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第三章 夜の道で、僕を呼び出した君は。

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 また、あの夢だ。
 意識下の僕が考える。
 息づまるような黒い闇。
 周囲から壁が押しせまって来るような、逃げ場のない狭い空間。

……さん、ごめんなさい! ごめんなさい、ごめんなさい‼

 そして絶望的な沈黙。息苦しさはさらに増し、僕は半狂乱になる。
 だが今回はいつもと違った。閉じ込められた浴槽の中で、僕は尿のにおいとは違う危険な異臭を感じ取っていた。
 何かが容器からこぼれだす、こぼ、こぼ、といった空気をふくんだ水の音。

──ごめんなさい! ゆるして、だして! ごめんなさい‼

 母はいる。そこに。僕が浴槽から出られないよう、厚い風呂板の上にすわり込み、無言で何か作業をしている。

──おかあさん‼

 息ができない。
 誰も僕を助けてはくれない。
 何かが泡立つような音。鼻をつく異臭はさらに強くなる。
 僕は意識を失った。

     *

「史郎君」

 女性の声にはっと目を開ける。僕はどうやらリビングのソファで眠り込んでいたらしい。
 まぶしい光が目に刺さり、僕は激しくまばたきした。エプロン姿の笑香のおばさんが、心配そうな表情で真上から僕を見下ろしていた。

「昨日の夜からずっと電気がつけっぱなしだったから。何かあったのかと思ったんだけど……大丈夫みたいね」

 僕はゆっくりと起き上がった。

「すみません。テレビを見ながら寝てしまったみたいで。ご心配をおかけしました」

 ソファから立ち上がろうとすると、おばさんは微笑んで僕を止めた。

「いいのよ。ちょっと様子を見に来ただけだから。勝手に入ってごめんなさいね」

 よかった。テーブルの上に余計なものを出しておかなくて。
 愛用のノートパソコンはきちんと電源を切って閉じられ、つけっぱなしだったテレビは土曜の昼番組を流していた。

 わざわざおばさんがうちに来るなんて、あの件を話しにでも来たのだろうか。
 昼の明るい光で見ると、微笑むおばさんの目元には今までなかったしわがあった。まとめた髪にまじる白いものもおばさんの疲労を際立たせている。
 一度小さく息をつき、おばさんはソファに腰かけた。

「あのね、史郎君。水嶋さん、お墓参りに来られなくなったって話なの。出張に行かなくちゃならないらしくて。どうする? 日にち伸ばしてもらう?」
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