【完結】インキュバスな彼

第二章 バレた後

１７．

「え？　雄基君、お花やめる？」

　一晩明けて、帰ったみのりはかつみの話に言葉をなくした。
　店舗で予約のアレンジにピンクのリボンをかけていたかつみは、ほっとため息をついて続けた。

「そうなの。急な話なんだけど、もう来週から来ないって。……何だか思いつめてたみたいで佐紀子さきこもびっくりしてたのよ。ずいぶん引きとめたんだけど──」

　どうやら雄基の母親からもかつみに連絡が行ったらしい。

「『もったいない』って佐紀子も言ってたの。受験の邪魔になるなんて、絶対そんなことないのにって。成績だって落ちてないし、むしろ息抜きになるんじゃない？　って……なのに」

　リボンをひらひらさせながらかつみは肩をすくめて続けた。

「あんた達、昨日何があったの。受験なんてそんな話、どう考えても言い訳でしょ？　あんたも何だか朝から暗いし……」

　進学校である緑陽は、二年生の後半になると受験勉強が始まるそうで、そろそろ本気で進路を考える時期に入ったとのことだった。そのため雄基は受験のために華道をやめると伝えたらしい。しかし、かつみはそんな雄基の言い訳などお見通しだったようだ。　
　二の句が継げなくなったみのりは思わず唇を噛みしめた。

　昨夜雄基が出て行った後、みのりも深く考えた。いろいろ事情はあるにせよ、いきなり彼に押し倒されたショックはやはり大きかった。そもそも思い返してみたら、リアルでの経験にかぎって言うならキスさえ昨日が初めてだ。
　ファーストキスがディープだなんて少女マンガじゃありえない。その上アレを押しつけられて欲情しながらもだえるとか、清純な女子高校生にあるまじき破廉恥すぎる反応だ。思い出すだけで頭痛がする。

　これだけ問題が山積みだと、今まで通りに彼と会うことは(歯止めがきかない自分の体的に)もうできないのではないか──そう考えていた矢先、まるで先手を打たれるように雄基の方から離れてしまった。かつみの話を聞きながら、何だか怒りさえわいて来る。

　みのりが好きだ、つきあいたい、という彼の一貫した要望を保留したのは確かに自分だ。しかし単純だった話をよくわからない形でこじらせたのは、そもそも雄基の方だろう。なのに勝手にこんな形で打ち切るように別れるなんて、どう考えても納得がいかない。
　腕組みをして考え込んだ娘に、かつみが眼鏡のむこうから心配そうな目を向けて来た。

「今あんた達どうなってるの？　電話に出た時、雄基君のほうもおかしかったし……。あんたに『あやまっておいてください』って何回も言われたわ。何があったのかは言わなかったけど」