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第一章 きらめきの日々
21.
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興味深そうにきょろきょろと周囲を見回していた咲良だったが、リビングの奥に備えつけられているキッチンに気がつき、声を上げた。
「あ、そうだ。買って来たものを冷蔵庫の中にしまわないと」
スリッパの音をぱたぱた鳴らして、ソファの上からキッチンへ持って来た荷物を移動させる。使ったことのないオーブンや、新品の器具の数々を咲良はじろじろ眺め回した。大きく肩をすくめた後で両開きの冷蔵庫を開ける。
「うわ、水しかない」
声を上げた咲良の背中に、雅文は昨夜の保冷庫の惨状を思い出した。
引っ越しの際に運転手の田村が部屋の片づけを手伝ってくれて、生活のために必要な食材も残して行ってくれたのだが、雅文は全く手をつけず──何度かチャレンジしてみたものの、やはり包丁は怖かった──、昨夜まで放置していたのだ。
すでに菌糸の繁殖は終わり、黒く干からびた食材を雅文は息をつめて処分した。水だけになった空っぽの中身は雅文の努力の賜物だ。
「じゃ、早速作ろうか」
湯を沸かすくらいしか使用したことのない気の毒なオープンキッチンに、咲良はベテラン主婦として大いにやる気を刺激されたらしい。まるで無い袖をまくるかようにむき出しの二の腕をなで上げると、広い作業台へと向かった。
──確か最初に、九月にある説明会について相談したいと言ってたような……。
ふとそんな考えが雅文の頭をかすめたが、黙って見守ることにした。咲良が袋の中身を取り出し、手際よく食材をより分ける。
ただ眺めているだけの家主を咲良はあきれ顔で見上げた。
「料理、覚えるんでしょ? とりあえずこれをざるにあけて」
ベテラン主婦の手下と化した気が回らないキッチンの持ち主は、後は彼女に言われるままに色々と役目を仰せつかった。包丁を持つ手も危なっかしい雅文の姿に嘆息し、咲良は包丁を使わなくても作れる品を教えてくれた。
「まずはできる所から。なめことわかめのお味噌汁なら、包丁がなくても作れるよ」
それから一時間が経過して、雅文はソファセットのテーブルに並んだ数々の皿に感動した。
「すごい。ちゃんと料理になってる」
一番初めに作った味噌汁と炊きたてのご飯から湯気が立ち、初めてできた野菜炒めには目玉焼きが添えられている。それに咲良が持って来たささみと梅肉の揚げ物と、青菜の胡麻和えが加わった。
フローリングに直に座って、雅文は咲良と割り箸を取った。
「いただきます」
感謝の挨拶もそこそこに、雅文は食事をかっこんだ。しつけの厳しい家で育った雅文にしては珍しく、脇で様子を見ていた咲良はくすくすと笑い声を上げた。
「あ、そうだ。買って来たものを冷蔵庫の中にしまわないと」
スリッパの音をぱたぱた鳴らして、ソファの上からキッチンへ持って来た荷物を移動させる。使ったことのないオーブンや、新品の器具の数々を咲良はじろじろ眺め回した。大きく肩をすくめた後で両開きの冷蔵庫を開ける。
「うわ、水しかない」
声を上げた咲良の背中に、雅文は昨夜の保冷庫の惨状を思い出した。
引っ越しの際に運転手の田村が部屋の片づけを手伝ってくれて、生活のために必要な食材も残して行ってくれたのだが、雅文は全く手をつけず──何度かチャレンジしてみたものの、やはり包丁は怖かった──、昨夜まで放置していたのだ。
すでに菌糸の繁殖は終わり、黒く干からびた食材を雅文は息をつめて処分した。水だけになった空っぽの中身は雅文の努力の賜物だ。
「じゃ、早速作ろうか」
湯を沸かすくらいしか使用したことのない気の毒なオープンキッチンに、咲良はベテラン主婦として大いにやる気を刺激されたらしい。まるで無い袖をまくるかようにむき出しの二の腕をなで上げると、広い作業台へと向かった。
──確か最初に、九月にある説明会について相談したいと言ってたような……。
ふとそんな考えが雅文の頭をかすめたが、黙って見守ることにした。咲良が袋の中身を取り出し、手際よく食材をより分ける。
ただ眺めているだけの家主を咲良はあきれ顔で見上げた。
「料理、覚えるんでしょ? とりあえずこれをざるにあけて」
ベテラン主婦の手下と化した気が回らないキッチンの持ち主は、後は彼女に言われるままに色々と役目を仰せつかった。包丁を持つ手も危なっかしい雅文の姿に嘆息し、咲良は包丁を使わなくても作れる品を教えてくれた。
「まずはできる所から。なめことわかめのお味噌汁なら、包丁がなくても作れるよ」
それから一時間が経過して、雅文はソファセットのテーブルに並んだ数々の皿に感動した。
「すごい。ちゃんと料理になってる」
一番初めに作った味噌汁と炊きたてのご飯から湯気が立ち、初めてできた野菜炒めには目玉焼きが添えられている。それに咲良が持って来たささみと梅肉の揚げ物と、青菜の胡麻和えが加わった。
フローリングに直に座って、雅文は咲良と割り箸を取った。
「いただきます」
感謝の挨拶もそこそこに、雅文は食事をかっこんだ。しつけの厳しい家で育った雅文にしては珍しく、脇で様子を見ていた咲良はくすくすと笑い声を上げた。
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