106 / 293
第四章 文化祭
21.
しおりを挟む
僕は白い天井を見上げた。
「──笑香は?」
僕がもう一度たずねると、おばさんはどこか痛ましそうなまなざしを向けて僕を見た。
「かすり傷ですんだわ。今、うちにいるの。先生に言われたのよ、しばらく自宅で休養しなさいって」
体のいい自宅謹慎か。
「とにかくあなたは何も考えないで休みなさい。まず自分の怪我を治さないと」
「僕の怪我はどうなってるんですか」
「くわしいことはわからないけど、肋骨が何本か折れているみたい」
僕は思わずため息を漏らした。一回呼吸をするごとに、背中の鈍痛に響くような気がするのはそのせいか。
「それから……あの……」
おばさんが言いづらそうに視線を落とす。
僕は眉間にしわをよせた。あのおばさんが、きちんと僕の顔を見ないなんて。
「笑香が着ていた、あなたの服なんだけど。ごめんなさいね、証拠物件になるのであなたに返せないそうなの。新しいものを買って返すわね」
僕は苦い笑みを浮かべた。
「いいえ。気にしないでください」
ナイフで切り裂かれた僕の服。それに気がついた時、おじさんはどう思ったのだろうか。
「僕が着ていたジャージはありますか?」
物憂い気分でそう問いかけると、ベッドの脇にある備えつけの棚から、おばさんが洗濯済みらしいジャージの上下を出してくれた。
僕は言った。
「そのポケットの中に、笑香が落としたクマのマスコットがあります。……笑香に返してやってください」
そのマスコットのおかげで、僕は笑香の危険に気づくことができたのだ。
病室の外があわただしくなる。担当医が到着したようだ。
「水嶋さんにも連絡するわ。今、家に荷物を取りに行ってるの。昨日はずっと史郎君のそばにつきそってたのよ」
最後に添えられた一言に、僕は唇を真一文字に結んだ。
*
高校の入学以来、顔を合わせることが無かった自身の父親との邂逅は、僕にとっては不快以外の何物でもない時間だった。
「──ずいぶん背が伸びたな」
備えつけられた椅子に腰かけ、父親は感嘆の声を上げた。ベッドに横になったまま視線も合わせない息子の姿に、ふち無し眼鏡の奥の瞳が寂しげな色を浮かべている。
「一人で四人相手したって? 笑香ちゃんを助けるために」
僕は無言で目を閉じた。父親から聞く笑香の名前に、心にわだかまっている黒い感情がかき乱される。
「はじめ、まったく連絡に気がつかなくてね。柿崎さんには本当に迷惑をかけた。そうしたら直接会社に笑香ちゃんが電話をくれて……。助かったよ。そうでなければきっとまだ会議を続けていた」
笑香が、会社に電話? 僕が目を開けると、父親は言った。
「笑香ちゃんにも教えていたんだ。私とやり取りをした時に、ついでに直通の番号を。電話を受けた湯浅がびっくりしていたよ。今の高校生はしっかりしてるんですねって、笑香ちゃんのことをほめていた」
「──笑香は?」
僕がもう一度たずねると、おばさんはどこか痛ましそうなまなざしを向けて僕を見た。
「かすり傷ですんだわ。今、うちにいるの。先生に言われたのよ、しばらく自宅で休養しなさいって」
体のいい自宅謹慎か。
「とにかくあなたは何も考えないで休みなさい。まず自分の怪我を治さないと」
「僕の怪我はどうなってるんですか」
「くわしいことはわからないけど、肋骨が何本か折れているみたい」
僕は思わずため息を漏らした。一回呼吸をするごとに、背中の鈍痛に響くような気がするのはそのせいか。
「それから……あの……」
おばさんが言いづらそうに視線を落とす。
僕は眉間にしわをよせた。あのおばさんが、きちんと僕の顔を見ないなんて。
「笑香が着ていた、あなたの服なんだけど。ごめんなさいね、証拠物件になるのであなたに返せないそうなの。新しいものを買って返すわね」
僕は苦い笑みを浮かべた。
「いいえ。気にしないでください」
ナイフで切り裂かれた僕の服。それに気がついた時、おじさんはどう思ったのだろうか。
「僕が着ていたジャージはありますか?」
物憂い気分でそう問いかけると、ベッドの脇にある備えつけの棚から、おばさんが洗濯済みらしいジャージの上下を出してくれた。
僕は言った。
「そのポケットの中に、笑香が落としたクマのマスコットがあります。……笑香に返してやってください」
そのマスコットのおかげで、僕は笑香の危険に気づくことができたのだ。
病室の外があわただしくなる。担当医が到着したようだ。
「水嶋さんにも連絡するわ。今、家に荷物を取りに行ってるの。昨日はずっと史郎君のそばにつきそってたのよ」
最後に添えられた一言に、僕は唇を真一文字に結んだ。
*
高校の入学以来、顔を合わせることが無かった自身の父親との邂逅は、僕にとっては不快以外の何物でもない時間だった。
「──ずいぶん背が伸びたな」
備えつけられた椅子に腰かけ、父親は感嘆の声を上げた。ベッドに横になったまま視線も合わせない息子の姿に、ふち無し眼鏡の奥の瞳が寂しげな色を浮かべている。
「一人で四人相手したって? 笑香ちゃんを助けるために」
僕は無言で目を閉じた。父親から聞く笑香の名前に、心にわだかまっている黒い感情がかき乱される。
「はじめ、まったく連絡に気がつかなくてね。柿崎さんには本当に迷惑をかけた。そうしたら直接会社に笑香ちゃんが電話をくれて……。助かったよ。そうでなければきっとまだ会議を続けていた」
笑香が、会社に電話? 僕が目を開けると、父親は言った。
「笑香ちゃんにも教えていたんだ。私とやり取りをした時に、ついでに直通の番号を。電話を受けた湯浅がびっくりしていたよ。今の高校生はしっかりしてるんですねって、笑香ちゃんのことをほめていた」
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
パラサイト/ブランク
羊原ユウ
ホラー
舞台は200X年の日本。寄生生物(パラサイト)という未知の存在が日常に潜む宵ヶ沼市。地元の中学校に通う少年、坂咲青はある日同じクラスメイトの黒河朱莉に夜の旧校舎に呼び出されるのだが、そこで彼を待っていたのはパラサイトに変貌した朱莉の姿だった…。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜
長月京子
ホラー
【第8回ホラー・ミステリー小説大賞にエントリー中です。楽しんでいただけたら投票で応援していただけると嬉しいです】
自分と目をあわせると、何か良くないことがおきる。
幼い頃からの不吉な体験で、葛葉はそんな不安を抱えていた。
時は明治。
異形が跋扈する帝都。
洋館では晴れやかな婚約披露が開かれていた。
侯爵令嬢と婚約するはずの可畏(かい)は、招待客である葛葉を見つけると、なぜかこう宣言する。
「私の花嫁は彼女だ」と。
幼い頃からの不吉な体験ともつながる、葛葉のもつ特別な異能。
その力を欲して、可畏(かい)は葛葉を仮初の花嫁として事件に同行させる。
文明開化により、華やかに変化した帝都。
頻出する異形がもたらす、怪事件のたどり着く先には?
人と妖、異能と異形、怪異と思惑が錯綜する和風ファンタジー。
(※絵を描くのも好きなので表紙も自作しております)
第7回ホラー・ミステリー小説大賞で奨励賞
第8回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。
ありがとうございました!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる