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番外編1 柳沢笑香の完璧な恋人

53.懐古八景 13

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 笑香は言葉を失った。
 史郎は深くため息をついた。

「さっき、僕が支倉さんは足を悪くして退職したって言っただろ。……そうだよ。実は僕のせいなんだ。僕が足の上に落ちたせいで、支倉さんは病院に運ばれて……。そのまま入院した支倉さんは二度ともどって来なかった。僕はそれで完全に実家に未練がなくなって、それまでずっと考えてた、君がいる隣の家に帰ろうって計画を実行したんだ。──君にはいい迷惑だったけどな」
「そんなふうに言わないで」

 笑香は怒ったふうな口ぶりで、今自分の横に立っている、すでに成長した史郎に伝えた。
 いや、完全に怒っていた。幼い史郎に覆いかぶさる、悲劇ともいえる境遇に。次々と襲いかかる試練に。どうして彼だけがこんなにもひどい目に合わなければならなかったのか。そして、それには過去の自分が複雑に絡み合ってもいたのだ。

 自身の代わりに小さな自分の哀れな姿に憤っている、笑香の紅潮した頬を見つめて、史郎はわずかに微笑んだ。

「ごめん。こんな暗い話、本当はしたくなかったんだけど。──昔、支倉さんがさ。もしいつか僕に信頼できる人ができて、話を聞いてくれそうだったら、僕にとってはつらい話もちゃんと話しておいた方がいいって。そうすれば、それが将来傷になって揉めることもないし、むしろその相手との信頼関係が深まるから、機会があるなら言っておけって僕に教えてくれたんだ。……まあ、こんな難しい言葉で子供の僕に言った訳じゃないけど、大体そんな内容だった。その時は、僕にそんな相手ができるなんて思ってもいなかったし、けっこう反発しながら聞いてたけど」

 柔らかなまなざしを前に向け、史郎は再びその口元をほころばせた。

「まさかこんな日が来るなんてな。本当に思いもしなかった。──ありがとう、聞いてくれて」

 笑香は史郎の体に身をよせ、その右腕にしがみついた。史郎は優しく笑香を見下ろし、笑香の頬にあいている左の手のひらをそっとふれさせた。

「誰も見てなければ、ここで君にキスする所だけど……。もう少しだけ我慢するよ」

 そこで史郎は顔を上げた。目線の先に手を振りながら二人へと近づいて来る、小柄な少年の姿が見える。
 笑香はあわてて史郎の腕から手を離した。そんな笑香に史郎は苦笑し、眼鏡を前の少年に向けた。
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