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最終章 壊れた時計が指すものは

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 あれから全く咲良とは連絡を取ることもなく、何がどうなっているのかを俊哉に聞くこともできなかった。
 雅文は淡々と言葉を続けた。

「それからすぐに次の約束を取りつけて。毎週会って、つけたふりして、ずっとだまして生でやってた。寝てる間に荷物をあさって住んでる場所を探ったり、GPSのアプリを仕込んだり。──思いつくことは全部やった。最悪、別れられないように彼女の裸の写真を撮って、脅迫するために使おうとした。でないとまた咲良に逃げられると思った。……妊娠したって聞いた時、これで一緒にいられると思った」

 時折次の句をつまらせて、自分が彼女にして来たことを包みかくさず告白する。
 それは実際に言葉に出すと被害者の咲良だけでなく、自分自身も苦しめた。だが自らそれを語ることが、自分を助けてくれた恩人への最低限の義務だと思った。
 
「実家の方でも色々あって、また母親に邪魔されて……。調べた住所へ押しかけて、彼女の妹をおびえさせて──正直、自分でもその時のことは記憶が少しぼんやりしてる。でも、やったことは覚えてる。とにかく咲良に会いたくて、それだけで頭が一杯だった」

 力なく笑って首を振る。

「その後実家に閉じ込められて。逃げ出すチャンスをうかがいながら、ずっと咲良のことを思ってた。会えばきっと何もかも元通りになるはずだと思った。でもこうやって振り返ってみると……。彼女の方の事情なんて、一度も考えたことがなかった」

 前のベンチに腰かけた俊哉は、無言で話を聞いていた。
 しばらく黙って息をつき、雅文はコーヒーを飲み干した。

「……後はお前も知ってるだろ。咲良の部屋で彼女を脅して、強引にまた関係を持った。彼女が手に入らないことに絶望して、そのまま飛び降りて死のうとした。──あの時お前が来なければ、僕は多分、今、ここにいないよ」

 俊哉は無言のままだった。
 家に帰ると、友人は取り上げたパソコンを出して来て言った。

「これ。俺が処分していいか?」

 雅文が静かにうなずくと、その場で薄いパソコンを逆の形に折り曲げる。
 渾身の力を込めた俊哉の引きしまった二の腕が震え、バキバキと鈍い音が響いた。プラスチックの表面が割れて幾筋ものひびが入る。自分の前にそっと置かれた金属製のただの板に、雅文は小さく苦笑した。自分があれほど執着し、必死になって集めた彼女の情報は消え失せ、ゴミになった。

 ひと月たって秋が深まり、友人との生活にも慣れた頃、俊哉は初めて雅文一人に仕事を任せて出て行った。一日離れて家へともどり、その日の報告を聞いた後、真面目な顔で雅文に尋ねる。

「小田切さんが改めてお前に会いたいって。どうする? 会うか?」

 思いがけない問いかけに、雅文は一瞬言葉が出なかった。だがすぐに深くうなずく。
 次の日俊哉につきそわれ、雅文は初めて咲良がいるという璃子のマンションへ足を向けた。
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