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第一章 バレる前
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「あれ、雄基君、先週も自由花だったよね? 今日はお生花じゃなかったっけ」
なにげなくみのりがたずねた言葉に彼は口元を引きしめた。
荒けずりだが整った、はっきりとした顔立ちはどちらかと言えばスポーツマンタイプだ。みのりより二十センチは高いそのめぐまれた長身も、体育会系の雰囲気を十分にかもしだしている。実際、学校の部活動はサッカーをやっていると聞いたので、運動も嫌いではないのだろう。
原雄基。みのりと同じ年齢の高校二年生であり、母親同士が友人だ。小さい頃から彼の母親がかつみの教室にかよっていたため、彼も華道を習うようになった。どうやら向いていたようで、高校生になった今でも律義に教室にかよって来る。
その男らしい見た目とは裏腹に、大ざっぱなみのりなどよりよほど繊細な挿し方をする。花の配し方もセンスが良くて、彼が練習用の花材を一輪剣山に加えるだけで、作品が引き立つような気がした。自分の代わりに雄基が母親のアシスタントをしてもいいくらいだ。
だが、さすがに本人は女性ばかりの教室でお稽古に加わるのが恥ずかしいらしく、こうやって教室が始まる前にみのりの練習時間を使い、一緒にお稽古をやっている。
母親をのぞけば二人きりだし、かた苦しいのが苦手なみのりはあれこれと話題を振るのだが、どうやらお年頃らしい彼は「ああ」とか「うん」とか返事にならない言葉が返って来るばかりで、どうにも会話が進まないのだ。
──小学生の頃はもう少し、話もできたんだけどなあ。
みのりはひそかにため息をついた。
昔、母親と教室に通っていた時分の彼は、もっとしたしげに「みのりちゃん」と下の名前で呼んでくれた。少しはにかむようにしながらも楽しそうにお稽古をしてくれて、同級生の男子の中では一番仲がよかったと思う。
しかし中学、高校と時間がたって行くにつれ、やっぱり距離ができてしまって、今では何か用事がある時も「一ノ瀬」と名字呼びするありさまだった。こんなかたくなな関係で、「彼氏が欲しくなったから学校の友達を紹介してくれ」などと、お願いできるわけがない。
今日もひたすら無言のままでいつものようにお稽古を始めたが、始まってすぐ、みのりは大きく首をひねった。
何だか雄基の様子がおかしい。
横に腰かけている彼が、いつも以上に目を合わせない。むしろできるだけみのりのそばから離れようとしているらしく、ゴミを落としたみのりがそばにしゃがみ込もうものならば、あわてて立ち上がる動揺ぶりだ。
──なんだこれ。
みのりは深く眉をよせた。苦手意識を持たれているのはうすうす感じてはいたが、まさかこんなに嫌われているとは今まで思ってもみなかった。
──先週はここまでじゃなかったのに。
不可解なものを覚えつつ、とりあえず自身の課題を終える。おかしなことに完璧主義で、毎回枝の一振りも繊細に仕上げる彼なのに、今日の作品は見ているこっちがびっくりするほどガタガタだった。師匠のかつみも目を丸くして雄基の手直しを行っている。
「どうしたの? どこか具合でも悪いのかしら」
心配そうな母親の声に、みのりも深くうなずいた。
「そうだよ。なんか顔も赤いし……。大丈夫? つかれてるみたい」
「!」
みのりが伝えたなにげない言葉に、雄基がさらに動揺した。男らしい頬に朱を走らせてみのりの顔をじっと見下ろす。
みのりがきょとんとして見返すと、雄基は視線を泳がせた。
「だ、……大丈夫。それじゃ、また」
それだけ言って、あわてたように道具を片づけて部屋を出て行く。
残された親子はあっけにとられ、大きな背中が消えたドアをしばらくの間見つめていた。
なにげなくみのりがたずねた言葉に彼は口元を引きしめた。
荒けずりだが整った、はっきりとした顔立ちはどちらかと言えばスポーツマンタイプだ。みのりより二十センチは高いそのめぐまれた長身も、体育会系の雰囲気を十分にかもしだしている。実際、学校の部活動はサッカーをやっていると聞いたので、運動も嫌いではないのだろう。
原雄基。みのりと同じ年齢の高校二年生であり、母親同士が友人だ。小さい頃から彼の母親がかつみの教室にかよっていたため、彼も華道を習うようになった。どうやら向いていたようで、高校生になった今でも律義に教室にかよって来る。
その男らしい見た目とは裏腹に、大ざっぱなみのりなどよりよほど繊細な挿し方をする。花の配し方もセンスが良くて、彼が練習用の花材を一輪剣山に加えるだけで、作品が引き立つような気がした。自分の代わりに雄基が母親のアシスタントをしてもいいくらいだ。
だが、さすがに本人は女性ばかりの教室でお稽古に加わるのが恥ずかしいらしく、こうやって教室が始まる前にみのりの練習時間を使い、一緒にお稽古をやっている。
母親をのぞけば二人きりだし、かた苦しいのが苦手なみのりはあれこれと話題を振るのだが、どうやらお年頃らしい彼は「ああ」とか「うん」とか返事にならない言葉が返って来るばかりで、どうにも会話が進まないのだ。
──小学生の頃はもう少し、話もできたんだけどなあ。
みのりはひそかにため息をついた。
昔、母親と教室に通っていた時分の彼は、もっとしたしげに「みのりちゃん」と下の名前で呼んでくれた。少しはにかむようにしながらも楽しそうにお稽古をしてくれて、同級生の男子の中では一番仲がよかったと思う。
しかし中学、高校と時間がたって行くにつれ、やっぱり距離ができてしまって、今では何か用事がある時も「一ノ瀬」と名字呼びするありさまだった。こんなかたくなな関係で、「彼氏が欲しくなったから学校の友達を紹介してくれ」などと、お願いできるわけがない。
今日もひたすら無言のままでいつものようにお稽古を始めたが、始まってすぐ、みのりは大きく首をひねった。
何だか雄基の様子がおかしい。
横に腰かけている彼が、いつも以上に目を合わせない。むしろできるだけみのりのそばから離れようとしているらしく、ゴミを落としたみのりがそばにしゃがみ込もうものならば、あわてて立ち上がる動揺ぶりだ。
──なんだこれ。
みのりは深く眉をよせた。苦手意識を持たれているのはうすうす感じてはいたが、まさかこんなに嫌われているとは今まで思ってもみなかった。
──先週はここまでじゃなかったのに。
不可解なものを覚えつつ、とりあえず自身の課題を終える。おかしなことに完璧主義で、毎回枝の一振りも繊細に仕上げる彼なのに、今日の作品は見ているこっちがびっくりするほどガタガタだった。師匠のかつみも目を丸くして雄基の手直しを行っている。
「どうしたの? どこか具合でも悪いのかしら」
心配そうな母親の声に、みのりも深くうなずいた。
「そうだよ。なんか顔も赤いし……。大丈夫? つかれてるみたい」
「!」
みのりが伝えたなにげない言葉に、雄基がさらに動揺した。男らしい頬に朱を走らせてみのりの顔をじっと見下ろす。
みのりがきょとんとして見返すと、雄基は視線を泳がせた。
「だ、……大丈夫。それじゃ、また」
それだけ言って、あわてたように道具を片づけて部屋を出て行く。
残された親子はあっけにとられ、大きな背中が消えたドアをしばらくの間見つめていた。
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