【完結】インキュバスな彼

小波0073

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番外編1 溺愛は初生け式の後で

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 目の回るような年末が終わると、今度は華道協会主催で「初生はついけ式」が行われる。

 新年の門出を祝うため、はなやかな振り袖や羽織袴の生徒がひとところに集まって、いっせいに生け込みを披露するのだ。日頃ガサツなみのりだが、この時ばかりはさすがにあでやかな着物姿で参加する。

 華道にかかわる人間の毎年の恒例行事なのだが、今年は雄基も見に来てくれた。会場内で見学している人垣の中に彼氏を見つけ、なれない晴れ着姿を見られてみのりは少々恥ずかしかったが、やっぱりうれしいものだった。
 ただ問題があったのは、生け込みが終わった後のことだ。

 生け込みの時、となりに座った羽織袴の大学生。これが実は支部長の息子で有名な女好きだった。
 華道にかかわる人間なんて九割以上が女性(ただし、年代は団塊女子が圧倒的な割合をほこる)だし、初生けなんてどう考えても着かざった女性目当てだろう。しかし色っぽい人妻連がターゲットだと聞いていたのに、どこで宗旨替えをしたのかみのりにちょっかいを出して来た。

 会場内での生け込みが終わり、協会本部から呼んだ講師の指導を待っている間、横の息子がふとした拍子にみのりへ顔をよせて来た。

「一ノ瀬先生の娘さんでしょ? 着物、似合うね。すごくかわいい」

 すぐ耳元で歯の浮くようなお世辞を言われ、眉をよせる。くせ毛を流した長めの茶髪がみのりの頬をわずかにかすめ、背筋にぞわぞわと怖気が走った。
 みのりはあわててのけぞって逃げ、その場は一応それですんだ。だが生け込み後に開催されたホテルの立食パーティーで、ふたたび顔を合わせてしまった。

 ホールに着かざった人々があつまり、談笑の花が開く中、みのりは会った友達となごやかに笑い話をしていた。が、そばにいた友人がトイレに立ったそのすきに、なぜか例の支部長の息子がまたみのりのそばへよって来た。

「今日は本当におつかれさま」

 ワイングラスを片手にかかげ、満面の笑みで告げて来る。

「……オツカレサマデシタ」

 相手の酒気が伝わる様子に何だか嫌な予感を覚え、警戒しながら言葉を返す。
 息子は愛想よく続けた。

「さっきはよく話せなかったから……みのりちゃん、だよね?」

 どこをどう見ても不審者にちゃん付けで名前を呼ばれてしまい、心の中の警戒警報が最大音量で鳴りひびく。
 しかし色恋ざたに関してはまだ初心者のみのりなど、相手にとってはチョロいものだったようだ。ふと気づいたようにその口を開いた。

「つめ、きれいだね。もしかしてつけ爪?」
「えっ、ちがいます」

 松脂だらけの黒いつめを雄基に見られるのが恥ずかしく、バレないように仕事が終わると必死でつめの手入れをしたのだ。
  あらためて指を前へ出すと、グラスを持たない方の手でそのつま先をにぎられた。ぎょっとしてはなそうとしたが、グラスの中の赤ワインが気になり強引な形でふり切れない。

──どうしよう。裏拳食らわせちゃったら確実にワインがこぼれるし。

 クリーニング代を天秤にかけつつ思案をめぐらせているうちに、逆にそばへと引きよせられる。仕方なく手を出そうとした時、背後から低い声がした。

「──その手を離してください」
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