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第二章 おもちゃの密室
22.
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僕はわずかにうつむいた。
やっぱりそうだ。
こうやって、みんな僕のそばからいなくなる。僕のそばには誰も残らない。
口を開きかけた笑香を制し、僕は冷ややかに言い放った。
「スマホ。貸して」
唐突すぎる僕の要請に笑香は深く眉をよせた。
「なんで……」
「早く」
自分でもわかる、氷のように冷え切った声。しぶしぶ制服のポケットから笑香が自分のスマホを取り出す。僕は笑香の腕を放した。
一歩僕から距離を置き、油断なく僕を見上げる目。いっそ憎らしく思えるほどにその顔立ちは可愛かった。
僕は無造作にスマホを取り上げ、僕と同じ機種のスマホを自分のモノのようにあつかった。目的のアプリを呼び出して笑香の方に画面を向ける。
『水嶋は俺と同じ幼稚園に通ってたんだ』
聞き覚えのある男の声。笑香はその場に棒立ちになり、次の瞬間僕の手から自分のスマホをひったくった。
『やっぱり知らなかったのか。俺が母親に聞いた話だと、水嶋の母親は水嶋と心中しようとしたんだ』
「なんで……!」
必死の形相になった笑香があわててスマホの電源を切る。それを尻目に僕は自身のスマホを取り出した。同じアプリをタップして見せる。
「盗聴アプリ。取った音声を録音もできるよ。あらかじめそのスマホの中に入れておいた。スマホを買いに行った時、設定を僕にまかせただろ」
『水嶋、五年生まで長野の父親の実家にいただろ。いとこに聞いた話だと、クラスでいじめられてた上にけっこうなケガさせられて、転校したって話だった』
笑香はこれ以上ないくらい、大きく目を見開いて僕を見た。
「今まで……全部……聞いて」
「ああ。そっちの電源が入ってる間は、いつでも僕のスマホから音声が聞けるようになってる。ついでに言うとGPSのアプリも中に入ってる。──それを使って盗聴して、今君が何をしてるのかスマホでずっと監視してた。夜は君の出す音を聞きながら、君の制服姿を想像して自分の部屋で抜いてたよ」
愕然とした表情でただ僕の顔を見上げる笑香に、僕は凄絶な笑みをもらした。
「これ以上僕に聞かれたくなければ、スマホの電源を切ったまま明日解約するんだな。何が入ってるか調べるよりも新しいのを買ったほうがいい」
もういい。全部どうでもいい。
「これでもう、僕が君にかくしてることはなくなった。後は君の好きにすればいい」
自分のスマホをポケットにしまうと僕は笑香に背を向けた。
僕はずっと考えていた。
どうやって新保の口をふさごうか、とか。僕のおぞましい過去を逆手に、新保の母親のキャリアを邪魔すれば、新保の弱点になるのだろうか、とか。
有名な私立幼稚園の副園長である新保の母親が、過去に受け持っていた園児の虐待を放置していたことが知れれば、口うるさいPTAの噂の的になるのは必至だろう。だが色々と考えているうちに、結局後手に回った僕は新保に先を越されてしまった。
放課後、僕が会議の間に笑香は新保と会っていたのだ。
「好きに……って、どういうこと?」
どこか茫洋とした響きで笑香がささやくように問う。
僕はわずかに振り返り、笑香に向けてくり返した。
「もう自由にしてやるって言ったんだ」
僕らの足元でちかちかと、街灯の光に合わせて点滅する二つの影。
「君を僕から解放してやる。……同情なんてまっぴらだ」
やっぱりそうだ。
こうやって、みんな僕のそばからいなくなる。僕のそばには誰も残らない。
口を開きかけた笑香を制し、僕は冷ややかに言い放った。
「スマホ。貸して」
唐突すぎる僕の要請に笑香は深く眉をよせた。
「なんで……」
「早く」
自分でもわかる、氷のように冷え切った声。しぶしぶ制服のポケットから笑香が自分のスマホを取り出す。僕は笑香の腕を放した。
一歩僕から距離を置き、油断なく僕を見上げる目。いっそ憎らしく思えるほどにその顔立ちは可愛かった。
僕は無造作にスマホを取り上げ、僕と同じ機種のスマホを自分のモノのようにあつかった。目的のアプリを呼び出して笑香の方に画面を向ける。
『水嶋は俺と同じ幼稚園に通ってたんだ』
聞き覚えのある男の声。笑香はその場に棒立ちになり、次の瞬間僕の手から自分のスマホをひったくった。
『やっぱり知らなかったのか。俺が母親に聞いた話だと、水嶋の母親は水嶋と心中しようとしたんだ』
「なんで……!」
必死の形相になった笑香があわててスマホの電源を切る。それを尻目に僕は自身のスマホを取り出した。同じアプリをタップして見せる。
「盗聴アプリ。取った音声を録音もできるよ。あらかじめそのスマホの中に入れておいた。スマホを買いに行った時、設定を僕にまかせただろ」
『水嶋、五年生まで長野の父親の実家にいただろ。いとこに聞いた話だと、クラスでいじめられてた上にけっこうなケガさせられて、転校したって話だった』
笑香はこれ以上ないくらい、大きく目を見開いて僕を見た。
「今まで……全部……聞いて」
「ああ。そっちの電源が入ってる間は、いつでも僕のスマホから音声が聞けるようになってる。ついでに言うとGPSのアプリも中に入ってる。──それを使って盗聴して、今君が何をしてるのかスマホでずっと監視してた。夜は君の出す音を聞きながら、君の制服姿を想像して自分の部屋で抜いてたよ」
愕然とした表情でただ僕の顔を見上げる笑香に、僕は凄絶な笑みをもらした。
「これ以上僕に聞かれたくなければ、スマホの電源を切ったまま明日解約するんだな。何が入ってるか調べるよりも新しいのを買ったほうがいい」
もういい。全部どうでもいい。
「これでもう、僕が君にかくしてることはなくなった。後は君の好きにすればいい」
自分のスマホをポケットにしまうと僕は笑香に背を向けた。
僕はずっと考えていた。
どうやって新保の口をふさごうか、とか。僕のおぞましい過去を逆手に、新保の母親のキャリアを邪魔すれば、新保の弱点になるのだろうか、とか。
有名な私立幼稚園の副園長である新保の母親が、過去に受け持っていた園児の虐待を放置していたことが知れれば、口うるさいPTAの噂の的になるのは必至だろう。だが色々と考えているうちに、結局後手に回った僕は新保に先を越されてしまった。
放課後、僕が会議の間に笑香は新保と会っていたのだ。
「好きに……って、どういうこと?」
どこか茫洋とした響きで笑香がささやくように問う。
僕はわずかに振り返り、笑香に向けてくり返した。
「もう自由にしてやるって言ったんだ」
僕らの足元でちかちかと、街灯の光に合わせて点滅する二つの影。
「君を僕から解放してやる。……同情なんてまっぴらだ」
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