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第五章 夢の終わり

8.

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「ああ」

 僕は答えると、そっと勇人の背を押した。あきらめたように勇人が靴を脱ぐ。

「入って。お父さんが待ってるから」

 笑香に言われ、僕も玄関から中に上がった。
  久しぶりに見たリビングは、僕が知っているものと違ってどこか殺風景に感じられた。棚の上にあった花瓶やおばさんの好きな観葉植物が、テレビの横や出窓の台から一切なくなっている。そのかわり、部屋にはかすかな異臭が漂っていた。

 僕はなんとなく知っていた。これはまだ僕が幼い頃に、乱れた生活をしていた母と暮らしていた時の部屋の記憶だ。
 ここに住むようになってからは笑香の家族とつきあう手前、母も気を使うようになったが、前はまったく帰らない父に当てつけるような暮らしをしていた。それがまた、反りが合わない祖母の怒りの種にもなっていたのだが。
 暗い記憶を引きずり出され、僕は暗澹たる思いにかられた。

「かけなさい」

 テーブルについていたおじさんは、白いワイシャツとスラックス姿で、一見するとまるでこれから仕事に出かけるようだった。だが黒ずんでみえる顔とシャワーを浴びたばかりの白髪が、異様な雰囲気をかもしだしている。

 僕は黙っていすを引き出し、おじさんの前に腰かけた。
 きっと、これからおじさんに取り調べを受ける容疑者は、こんな気持ちで警察のいすに腰をかけているのだろう。
 リビングの入り口にたたずんだまま、笑香達三人は僕とおじさんを見つめている。三人を席から見やると、おじさんは落ち着いた様子で伝えた。

「少し史郎君と二人きりで話がしたい。後で呼ぶからここから出てくれ」

 一瞬見せたとまどいの後、引き戸がゆっくりと閉じられる。

「聞きたいことがあるんだが」

 おじさんはどこか笑香にも似た、柔らかな調子で口を開いた。

「笑香から、もしかしたら聞いているかもしれないが。君達二人と、同級生の大西美優さんのことだ」

 僕はおじさんを見返した。

「あの後、色々と調べたんだがね。今回君に迷惑をかけたのは、どうやら笑香と彼女にあった、何らかの問題が原因のようなんだ。──史郎君、心当たりはないかね」

 まず、これか。
 僕は平静な口ぶりで、今自分が思うかぎりの模範的な回答を示した。

「同じクラスの大西さんが笑香の親友だったことは知っています。ですが、二人の間に何があったのかは知りませんでした。笑香や他の友人から、大西さんが今回の事件のきっかけだったと聞いて驚きました。二人のそばにいながらも、僕がそれに気づけなかったことを申し訳なく思っています」

 ベテラン刑事の鋭い視線が僕の表情に注がれる。おじさんが深くため息をついた。

「そうか。君なら、笑香達に何があったのかわかると思ったんだがね。残念だ」

 計算されつくしたような物言いに、僕は黙って耐えていた。
  おじさんはそのまま話を続けた。

「君は笑香を助けてくれた。本当に感謝しているよ。だがそのために君に大変な怪我をさせてしまって、まったく申し訳ないことをした。──私達家族を今まで信頼してくれていた、君のお父さんにも顔向けができない」

 僕はひそかに息を殺した。まるでこれから死刑宣告を受ける被告人のような気持ちで、おじさんの次の言葉を待つ。

「……史郎君。長野に、お父さんの所に帰るつもりはないかね?」
 
 予想通りのおじさんの言葉に、僕は膝の上の拳を握りしめた。
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