【完結】優等生の幼なじみは私をねらう異常者でした。

小波0073

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第五章 夢の終わり

33.

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 笑香の大きな気持ちのありように、僕は深く感じ入った。
 さすが僕が見込んだ彼女だけのことはある。

「君は、強いね」

 僕があらためてつぶやくと、笑香はいたずらっぽい目で言った。

「史郎君に鍛えられたもの」
「……僕のせいかよ」

 僕がぼやくと、笑香はこらえきれないようにくすくすと笑い続けた。口元をへの字に曲げた僕に、ふと思い出したようにたずねる。

「──そうだ。史郎君、あの時私の名前を呼んでくれた?」

 笑香の言葉に、僕は顔を上げた。
 笑香は僕を見て言った。

「まだ集中治療室にいた時、小さい頃の夢を見たの。暗い中で、どこに行ったらいいのか全然わからなくなっちゃって。そうしたら知らない女の人が出て来て、『一緒に行く?』って聞かれてね。──その人について行こうとしたら、ちっちゃい史郎君の呼ぶ声が聞こえて」

 目を見開いている僕を見て、笑香が唇に笑いを浮かべる。

「『えみかちゃーん』って呼びながら、すごい勢いで泣き出したの。私、女の人と思わず顔を見合わせちゃって。『どうする? あっちに行ってあげる?』って言われたから、『うん』ってうなずいたのよ。……それで女の人が最後に握手してくれて。『気をつけて。──あの子をよろしくね』って、私に手を振ってくれたの」

 僕は天井を見上げると、目頭に熱くたまった涙を見せないようにじっとこらえた。
 ずいぶん二人の間で僕が情けないことになってるじゃないか。

「史郎君。もしかしてあの時、私のことを呼んでくれた?」
「──かもね」

 自分に関する扱いがくやしくて、僕は素直に笑香の話を認めなかった。笑香がそんな僕の様子をおだやかな表情で見守っている。
 午後の柔らかな日差しの中で、僕は笑香と自分をつなぐたしかな絆を感じていた。

「ほら。もう午後の回診の時間でしょ。早く部屋に帰りなさいよ」

 笑みを含んだ口調で言われ、僕はしゃがれた声で答えた。

「キスしてくれたら、もどってもいいよ」

 すきを見て拳で目をこする。また出た、と言いたげな笑香に僕はにやりと笑って見せた。

「いつものように、軽くでいいから。……ほら」

 そう言い出したらてこでも動かない僕をわかっているために、笑香はあきらめたようにため息をついた。
 周囲の様子をうかがうと、誰も見ていないことを確認した上で、僕の方へと顔をよせて来る。
 僕は自分の目を閉じた。
 笑香の気配が僕に近づく。わずかに香る、笑香の甘いシャンプーの匂い。

「史郎君、回診の時間だよ」

 湯浅さんの声が病室に響いた。
 笑香の気配がぱっと離れた。くそ、後少しだったのに。

「ほら、また先生に叱られるよ。ミネラルウォーター、買って来たから」

 半分開いたカーテンの向こうから湯浅さんが顔をのぞかせた。手に持っていたペットボトルの容器を僕に振って見せる。ちなみに、湯浅さんが看護師達につけられたあだ名は「セバスチャン」だ。

「……もういいです」

 僕はむくれてつぶやいた。
 カーテンの陰にかくれていたせいで、湯浅さんは僕がなぜ不機嫌なのか、わかっていないようだった。
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