209 / 293
番外編1 柳沢笑香の完璧な恋人
37.柳沢笑香の完璧な恋人 37※
しおりを挟む
「……史郎君」
笑香はそっと名を呼んだ。
史郎は答えない。
「ごめんね、史郎君」
笑香が再び声をかけると、史郎の背中がぴくりと動いた。
「私、何も知らなくて……」
笑香がうつむいて続けると、史郎の小さな声が答えた。
「どうせ、君も僕のことを汚いって思うんだろ」
その疲れたような響きに笑香ははっとして史郎を見た。
そのままの格好で史郎は言った。
「祖母に言われたんだ。お前は汚いって。やっぱりあの母親の子だって。僕がいくら僕から誘ったんじゃないって言っても聞いてくれなくて……。誰も僕を信じてくれなかった。僕を信じてくれたのは、湯浅さんと支倉さんだけだった。──僕が本当に自分のことを嫌いになったのはそのせいだ」
史郎の昔の心の傷をえぐったことに笑香は気づいた。たまらなくなって彼にかけより、以前よりも広く見える背中にそっと自分の頬をよせる。
──この人は、一体いくつの傷を抱えているんだろう。
「ごめん。ごめんね史郎君」
背中をなでて、何度も謝る。
「私、ちょっとだけやきもち焼いてたの。自分にあんまり自信がなくて……。だって史郎君、本当に完璧なんだもの。今日だって、私なんかがそばにいて釣り合ってるのかなってずっと思ってた。だから他に誰か女の人がいたんだって聞いた時、その人の方が史郎君にぴったりだったんじゃないのかなって、私──」
史郎がゆっくりと起き上がった。笑香の方へと顔を向ける。母親によく似た切れ長の瞳がひどくつらそうにゆがめられた。
「たのむよ。僕を見捨てないでくれ。僕の何が完璧なんだ? 僕には君しかいない。僕には本当に君だけなんだ。もし君に見捨てられたらどうしていいかわからない。……僕は君じゃなきゃだめなんだ」
切々と訴えるその声に、笑香は再び胸が熱くなるのを感じ取った。
「史郎君……!」
史郎の首筋に手を回す。史郎が強い腕の力で笑香の背中を抱きしめた。笑香が自分の顔を上げ、彼の口元に唇をよせると、たまらなくなったように深く唇を合わせて来る。自分から舌を求める笑香に激しく舌を吸い上げた。
「ん……!」
笑香が甘い吐息を漏らすと、史郎はさらにきつく笑香を抱きすくめた。壊されてもいい、と笑香は思った。このひとになら、私はこわされてもいい。
だが息が止まる寸前で史郎の腕から力が抜けた。重ねた唇をそっと離すと、淡く切ない微笑みを見せる。
「部屋に行こう。もう一度、始めからやり直そう」
笑香はにこりと笑いかけた。そして史郎がかけていた毛布に指をのばす。
腰へと落ちた毛布を取り去り、笑香の手のひらが自分の下腹をまさぐって来るのに気がついて、史郎は明らかに動揺した。
笑香はそっと名を呼んだ。
史郎は答えない。
「ごめんね、史郎君」
笑香が再び声をかけると、史郎の背中がぴくりと動いた。
「私、何も知らなくて……」
笑香がうつむいて続けると、史郎の小さな声が答えた。
「どうせ、君も僕のことを汚いって思うんだろ」
その疲れたような響きに笑香ははっとして史郎を見た。
そのままの格好で史郎は言った。
「祖母に言われたんだ。お前は汚いって。やっぱりあの母親の子だって。僕がいくら僕から誘ったんじゃないって言っても聞いてくれなくて……。誰も僕を信じてくれなかった。僕を信じてくれたのは、湯浅さんと支倉さんだけだった。──僕が本当に自分のことを嫌いになったのはそのせいだ」
史郎の昔の心の傷をえぐったことに笑香は気づいた。たまらなくなって彼にかけより、以前よりも広く見える背中にそっと自分の頬をよせる。
──この人は、一体いくつの傷を抱えているんだろう。
「ごめん。ごめんね史郎君」
背中をなでて、何度も謝る。
「私、ちょっとだけやきもち焼いてたの。自分にあんまり自信がなくて……。だって史郎君、本当に完璧なんだもの。今日だって、私なんかがそばにいて釣り合ってるのかなってずっと思ってた。だから他に誰か女の人がいたんだって聞いた時、その人の方が史郎君にぴったりだったんじゃないのかなって、私──」
史郎がゆっくりと起き上がった。笑香の方へと顔を向ける。母親によく似た切れ長の瞳がひどくつらそうにゆがめられた。
「たのむよ。僕を見捨てないでくれ。僕の何が完璧なんだ? 僕には君しかいない。僕には本当に君だけなんだ。もし君に見捨てられたらどうしていいかわからない。……僕は君じゃなきゃだめなんだ」
切々と訴えるその声に、笑香は再び胸が熱くなるのを感じ取った。
「史郎君……!」
史郎の首筋に手を回す。史郎が強い腕の力で笑香の背中を抱きしめた。笑香が自分の顔を上げ、彼の口元に唇をよせると、たまらなくなったように深く唇を合わせて来る。自分から舌を求める笑香に激しく舌を吸い上げた。
「ん……!」
笑香が甘い吐息を漏らすと、史郎はさらにきつく笑香を抱きすくめた。壊されてもいい、と笑香は思った。このひとになら、私はこわされてもいい。
だが息が止まる寸前で史郎の腕から力が抜けた。重ねた唇をそっと離すと、淡く切ない微笑みを見せる。
「部屋に行こう。もう一度、始めからやり直そう」
笑香はにこりと笑いかけた。そして史郎がかけていた毛布に指をのばす。
腰へと落ちた毛布を取り去り、笑香の手のひらが自分の下腹をまさぐって来るのに気がついて、史郎は明らかに動揺した。
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜
長月京子
ホラー
【第8回ホラー・ミステリー小説大賞にエントリー中です。楽しんでいただけたら投票で応援していただけると嬉しいです】
自分と目をあわせると、何か良くないことがおきる。
幼い頃からの不吉な体験で、葛葉はそんな不安を抱えていた。
時は明治。
異形が跋扈する帝都。
洋館では晴れやかな婚約披露が開かれていた。
侯爵令嬢と婚約するはずの可畏(かい)は、招待客である葛葉を見つけると、なぜかこう宣言する。
「私の花嫁は彼女だ」と。
幼い頃からの不吉な体験ともつながる、葛葉のもつ特別な異能。
その力を欲して、可畏(かい)は葛葉を仮初の花嫁として事件に同行させる。
文明開化により、華やかに変化した帝都。
頻出する異形がもたらす、怪事件のたどり着く先には?
人と妖、異能と異形、怪異と思惑が錯綜する和風ファンタジー。
(※絵を描くのも好きなので表紙も自作しております)
第7回ホラー・ミステリー小説大賞で奨励賞
第8回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。
ありがとうございました!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)


鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる