【完結】優等生の幼なじみは私をねらう異常者でした。

小波0073

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第五章 夢の終わり

19.

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 支倉さんは、僕が父の実家にいた時、住み込みで働いていたベテランの家政婦さんだ。
 僕にとっては祖母と対極の優しいおばあさんのような存在で、今隣にいる湯浅さんと同様僕に色々良くしてくれた。支倉さんがいなければ、僕はここまでこまごまと家事を覚えることはできなかっただろう。
 だが僕が実家を出る前に足を悪くしてしまい、そのまま退職してしまった。僕が学校の階段から落ち、転校することになったのはそのすぐ後だ。

「……会いたいですね。支倉さんにも」

 僕がつぶやくように言うと、湯浅さんは胸を叩いた。

「連絡先を聞いておいたから、史郎君にも教えてあげるよ。後で電話するといい」

 僕は微笑みを浮かべた。そして笑香の言葉を思い出す。

──よかった。史郎君にも長野に会いたい人がいるんだね。

 そうだ。支倉さんにも話したいことがたくさんある。支倉さんの得意な料理を作れるようになったこと。……支倉さんに言われた通り、こんな僕にも大切な人ができたこと。

「今日は忙しかったから、今度は彼女も連れて来て僕に紹介してくれよ。夕飯くらいごちそうするから」

 笑みを含んだ優しい声で湯浅さんが僕に言う。車窓を流れる景色を見ながら、僕は再び微笑んだ。

「そうですね。もう少し落ち着いたら、そのうちに」

 目に見えるようななごやかな光景。いつか二人を引き合わせたら、きっと二人は僕の悪口で明るく盛り上がることだろう。
 僕は温かい気持ちを胸に、帰る駅への道を眺めていた。

     *

 僕達の期末が終わり、十二月の始めの街は年末のせわしない空気を迎えていた。勇人はクリスマスの準備にうかれ、サッカーの練習の合間にもプレゼントのリクエストを変更して、すでに準備をすませてしまったおばさんをこまらせていた。

 僕の成績は相変わらずだが、今回僕がいつも以上に教えた笑香の成績は、すべての教科で成果が出た。さすがにばててはいたものの、その見違えるような成績はおばさんや教師を驚かせ、うまく行けば僕の代わりに首席につく日は近いだろう。

 あの後、笑香のおじさんとは一度も顔を合わせていないが、おじさんの病気の治療については笑香やおばさんから聞いていた。あれから専門の医師に相談し、依存症者の断酒会にも真面目に通い出したという。
 僕はほっと胸をなで下ろした。
 僕のようなあんな思いは、もう笑香達にして欲しくない。

 そしてよく晴れた日曜日の朝。僕は引っ越しの準備をかねて、少し早めの大掃除に取りかかっていた。折れた肋骨の経過は順調で、傷が完全に癒えるまでにはまだ一か月ほどかかるらしいが、今の日常生活の上ではほとんど問題を感じない。

 たまった書類や読まない雑誌をリビングで整理していると、ふと僕はサイドボードに置いたペン立てが気になった。僕が見たことのないボールペンが、他の幾本かのペンと一緒に無造作に差し込まれている。
 僕は一瞬眉根をよせた。首をかしげてペン立てに近づく。
 こんなもの、僕は買った覚えがない。父親が残して行ったのだろうか。
 僕がそのペンを取ろうとした時、リビングの開いた窓から勇人の呼ぶ声がした。

「お兄ちゃん。お姉ちゃんが、一緒に写真撮ろうって」
「わかった。すぐ行くよ」

 僕は大きな声で答えた。きびすを返して、玄関へと足を向ける。
 そしてそのまま、僕は見慣れないペンのことなど頭からきれいに忘れてしまった。
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