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第一章 きらめきの日々
24.
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ヘタレな自分にほぞを噛みつつ、自身もスニーカーをはく。駅への道をたどりながら、今日の料理を復習するようしみじみ咲良にさとされた。だが雅文はうわの空で、先ほど自分が本当はどうすればよかったのかを考えていた。
夕方とはいえまだ暑い、大勢の人が行き交っている駅前のアーケードの中で、咲良は笑って雅文に言った。
「次に会うのはお盆の後ね」
雅文の中の煩悶に全く気づかないその顔に、雅文は苦笑しながらも次回があることの幸せを思った。
自分の思いを押しつけようとそんなにあせることはない。彼女の気持ちを考えて、受け入れてくれそうな余裕があったらその時にまた考えよう。
どこかほっとする結論に達し、雅文は口元に微笑みを乗せた。
「じゃ、また後で連絡するから」
雅文が咲良にそう言うと、背を向けかけた咲良が笑い、軽く右手を振ってくれた。
咲良の姿が人混みの中に吸い込まれたことを確認し、雅文はあわててきびすを返した。自宅にあるはずの胃腸薬を思い浮かべて速足になる。
安心感を覚えたせいか、確実な胃痛がもどっていた。
*
どこかおかしいと気がついたのは、電話口の咲良の口ぶりだった。
『ええと……だから、その……』
いつもは落ち着いた口調ながらも、しっかりと言葉を返して来る。そんな咲良がためらうように言葉をとぎれさせていた。
自分の胸にわき出した黒い不安をじっと抑えて、雅文は静かに問いかけた。
「日曜日、いそがしいってこと?」
引きとめる実家の母親をまるで振り払うような形で、雅文は暑い都内にもどった。荷物の片付けもそこそこに、次に咲良に会うために必要な資料を確認しようと、心を浮き立たせて連絡したのだ。
だがその返事ははかばかしくなく、雅文は深く眉をよせた。
──何かあったのか?
質問しようと口を開く前に、咲良が弱弱しく言った。
『あの……。ごめんなさい、日曜日は……』
「それじゃ、時間がある時に──」
あせりを感じた雅文が再びたずねかけた時、小さな声が遠慮がちに続けた。
『実は、やっぱり妹が塾に通うことになって。今まで本当にありがとう。この前お借りした本は、後で必ず返しに行くから』
雅文は思わず息を止めた。
おずおずと、まるで自分に最後の別れを告げているような、そんな頼りない咲良の声。初めて感じる不穏な空気に雅文は愕然とした。何か言おうとした瞬間、すでに電話が咲良の方から切られてしまっていることを知る。
「……ちょっと待てよ」
切れた通話に思わずつぶやき、雅文はスマホの画面を見つめた。
夕方とはいえまだ暑い、大勢の人が行き交っている駅前のアーケードの中で、咲良は笑って雅文に言った。
「次に会うのはお盆の後ね」
雅文の中の煩悶に全く気づかないその顔に、雅文は苦笑しながらも次回があることの幸せを思った。
自分の思いを押しつけようとそんなにあせることはない。彼女の気持ちを考えて、受け入れてくれそうな余裕があったらその時にまた考えよう。
どこかほっとする結論に達し、雅文は口元に微笑みを乗せた。
「じゃ、また後で連絡するから」
雅文が咲良にそう言うと、背を向けかけた咲良が笑い、軽く右手を振ってくれた。
咲良の姿が人混みの中に吸い込まれたことを確認し、雅文はあわててきびすを返した。自宅にあるはずの胃腸薬を思い浮かべて速足になる。
安心感を覚えたせいか、確実な胃痛がもどっていた。
*
どこかおかしいと気がついたのは、電話口の咲良の口ぶりだった。
『ええと……だから、その……』
いつもは落ち着いた口調ながらも、しっかりと言葉を返して来る。そんな咲良がためらうように言葉をとぎれさせていた。
自分の胸にわき出した黒い不安をじっと抑えて、雅文は静かに問いかけた。
「日曜日、いそがしいってこと?」
引きとめる実家の母親をまるで振り払うような形で、雅文は暑い都内にもどった。荷物の片付けもそこそこに、次に咲良に会うために必要な資料を確認しようと、心を浮き立たせて連絡したのだ。
だがその返事ははかばかしくなく、雅文は深く眉をよせた。
──何かあったのか?
質問しようと口を開く前に、咲良が弱弱しく言った。
『あの……。ごめんなさい、日曜日は……』
「それじゃ、時間がある時に──」
あせりを感じた雅文が再びたずねかけた時、小さな声が遠慮がちに続けた。
『実は、やっぱり妹が塾に通うことになって。今まで本当にありがとう。この前お借りした本は、後で必ず返しに行くから』
雅文は思わず息を止めた。
おずおずと、まるで自分に最後の別れを告げているような、そんな頼りない咲良の声。初めて感じる不穏な空気に雅文は愕然とした。何か言おうとした瞬間、すでに電話が咲良の方から切られてしまっていることを知る。
「……ちょっと待てよ」
切れた通話に思わずつぶやき、雅文はスマホの画面を見つめた。
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