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第一章 スパイダー
21.
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何だ、そのことか。僕は苦笑して問いに答えた。
「大したことはしてないよ」
そばの台に手をついて、手近な席に腰かける。
「サッカー部だった須藤先輩が、今、体育会本部の本部長をやってるのは知ってるだろ? ──ちょっとお願いしただけさ。こういう理由でこまってる人がいるらしいから、体育会を通して厳重に注意して欲しいって。その時、テニス部に念入りに通達してもらったのは言うまでもないけど。……どうもここはサッカー部とテニス部の仲が悪いみたいだ」
頬杖をついて笑香を上目づかいに見上げ、僕は薄く笑って見せた。
「ああ、もし僕が生徒会に入れたら、便宜を図る約束はしたね。でも予算配分にちょっと目をつぶる程度だよ。中学の時もそうだったけど、やっぱりコネは大事だね。弱みを握るのも重要だけど」
笑香は黙って眉をしかめた。正義感の強い笑香らしく、優等生の仮面をかぶる僕の目的が許せないらしい。
「ゆすりたかりをする時のコツはね、一度に限定することだ」
僕は涼しい顔で続けた。
「負債は一度で支払わせて、後はそのカードを使わない。できれば二度とかかわらない。──それから負債に見合った額で払わせることも大事だね。大きすぎれば恨みを買うし、小さすぎると今度は相手が疑心暗鬼になるからね。また何か言って来るんじゃないかって」
「あなたは……!」
言葉をつまらせる笑香に僕は笑った。
「でも君の場合は別だ。負債の額が大きすぎるから、一生かけて僕に支払いをすることになる。僕としても色々と君には注意が必要なんだけど……まあ、今までのことはそのための保険だからね。だてに十年、つきあって来たわけじゃない」
笑香の顔は怒りに青ざめていた。
「──そう」
ふりしぼるような声でつぶやく。
「よくわかったわ。あなたが本当はどんな人かってことが」
僕は落ち着きはらって答えた。
「だから始めから言ってるだろ? 君に逃げられるくらいなら、嫌われてもいい、僕に縛りつけるって」
唇に冷笑を浮かべる。
「この前は、さすがに刺激が強すぎたかな?」
「……ッ!」
笑香の右手が振り上げられる。だが今度は一瞬早く、僕の左手が手首をつかんだ。
「そう何度も殴られちゃたまらない。これでも病み上がりだからね」
僕を見下ろす笑香の瞳に、いつもように微笑みかける。
「仲なおりのしるしに、君の方から僕にキスしてくれないか? 風邪がうつらないように軽くでいいから」
僕の言葉に笑香の顔が今にも泣き出しそうにゆがんだ。何とも言えないその表情に、僕は背筋をかけ上がるような快感を覚えた。
「ほら。もう昼休みが終わっちゃうだろ?」
興奮で背中がぞくぞくする。もしもこれ以上刺激されたらこのままイッてしまいそうだ。
ぶるぶると肩を震わせて、笑香は固く目を閉じた。こめかみまで震えるくらいに強く。
次の瞬間、僕の唇は柔らかいものでふさがれた。すぐにその感触は消え、笑香の気配が僕から離れる。
予鈴のチャイムが鳴った。笑香はまるで逃げ出すように教室から出て行った。笑香のシャンプーの残り香が僕にまといついてくる。ぼんやりと僕は教室にかけられた時計を見た。
後三分。それまでは、ここでこうしていたい。
酒に酔ったような気分で、僕はしばらくその場に座り込んでいた。
「大したことはしてないよ」
そばの台に手をついて、手近な席に腰かける。
「サッカー部だった須藤先輩が、今、体育会本部の本部長をやってるのは知ってるだろ? ──ちょっとお願いしただけさ。こういう理由でこまってる人がいるらしいから、体育会を通して厳重に注意して欲しいって。その時、テニス部に念入りに通達してもらったのは言うまでもないけど。……どうもここはサッカー部とテニス部の仲が悪いみたいだ」
頬杖をついて笑香を上目づかいに見上げ、僕は薄く笑って見せた。
「ああ、もし僕が生徒会に入れたら、便宜を図る約束はしたね。でも予算配分にちょっと目をつぶる程度だよ。中学の時もそうだったけど、やっぱりコネは大事だね。弱みを握るのも重要だけど」
笑香は黙って眉をしかめた。正義感の強い笑香らしく、優等生の仮面をかぶる僕の目的が許せないらしい。
「ゆすりたかりをする時のコツはね、一度に限定することだ」
僕は涼しい顔で続けた。
「負債は一度で支払わせて、後はそのカードを使わない。できれば二度とかかわらない。──それから負債に見合った額で払わせることも大事だね。大きすぎれば恨みを買うし、小さすぎると今度は相手が疑心暗鬼になるからね。また何か言って来るんじゃないかって」
「あなたは……!」
言葉をつまらせる笑香に僕は笑った。
「でも君の場合は別だ。負債の額が大きすぎるから、一生かけて僕に支払いをすることになる。僕としても色々と君には注意が必要なんだけど……まあ、今までのことはそのための保険だからね。だてに十年、つきあって来たわけじゃない」
笑香の顔は怒りに青ざめていた。
「──そう」
ふりしぼるような声でつぶやく。
「よくわかったわ。あなたが本当はどんな人かってことが」
僕は落ち着きはらって答えた。
「だから始めから言ってるだろ? 君に逃げられるくらいなら、嫌われてもいい、僕に縛りつけるって」
唇に冷笑を浮かべる。
「この前は、さすがに刺激が強すぎたかな?」
「……ッ!」
笑香の右手が振り上げられる。だが今度は一瞬早く、僕の左手が手首をつかんだ。
「そう何度も殴られちゃたまらない。これでも病み上がりだからね」
僕を見下ろす笑香の瞳に、いつもように微笑みかける。
「仲なおりのしるしに、君の方から僕にキスしてくれないか? 風邪がうつらないように軽くでいいから」
僕の言葉に笑香の顔が今にも泣き出しそうにゆがんだ。何とも言えないその表情に、僕は背筋をかけ上がるような快感を覚えた。
「ほら。もう昼休みが終わっちゃうだろ?」
興奮で背中がぞくぞくする。もしもこれ以上刺激されたらこのままイッてしまいそうだ。
ぶるぶると肩を震わせて、笑香は固く目を閉じた。こめかみまで震えるくらいに強く。
次の瞬間、僕の唇は柔らかいものでふさがれた。すぐにその感触は消え、笑香の気配が僕から離れる。
予鈴のチャイムが鳴った。笑香はまるで逃げ出すように教室から出て行った。笑香のシャンプーの残り香が僕にまといついてくる。ぼんやりと僕は教室にかけられた時計を見た。
後三分。それまでは、ここでこうしていたい。
酒に酔ったような気分で、僕はしばらくその場に座り込んでいた。
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