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「来てくれたの?」
私は伯母さんの姿を見上げた。伯母さんの表情は悲しげだった。
「ごめんね、せっかく教えてもらったのに。──でもね、本当に後悔はしてないの。それよりもお父さんとお母さんと、智哉のことをよろしくね。私がいなくなっちゃったら、お父さんとお母さん、もう智哉しかいないから……」
伯母さんはただうるんだ瞳で私を見つめているようだった。
虫の鳴き声がぴたりと止んだ。
「加奈子……かなこ」
私にしか聞こえない声が聞こえた。次の瞬間、伯母さんの姿がその場からかき消すように消えた。
私はゆっくりと立ち上がった。閉められていた雨戸を開けるため、暗い縁側へ足を向ける。
「開けろ、加奈子。迎えに来たぞ」
声は雨戸の向こうから聞こえた。私は小さく息を飲み、閉じた雨戸に手をかけた。きしんだ音で異世界へと続く扉が開く。
青い月光が差し込む庭に玲瓏たる少年の姿があった。
「──水の宮」
つぶやくと、少年は冴え冴えとした瞳を私に向けて口を開いた。
「さあ来い。俺達の世界へ」
私はしばし彼を見つめた。
「……その前に一つだけ、言っておきたいことがあるの」
白いその顔に私は言った。彼はわずかに瞳を細めた。
「なんだ? 言ってみろ」
「そっちの世界に行ったって、私はあなたの言いなりになんかならない」
そう私が言い放つと、彼は面白そうに目を向けた。私はかまわず言葉を続けた。
「あなたに言われたとおり、確かに私はあなた達に近い人間だった。……少し悲しいことだけど、こちらの世界に違和感があったりもしたわ。だから、いつかこんな日が来るのをうすうすわかっていたような気がする。──でも、私はそう簡単にあなたの言いなりになんかならない」
私はきっぱり言い切った。
「私はこっちが好きだった。おかしな力で敬遠されることもある世界だったけど、親しくしてくれる友達もいたわ。こちらの世界で学んだことは、好奇心だけで見ているあなたにはきっとわからないことでしょう。──だからこそ二度と伯母さんや私のような出来事が起こらないように、私が持っている力の限りであなたのすることを邪魔してみせる」
私は心を決めていた。
彼の誘惑を受ける原因となったこの力こそが、彼に通用する最大の武器なのだから。疎まれてきた力を使い、こちらで生きた経験を糧に、いつか必ずこのあやかしを私の力で封じてみせる。
一瞬の沈黙の後、低い言葉が返された。
「……いいだろう、やってみろ」
水の宮の口元が、笑いの形につり上がる。
「それでこそ俺が選んだ女だ」
私は真っ直ぐに彼を見すえた。
「覚えてなさい。この私を選んだことを、必ず後悔させてやるから」
水の宮の腕が伸ばされた。私の永遠の伴侶であり、また、ただ一人の敵と定めた相手が光を浴びて手まねく。
「さあ。俺とともに行こう」
私は大きく息を吐き出し、新しい世界へとふみ出した。
私は伯母さんの姿を見上げた。伯母さんの表情は悲しげだった。
「ごめんね、せっかく教えてもらったのに。──でもね、本当に後悔はしてないの。それよりもお父さんとお母さんと、智哉のことをよろしくね。私がいなくなっちゃったら、お父さんとお母さん、もう智哉しかいないから……」
伯母さんはただうるんだ瞳で私を見つめているようだった。
虫の鳴き声がぴたりと止んだ。
「加奈子……かなこ」
私にしか聞こえない声が聞こえた。次の瞬間、伯母さんの姿がその場からかき消すように消えた。
私はゆっくりと立ち上がった。閉められていた雨戸を開けるため、暗い縁側へ足を向ける。
「開けろ、加奈子。迎えに来たぞ」
声は雨戸の向こうから聞こえた。私は小さく息を飲み、閉じた雨戸に手をかけた。きしんだ音で異世界へと続く扉が開く。
青い月光が差し込む庭に玲瓏たる少年の姿があった。
「──水の宮」
つぶやくと、少年は冴え冴えとした瞳を私に向けて口を開いた。
「さあ来い。俺達の世界へ」
私はしばし彼を見つめた。
「……その前に一つだけ、言っておきたいことがあるの」
白いその顔に私は言った。彼はわずかに瞳を細めた。
「なんだ? 言ってみろ」
「そっちの世界に行ったって、私はあなたの言いなりになんかならない」
そう私が言い放つと、彼は面白そうに目を向けた。私はかまわず言葉を続けた。
「あなたに言われたとおり、確かに私はあなた達に近い人間だった。……少し悲しいことだけど、こちらの世界に違和感があったりもしたわ。だから、いつかこんな日が来るのをうすうすわかっていたような気がする。──でも、私はそう簡単にあなたの言いなりになんかならない」
私はきっぱり言い切った。
「私はこっちが好きだった。おかしな力で敬遠されることもある世界だったけど、親しくしてくれる友達もいたわ。こちらの世界で学んだことは、好奇心だけで見ているあなたにはきっとわからないことでしょう。──だからこそ二度と伯母さんや私のような出来事が起こらないように、私が持っている力の限りであなたのすることを邪魔してみせる」
私は心を決めていた。
彼の誘惑を受ける原因となったこの力こそが、彼に通用する最大の武器なのだから。疎まれてきた力を使い、こちらで生きた経験を糧に、いつか必ずこのあやかしを私の力で封じてみせる。
一瞬の沈黙の後、低い言葉が返された。
「……いいだろう、やってみろ」
水の宮の口元が、笑いの形につり上がる。
「それでこそ俺が選んだ女だ」
私は真っ直ぐに彼を見すえた。
「覚えてなさい。この私を選んだことを、必ず後悔させてやるから」
水の宮の腕が伸ばされた。私の永遠の伴侶であり、また、ただ一人の敵と定めた相手が光を浴びて手まねく。
「さあ。俺とともに行こう」
私は大きく息を吐き出し、新しい世界へとふみ出した。
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