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番外編1 溺愛は初生け式の後で
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目の回るような年末が終わると、今度は華道協会主催で「初生け式」が行われる。
新年の門出を祝うため、はなやかな振り袖や羽織袴の生徒がひとところに集まって、いっせいに生け込みを披露するのだ。日頃ガサツなみのりだが、この時ばかりはさすがにあでやかな着物姿で参加する。
華道にかかわる人間の毎年の恒例行事なのだが、今年は雄基も見に来てくれた。会場内で見学している人垣の中に彼氏を見つけ、なれない晴れ着姿を見られてみのりは少々恥ずかしかったが、やっぱりうれしいものだった。
ただ問題があったのは、生け込みが終わった後のことだ。
生け込みの時、となりに座った羽織袴の大学生。これが実は支部長の息子で有名な女好きだった。
華道にかかわる人間なんて九割以上が女性(ただし、年代は団塊女子が圧倒的な割合をほこる)だし、初生けなんてどう考えても着かざった女性目当てだろう。しかし色っぽい人妻連がターゲットだと聞いていたのに、どこで宗旨替えをしたのかみのりにちょっかいを出して来た。
会場内での生け込みが終わり、協会本部から呼んだ講師の指導を待っている間、横の息子がふとした拍子にみのりへ顔をよせて来た。
「一ノ瀬先生の娘さんでしょ? 着物、似合うね。すごくかわいい」
すぐ耳元で歯の浮くようなお世辞を言われ、眉をよせる。くせ毛を流した長めの茶髪がみのりの頬をわずかにかすめ、背筋にぞわぞわと怖気が走った。
みのりはあわててのけぞって逃げ、その場は一応それですんだ。だが生け込み後に開催されたホテルの立食パーティーで、ふたたび顔を合わせてしまった。
ホールに着かざった人々があつまり、談笑の花が開く中、みのりは会った友達となごやかに笑い話をしていた。が、そばにいた友人がトイレに立ったそのすきに、なぜか例の支部長の息子がまたみのりのそばへよって来た。
「今日は本当におつかれさま」
ワイングラスを片手にかかげ、満面の笑みで告げて来る。
「……オツカレサマデシタ」
相手の酒気が伝わる様子に何だか嫌な予感を覚え、警戒しながら言葉を返す。
息子は愛想よく続けた。
「さっきはよく話せなかったから……みのりちゃん、だよね?」
どこをどう見ても不審者にちゃん付けで名前を呼ばれてしまい、心の中の警戒警報が最大音量で鳴りひびく。
しかし色恋ざたに関してはまだ初心者のみのりなど、相手にとってはチョロいものだったようだ。ふと気づいたようにその口を開いた。
「つめ、きれいだね。もしかしてつけ爪?」
「えっ、ちがいます」
松脂だらけの黒いつめを雄基に見られるのが恥ずかしく、バレないように仕事が終わると必死でつめの手入れをしたのだ。
あらためて指を前へ出すと、グラスを持たない方の手でそのつま先をにぎられた。ぎょっとしてはなそうとしたが、グラスの中の赤ワインが気になり強引な形でふり切れない。
──どうしよう。裏拳食らわせちゃったら確実にワインがこぼれるし。
クリーニング代を天秤にかけつつ思案をめぐらせているうちに、逆にそばへと引きよせられる。仕方なく手を出そうとした時、背後から低い声がした。
「──その手を離してください」
新年の門出を祝うため、はなやかな振り袖や羽織袴の生徒がひとところに集まって、いっせいに生け込みを披露するのだ。日頃ガサツなみのりだが、この時ばかりはさすがにあでやかな着物姿で参加する。
華道にかかわる人間の毎年の恒例行事なのだが、今年は雄基も見に来てくれた。会場内で見学している人垣の中に彼氏を見つけ、なれない晴れ着姿を見られてみのりは少々恥ずかしかったが、やっぱりうれしいものだった。
ただ問題があったのは、生け込みが終わった後のことだ。
生け込みの時、となりに座った羽織袴の大学生。これが実は支部長の息子で有名な女好きだった。
華道にかかわる人間なんて九割以上が女性(ただし、年代は団塊女子が圧倒的な割合をほこる)だし、初生けなんてどう考えても着かざった女性目当てだろう。しかし色っぽい人妻連がターゲットだと聞いていたのに、どこで宗旨替えをしたのかみのりにちょっかいを出して来た。
会場内での生け込みが終わり、協会本部から呼んだ講師の指導を待っている間、横の息子がふとした拍子にみのりへ顔をよせて来た。
「一ノ瀬先生の娘さんでしょ? 着物、似合うね。すごくかわいい」
すぐ耳元で歯の浮くようなお世辞を言われ、眉をよせる。くせ毛を流した長めの茶髪がみのりの頬をわずかにかすめ、背筋にぞわぞわと怖気が走った。
みのりはあわててのけぞって逃げ、その場は一応それですんだ。だが生け込み後に開催されたホテルの立食パーティーで、ふたたび顔を合わせてしまった。
ホールに着かざった人々があつまり、談笑の花が開く中、みのりは会った友達となごやかに笑い話をしていた。が、そばにいた友人がトイレに立ったそのすきに、なぜか例の支部長の息子がまたみのりのそばへよって来た。
「今日は本当におつかれさま」
ワイングラスを片手にかかげ、満面の笑みで告げて来る。
「……オツカレサマデシタ」
相手の酒気が伝わる様子に何だか嫌な予感を覚え、警戒しながら言葉を返す。
息子は愛想よく続けた。
「さっきはよく話せなかったから……みのりちゃん、だよね?」
どこをどう見ても不審者にちゃん付けで名前を呼ばれてしまい、心の中の警戒警報が最大音量で鳴りひびく。
しかし色恋ざたに関してはまだ初心者のみのりなど、相手にとってはチョロいものだったようだ。ふと気づいたようにその口を開いた。
「つめ、きれいだね。もしかしてつけ爪?」
「えっ、ちがいます」
松脂だらけの黒いつめを雄基に見られるのが恥ずかしく、バレないように仕事が終わると必死でつめの手入れをしたのだ。
あらためて指を前へ出すと、グラスを持たない方の手でそのつま先をにぎられた。ぎょっとしてはなそうとしたが、グラスの中の赤ワインが気になり強引な形でふり切れない。
──どうしよう。裏拳食らわせちゃったら確実にワインがこぼれるし。
クリーニング代を天秤にかけつつ思案をめぐらせているうちに、逆にそばへと引きよせられる。仕方なく手を出そうとした時、背後から低い声がした。
「──その手を離してください」
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