【完結】優等生の幼なじみは私をねらう異常者でした。

小波0073

文字の大きさ
上 下
76 / 293
第三章 夜の道で、僕を呼び出した君は。

11.

しおりを挟む

 ノートヴォルトは返事もせず演奏を始めてしまった。
 背中にチェロの膨らみのある音を受けつつ、努めて冷静に、何事もなかったかのように、静かに扉を開け、外に出るとそっと閉めた。
 数歩だけ冷静を装い続け歩いた後、トイレまで全力疾走した。

 コンサートホールの控室など誰も来ないだろうが、廊下の先にあるトイレの個室に駆け込むと、深呼吸する。

 反則だ。あの顔は反則。どうしよう、だめだ、かっこいい、顔だけはかっこいい。
 落ち着け。6年間気にしたこともなかったじゃない。
 吸って、吐いて、はいゆっくりー
 なんで今になって。
 なんで今更こんなことに!?
 待って、落ち着け、先生のデスクを思い出すんだ。あのだらしなさ。
 ローブだってよれよれだし、いつ洗ってるかわかんないし。
 シャツも不思議なにおいしたし。
 シャツ…先生のシャツを着てしまったんだ。
 ちがうちがうちがう、おちつけーー。

カチャリ。

 個室の鍵を開け、誰もいないとわかっているトイレの様子を隙間から伺う。

 よし、誰もいない。

 無駄に手を洗い、無駄に顔を洗うと、ポケットのハンカチはびしょびしょになってしまった。

「いいのは顔だけ。そう、他はダメ。日常生活が壊滅的すぎる。大丈夫。練習に集中しよう、集中」

 そもそも顔がいいからって急になんなんだ。
 私も頭が緩いな。
 宮廷魔術師にキャーキャー言ってる最前列女子と変わらないじゃない。
 あの女子たち、あの魔術師並に先生が整ってると知ったら……

 廊下を歩いて戻り控室の扉を開けると、教授は演奏の終わり部分を弾いていた。
 邪魔しないようにグラスハープに戻り、びしょびしょのハンカチは鞄の上に広げた。

 練習しよう。

 指先に魔力を巡らし、自分の動揺が流れていないか確認する。
 よし、大丈夫そう。
 乱れた魔力で演奏なんかしたら何言われるか分からない。

 真ん中のグラスの淵に指を置き、すっと撫でると透明な音が鳴った。

 そのまま譜面の初めから弾き始める。
 比較的軽快に始まったのも束の間、メロディは急に不穏になる。
 悲し気な響きが続き、こと切れてしまいそうな高音が続いた後、長い低音が命の灯を消してしまうように余韻を響かせ終わる。

「ラストの高音、全く出来ていない」

「わあぁっいつの間に前に!?」

(目は暗い緑だったんだ)

「…ラストの高音」

「はい、すみません。これ3和音じゃないですか。左手はずっと低音だし、親指がうまく当たらないんです」

「配置を変えるんだ。使う和音ごとに並べておけば出来る」

「そんな簡単に言い切らないで下さいよ」

「出来る。出来ないと思われるからこそやる意味がある」

 そう言うと教授は高音のいくつかのグラスの配置を変えた。
 そしてコールディアの隣に立つと、弾いて見せる。
 グラスが赤く光り、透明な音が重なった。

「これなら指も届く」

「あれ…どうして光り方が違うんですか」

 コールディアがすっとグラスを撫でると、淡く青く光る。
 だが今教授が鳴らした時は赤だった。

「マギアフルイドは保持する魔力量で発色が変わる」

「そうだったんですね。以前見た演奏は私の青に近い色だったんで、皆そういうものかと思ってました」

 それからいつも通りの指導が始まった。
 コールディアもいつしか没頭し、教授の表現を再現しようと夢中になった。

 この無心に譜面にのめり込む時間は好きだった。
 初見で音符を追うだけだった演奏に徐々に色が付き、情景が広がり、物語が膨らむ。
 この楽しいだけではない苦悩する練習の先にある1つの世界を想像すると、興奮にも似たある種のゾーンに入る。その感覚がたまらなかった。

 その世界に到達するために、ノートヴォルトからの厳しい指導が入る。

――違う、丁寧に繋ぐんだ。音を1個ずつブツ切れで並べるんじゃない。

――スタッカートはもっと切って。君のはターアータンタン。欲しいのはターアータッタ。コモンには無理でも魔奏なら出来る。違いを魅せるところだ。

――まだ弱い、もっと強くていい。流す魔力を少しだけ上げて…やりすぎだ、魔律が変わってしまう。

 指摘される度に魔力量、指の動き、グラスへの当て方…それらを調節し応えようとする。
 時間はあっという間に1時間を過ぎ、小休憩を挟んで1度合わせることにした。

 椅子に座って、指を閉じたり開いたりして動かす。
 魔力をずっと纏わせていると熱を持ったような感覚になるので、手をひらひら振って冷ますようにするのが休憩時の癖だった。

 パタパタしながら、チェロを鳴らす教授を眺めそうになり、やっぱり目を逸らした。

「先生、なんで髪を結ったんですか」

「髪? 弦に挟まる」

「…なるほど」

 結局チェロを準備する教授をちらちら眺めつつ、短い休憩を終えるとまたグラスハープの前に立つ。

(いつも猫背なのに、チェロの時は姿勢いいんだ)

 猫背は伸ばしても猫背だろうと思っていたが、思いのほか伸ばした背筋はまっすぐで、チェロを構えた様子は優美と言えた。
 そしてそのまま視線は自然と弦を押さえる左手にいってしまう。

 ピアノの時にもつい見てしまうこの手元が、実は彼女は昔から好きだった。
 男性の手なのにすらっと伸びていて指先が美しい。
 それこそ魔法のように動くあの指先で生み出される音が好きで、その音を生む手も好きなのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

パラサイト/ブランク

羊原ユウ
ホラー
舞台は200X年の日本。寄生生物(パラサイト)という未知の存在が日常に潜む宵ヶ沼市。地元の中学校に通う少年、坂咲青はある日同じクラスメイトの黒河朱莉に夜の旧校舎に呼び出されるのだが、そこで彼を待っていたのはパラサイトに変貌した朱莉の姿だった…。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜

長月京子
ホラー
【第8回ホラー・ミステリー小説大賞にエントリー中です。楽しんでいただけたら投票で応援していただけると嬉しいです】 自分と目をあわせると、何か良くないことがおきる。 幼い頃からの不吉な体験で、葛葉はそんな不安を抱えていた。 時は明治。 異形が跋扈する帝都。 洋館では晴れやかな婚約披露が開かれていた。 侯爵令嬢と婚約するはずの可畏(かい)は、招待客である葛葉を見つけると、なぜかこう宣言する。 「私の花嫁は彼女だ」と。 幼い頃からの不吉な体験ともつながる、葛葉のもつ特別な異能。 その力を欲して、可畏(かい)は葛葉を仮初の花嫁として事件に同行させる。 文明開化により、華やかに変化した帝都。 頻出する異形がもたらす、怪事件のたどり着く先には? 人と妖、異能と異形、怪異と思惑が錯綜する和風ファンタジー。 (※絵を描くのも好きなので表紙も自作しております) 第7回ホラー・ミステリー小説大賞で奨励賞 第8回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。 ありがとうございました!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

処理中です...