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番外編1 柳沢笑香の完璧な恋人

27.柳沢笑香の完璧な恋人 27

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 今二人きりの状況で史郎がはめを外しがちなのは、ここで彼が感じている寂しさの裏返しかもしれない。やはり今日は考えすぎずに彼の望みにつきあってやろう。

「ここにいたのか」

 キッチンから史郎の声がして、笑香は振り返った。廊下にいくつか並んでいた扉の中の一枚が、直接キッチンへと通じている入り口のドアだったらしい。
 長袖のTシャツとスウェット姿の史郎は眼鏡をかけていて、笑香の家でくつろいでいるいつもの姿とは異なっていた。

「部屋にいないから、どこに行ったのかと思った。荷物はあるし、帰った訳じゃないとは思ったけど」

 史郎は言いながらキッチンに入った。
  確実に彼の城であろう使いやすそうなキッチンは、離れたリビングのソファにいる笑香からでも、きれいに片付けられていることが見て取れた。以前の家と同様に無駄なものは何一つなく、あるべき場所にあるべきものが備えられているのだろう。

 そんな几帳面なはずの彼が、なぜ雑然とした笑香の家に出入りできるのかよくわからない。特に「かたづけろ」と口を出す訳でもなく、時々ふと笑香が気づくと、勇人が散らかした箇所を黙々と史郎がかたづけていたりする。

「史郎君、けっこう目が悪かったんだね」

 そう笑香がたずねると、冷蔵庫からお気に入りのミネラルウォーターを出していた史郎は、笑香に眼鏡のフレームを向けた。

「最近特に悪くなったみたいだ。成長期は近視の進み具合が早いらしい」

 五百ミリリットル入りのペットボトルを二本、手に持った史郎がやって来て、笑香の隣に腰を下ろす。渡されたミネラルウォーターを受け取りながら笑香は続けた。

「おじさん、いつも何時頃帰って来るの?」
「曜日によっても違うけど、大体十時だ。夕飯がいらない時は一応連絡して来るよ。一度作っておいたのにそのまま帰って来なかったから、親父が使ってた食器ごと全部ゴミ箱に捨ててやった。そうしたら、必ず連絡をよこすようになった」

 唇の端に笑みを浮かべる、底意地の悪い史郎の笑いを久しぶりに目の前にして、笑香は心から雅史に同情した。

「湯浅さんと一緒に早く帰って来る時もある。その時はあらかじめ湯浅さんが僕に連絡してくれるから、親父と湯浅さんの二人分をテーブルに用意しておくんだ。週一とは言わないけど、けっこう多いよ。そのまま湯浅さんがここに泊まっていくこともあるし」
「本当に主婦みたいね」

 笑香がくすくす笑って答えると、史郎は小さく肩をすくめた。

「世の中の主婦がどれだけ旦那につきあわされて大変か、僕には手に取るようにわかるよ。こっちはこっちでやることがあるんだ。湯浅さんなんか、ビールを飲みながらここでよく寝てるからね。片付かなくて本当に困る」

 目に見えるような光景に思わず笑香は微笑んだ。そんなに心配しなくても、史郎は史郎でそれなりに楽しく生活しているらしい。
 その時、笑香は「あ」と声を上げた。史郎が目を丸くする。

「何だ、どうしたんだ?」
「史郎君、私達のことを湯浅さんに話したでしょ!? 私達がどういう関係か知ってて、湯浅さん、史郎君に協力したってこと!?」
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