。
お陰で、ケゼルスベールは国をあげてのお祭り騒ぎだ。うちもだいぶ稼がせてもらってるが、ありゃしばらく続くだろうな」
話を聞きながら、ようやく思い至った。
スキャンで抽出したオージェのデータを使って、“オリジン”の“予備”である“一番目”を、“オリジン”に仕立て上げたのだ。
あの短時間のスキャンでは、オージェの人格プログラムまで抽出できてはいないはずだ。いないはずだが、記録があれば、そこからおおよその“人格”を組み上げるくらいは可能だろう。
――なら、“レギナ”はどうした?
「消した、のか?」
「ん?」
思わず漏らした呟きに、エイが反応する。
テーブルの下でオージェの手をぎゅっと握り締める。
触れた指先で、通信が交わされる。
神王は、レギナを消してエルストをベースに“女神”を構築したのかもしれない……彼は、レギナを嫌っていたから。
でも、ヴィト。エルストって黒髪じゃなかったよね?
髪色なんていくらでも変えられる。顔だって……あ。
ヴィト?
黒っぽい髪をした、少し歳上の、乳兄弟の姉でもある侍女。
レギナは、彼女を模した外見の身体を使っていて……。
やっぱり、レギナをベースにしてエルストの身体に入れたのかもしれない。
けど、“女神”なんて降臨させて、どうするつもりなんだろう。
黙り込んでしまったヴィトを、エイが覗き込む。
「ヴィト、どうした?」
「え、いや……その、女神って、本当にいるんだなと思って……」
顔を顰めるヴィトに、上品な所作でお茶を飲むスーリがふっと笑った。
「“本物”かどうかは、わかりませんけどね」
「わからないって?」
オージェが首を傾げる。
本物かどうか、神を見分ける方法なんてあるのだろうか。
「私、曲がりなりにも一応は魔術師ですので、確かめたのですよ。もちろん、魔術で。けれど、“神”らしい魔力などは一切感じられませんでしたね。
なので、あれは私の知る“神”とは違うものだと考える次第です」
「スーリさんの知る“神”ですか?」
ふふ、と笑いながらスーリが頷く。
「私はエルフ族ですよ?」
「――あっ」
そうだった、とオージェは目を瞠る。
エルフ族は、この世界に魔術を伝えた“魔術の伝道師”と呼ばれる神とともにやってきた種族だった。
「この地で生まれた二世ではありますが、私の親は“魔術の伝道師”とともにこの世界に来たんです。当然、直接、神であるメイナスとの面識もあります。
もっとも、メイナスご自身は“神”というよりも“亜神”というべき存在でして、“本物”とは少々違うのですけど」
「――そうか、神は実在するんだっけ」
「まるで、神など存在しないと言いたげですが」
「え、あ……僕の出自は、神の存在とは対極になるから……」
「そうなんですか? 妙な言い回しですね」
不思議そうに自分を見つめるスーリを放って、ヴィトは小さく嘆息する。
「神王は、何を考えているんだろう」
「さあな」
エイが肩を竦めて「そもそもだな」と続ける。
「他人が何考えてるか理解しようなんて無理な話だ。ましてや相手は“神王陛下”だぜ? 下々の者にゃ推測のしようがない」
「――戦争とか、するつもりじゃないわよね」
不安そうにこぼすオージェに、スーリもやれやれと肩を竦めた。
「今のところ、その心配はなさそうですよ。軍を動かす気配はありませんし、店で聞く限り、どこもかしこもお祭り騒ぎに浮かれてるばかりですね。
うちがケゼルスベールから撤退する、なんて話も出てませんから」
「うん……」
ヴィトも、スーリの言葉に同意を示す。目を閉じて何かに集中するようにじっと考えて、ゆっくりと口を開く。
「神王に、戦争をするつもりは無いよ。どこかが手を出したらわからないけど、それでも国外に打って出るつもりは無いんじゃないかな」
「へえ、ずいぶん確信ありげなんだな」
ヒューッと口笛を鳴らして、茶化すようにエイが笑った。
「――なんとなく、だよ」
「なんとなく、か」
にやにやと笑うエイに、ヴィトはどことない居心地の悪さに身じろぎする。
「なんか通じ合うものがあるってことかね」
からかうような態度のエイの腕を、「ああ、そうだ」とスーリが叩いた。
「ん?」
「忘れてましたが、本店にここへ着いたと連絡を入れないと」
「あ、やべ、忘れてた。じゃ、また後でな」
慌ただしく去っていくふたりを、やや呆気にとられながら見送って、ヴィトとオージェは顔を見合わせた。
「それにしても、“女神”って」
「わたしの複製ってこと?」
はあ、と溜息を吐いて、そんなことを話す。
「完全なコピーではないと思うんだ。あの短時間で、データだけならともかくオージェを完全に複製するのは難しいはずだし」
「何のために、そんなもの作ったのかしら」
「さあ……」
“デーヴァローカ”で、自分と神王は同じものだとヴィトは断言した。けれど本当は、神王が何を考えているかなんてわからない。
イーターにしてみれば、それこそがヴィトはヴィトで神王は神王だという証明なのだ、とでも言うのかもしれないけれど。
「神王の望みは、もう誰にも支配されないってことなんだ。だからこそ、外から来るものに容赦はしなくても、自分から外へ出るつもりはないはずで……」
ヴィトはまたひとつ、溜息を吐く。
「“女神”も、そのためなのかもしれない」
「そのためって……どういうこと?」
「管理キーであるオージェのデータを移したエルストを、自分の管理下に置こうと考えたんじゃないかな」
オージェも小さく溜息を吐く。
“デーヴァ”と“デーヴァローカ”を完全に支配下にして、これから神王はどこへ向かうのだろう。
ヴィトには、もう想像することしかできない。
「もし、神王がこれから何かとんでもないことをしようとするなら、その時は、“デーヴァ”に仕掛けたものを起動するよ」
「あ、あれ……」
「うん。オージェに仕込んでもらったあれは、“僕”のコピーを活性化させるためのトリガーなんだ」
「ヴィトの、コピー?」
「レギナの真似をしたんだ。僕が帰還した時に、僕のデータは精査されるはずだから、それに紛れて“デーヴァ”の中に断片化してばら撒いて……それをひとつにまとめて、“僕”として起動させるためのトリガーだよ」
驚いてぽかんとするオージェに、ヴィトは笑ってみせる。
「もちろん、それだけでは止められないだろうけど……他は、今から考えよう」
プッと吹き出して、オージェはたちまち笑い出す。
「ヴィトって結構心配性だし、変なところで慎重よね」
「そうかな」
「そうね……神王の良識に期待……はわからないけど、もし神王が変なことしようっていうなら、わたしとヴィトで止めに行きましょうか」
「そうしてくれるとありがたいな」
うれしそうに目を細めて、ヴィトはオージェにキスをした。
「でもね、ヴィト。わたし、意外に大丈夫なんじゃないかって思ってるのよ」
「どうして?」
「だって、神王を基にして、ヴィトが生まれたんでしょう? なら、そんなに言うほど悪い人でもないのかもって」
「それは、期待しすぎじゃないかな」
楽観的なオージェの言葉はうれしいけれど、それは買い被りに過ぎるだろうと、ヴィトは苦笑した。
「それと……」
ヴィトは、もう一度オージェにキスをする。
「クラエスさんに、手紙を書かなきゃ」
「そうね……今までちっとも時間が取れなかったし、きっと心配してるわ」
「――ちゃんと魔導技術のこととか、教わりたいな」
「わたしも。魔術を使えるようになるのは無理でも、理論は全部覚えたいわ。クラエスさんの技術は、本当にすごかったんだから」
ふたりで顔を見合わせて、くすりと笑う。
「教えてもらうのはともかくとして、やっぱりこっそり会いに行く方法を考えようか。ちゃんと顔を見せに行きたいし」
「ちゃんと、クラエスさんに迷惑かけない方法でね」
くすくすと笑って、ふたりは立ち上がる。
「あ、そうだ。リコーちゃんのお父さんと、ちゃんと挨拶しなくちゃ」
「そうだね。あれこれ忙しくてろくに話もできなかったし。それに、アカシュさんたちも、あと数日で出発するんだよね」
「そうよ。ちょっと寂しくなるな」
あれこれと話をしながら、ヴィトとオージェは手を繋いで食堂を後にした。
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