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第三章 夜の道で、僕を呼び出した君は。

2.

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 僕は何食わぬ顔で答えた。

「いえ。僕が墓参りに行けば済むことですし、特に問題ありません」

 やっぱりな。
 一昨日、スマホと家の電話に一度だけ着信履歴を残して、僕の父親の存在はそのまま宙に消え失せていた。

「そう。……残念だけど、そうするしかないわね」

 おばさんが表情をくもらせながらも、自身を納得させるようにうなずいた。

「それでね……」

 言いにくそうに僕を見る。
 昔から笑香のおばさんはきちんと人の目を見て話す。それは相手が子供でも同じだ。ほめる時も、言いづらい時も、おばさんは視線を合わせて話す。
 それは娘の笑香と同じ、相手を選ばない真摯な目だった。

「前に私があなたに頼んだ勉強のことなんだけど。……笑香、結局お友達と一緒に塾へ行き始めたの。史郎君には悪いんだけど、やっぱり気持ちがおちつかないみたいで」

 僕は静かにうなずいた。

「わかりました。──笑香の様子はどうですか?」
「悪くないみたいよ。帰りにお友達と待ち合わせて、なかよく塾に行ってるみたい。……あ、ごめんなさい。史郎君が気を悪くするといけないから、言わないでって頼まれてたんだわ」

 口元を押さえ、おばさんは改めて僕を見た。微笑む僕に苦笑して続ける。

「でもね、笑香、本当は史郎君のことをすごく気にしてるのよ。昨日だって明かりがずっとつけっぱなしだって気づいたのは笑香なんだから。……『史郎君のことだから大丈夫よ』って私が言っても聞かなくて。そのくせ、あの子に見に来させようとしたらいいって言うの。本当に意地っ張りなんだから」

 僕は唇を引き結んだ。

「今日は笑香は?」
「十時から特別講習よ。家でも真面目に勉強してるし、そんなにあせらなくてもいいのにね」

 おばさんはソファから立ち上がった。

「史郎君、あんまり笑香に気を使わないで、前みたいにうちにご飯を食べに来てちょうだい。何だかずいぶんやせたみたいよ。勇人もさみしがってるし。『もうお兄ちゃん、うちに来てくれないのかな?』って。水曜と金曜の夜に笑香が塾に行ってるから、むしろあの子がいない日に勇人と食べてくれないかしら」

 僕は笑ってうなずいた。

「わかりました。勇人の誕生日ももうすぐだし、遠慮なくうかがいます」

 おばさんも気を揉んでいるのだろう。僕が柿崎家から遠のいてしまえば、毎月一日に父親から振り込まれる、僕の見守り代と称したけっこうな額の謝礼金が手に入らなくなると。
 それでも僕はおばさんの手料理や、あたたかい家庭の雰囲気が好きだった。

「それじゃ、待ってるわね」

 そう言っておばさんが立ち去った後、僕はリビングを見回した。テーブル上のスマホを手に取り、画面に笑香の番号を出す。だが笑香のスマホの電源が切れていることくらいわかっていた。
 会いたい。
 スマホを両手で包み込み、僕は深く息を吸い込んだ。
 今、笑香の声が聞きたい。
 思いを投げ捨てるようにして再びテーブルにスマホを置くと、僕はその場に寝転がった。
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