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番外編1 柳沢笑香の完璧な恋人
98.初恋と卵焼き、再び 22
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「あ」
その時、ちょうど洗面所を出た史郎と顔を突き合わせた。まだその髪が濡れている。だが幸いにも史郎はTシャツとハーフパンツを身に着けていた。
「なんだ、そっちにいたのか。部屋にいると思ったのに」
甘えた声でささやきながら笑香の方へと身をよせて来る。
笑香は背中を硬直させた。開いたままの扉の向こうから雅史がこちらを見つめているのだ。引きつった笑香の顔を見て、史郎が何事かと眉をひそめた。そして幾分目をすがめ、見えづらそうにリビングの方へと切れ長の瞳をさし向ける。その表情が見る見るうちに険しくなった。
「……何でいるんだ」
史郎の剣呑な声色に笑香は体をすくませた。自分は何も悪くないのだが、この場にいることにいたたまれなくなる。
「すぐに出るから。ワイシャツを取りに来ただけだ。得意先と会う用があってね」
苦笑いを含んだ口調で笑香の背後から雅史が答えた。史郎は舌打ちした後で、雅史の言葉に投げやりに告げた。
「部屋。クリーニングからもどって来たやつ、いつもの場所に置いたから。早く行けよ」
笑香の腕を乱暴につかみ、自室へと向かおうとする。だが笑香が抵抗し、明らかな非難のまなざしで自分を見ていることに気づくと、唇の端をねじ曲げた。笑香に何かを言いかけて、自分の部屋で鳴っているスマホの着信音に気づく。
史郎が一人で部屋に向かうと笑香は小さくため息をついた。そして、リビングに立ったままの雅史の方を振り返った。
「悪かったね。君にも随分迷惑をかけているようで、本当にすまない」
不遜な一人息子の態度に重々慣れているらしく、雅史はただ肩をすくめていた。笑香は強く眉をしかめながら廊下へと出る扉を閉めた。
──全く、もう。史郎君ったら……!
後で何ととがめられようとも、笑香は彼に逆らう素振りを謝る気にはなれなかった。やっぱり史郎の父親に対する姿勢は失礼だと思う。
「もう出るよ。これ以上ここにいたら、二度とここに帰って来られなくなりそうだ」
雅史からかけられた言葉に、笑香は思い切って口を開いた。
「あ、あの……!」
どうしても笑香は雅史にたずねたいことがあったのだ。それは今の機会を逃せば二度と聞けないような気がした。
雅史はわずかに首をかしげた。史郎によく似た雅史のしぐさに笑香は一度口ごもった。だが、すぐにはっきりと伝える。
「どうしておじさんは、私が史郎君と一緒にいることを許してくださるんですか?」
雅史は小さく眉尻を上げた。
その時、ちょうど洗面所を出た史郎と顔を突き合わせた。まだその髪が濡れている。だが幸いにも史郎はTシャツとハーフパンツを身に着けていた。
「なんだ、そっちにいたのか。部屋にいると思ったのに」
甘えた声でささやきながら笑香の方へと身をよせて来る。
笑香は背中を硬直させた。開いたままの扉の向こうから雅史がこちらを見つめているのだ。引きつった笑香の顔を見て、史郎が何事かと眉をひそめた。そして幾分目をすがめ、見えづらそうにリビングの方へと切れ長の瞳をさし向ける。その表情が見る見るうちに険しくなった。
「……何でいるんだ」
史郎の剣呑な声色に笑香は体をすくませた。自分は何も悪くないのだが、この場にいることにいたたまれなくなる。
「すぐに出るから。ワイシャツを取りに来ただけだ。得意先と会う用があってね」
苦笑いを含んだ口調で笑香の背後から雅史が答えた。史郎は舌打ちした後で、雅史の言葉に投げやりに告げた。
「部屋。クリーニングからもどって来たやつ、いつもの場所に置いたから。早く行けよ」
笑香の腕を乱暴につかみ、自室へと向かおうとする。だが笑香が抵抗し、明らかな非難のまなざしで自分を見ていることに気づくと、唇の端をねじ曲げた。笑香に何かを言いかけて、自分の部屋で鳴っているスマホの着信音に気づく。
史郎が一人で部屋に向かうと笑香は小さくため息をついた。そして、リビングに立ったままの雅史の方を振り返った。
「悪かったね。君にも随分迷惑をかけているようで、本当にすまない」
不遜な一人息子の態度に重々慣れているらしく、雅史はただ肩をすくめていた。笑香は強く眉をしかめながら廊下へと出る扉を閉めた。
──全く、もう。史郎君ったら……!
後で何ととがめられようとも、笑香は彼に逆らう素振りを謝る気にはなれなかった。やっぱり史郎の父親に対する姿勢は失礼だと思う。
「もう出るよ。これ以上ここにいたら、二度とここに帰って来られなくなりそうだ」
雅史からかけられた言葉に、笑香は思い切って口を開いた。
「あ、あの……!」
どうしても笑香は雅史にたずねたいことがあったのだ。それは今の機会を逃せば二度と聞けないような気がした。
雅史はわずかに首をかしげた。史郎によく似た雅史のしぐさに笑香は一度口ごもった。だが、すぐにはっきりと伝える。
「どうしておじさんは、私が史郎君と一緒にいることを許してくださるんですか?」
雅史は小さく眉尻を上げた。
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