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番外編1 柳沢笑香の完璧な恋人

70.懐古八景 30

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 帰って来た初音と勇人に特に怪しまれることもなく、その場は事なきを得たのだが、その後、かわいそうなくらいにしょげ返る彼をなぐさめる方が大変だった。

 よほど反省したらしく、その後の史郎はどんなに気がせいていても、一度放出するごとに必ずゴムをつけ替えるようになった。また、短時間に行うことがどうやらトラウマになったようで──予想以上に初音と勇人が早く帰って来たせいで、冷静さを欠いた史郎がさらにあわててしまったのだ──確実に時間が取れなければ、例え笑香と二人きりになっても性行為にまでは及ばなかった。
 そのため笑香は、史郎が「以前より紳士的になった」とすっかり勘違いしてしまったのだが、今回の旅行のせいでそれは単に彼が本性を隠し通していただけだ、ということがよくわかった。

──でもまあ、今までかなり頑張って我慢してたみたいだし、少しくらいなら言うことを聞いてあげようかな。

 笑香はぼんやりとそんなことを考えながら、使用したテキストをそろえている、眼鏡をかけた彼の理知的な横顔を眺めた。しかしそれが笑香の甘い所で、親身になって教えてくれた桜田の的確な忠告に背き、まんまと史郎につけ入るすきを与えることになるのだが、笑香はいまだにそれを理解していなかった。

「で? 夕飯、作ってくれるんだろ。僕は手伝わなくていいのか」

 使った参考書の類をきちんと元の棚にもどしながら、史郎が笑香に問いかけた。笑香は椅子から立ち上がり、史郎の顔を見上げて言った。

「それは手伝ってくれた方がいいけど」

 また何か、恩を売られるようなことを口に出されたらかなわない。そんな考えが表情に出たらしく、史郎は苦笑して言葉を重ねた。

「君にまかせたら味付けが全部激甘になりそうだ。勇人がいる時はしょうがないけど、今日くらいはせめて普通にしてくれよ」

「激辛」から「普通」に抑えられた史郎のさりげない訂正に、笑香は唇をほころばせた。
 何だかんだと言いながらも最終的に史郎は優しい。なのに、なぜ初めはわざわざ露悪的な態度を取って見せるのか。素直な性格の笑香には、彼の屈折した考えがさっぱりわからなかった。
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