【完結】水と椿

小波0073

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『いーい。絶対に裏の滝に行ってはだめ。あなたはきっと水の宮さまにさらわれてしまうわ』

 子どもらしい好奇心から「裏山に行きたい、滝を見たい」と駄々をこねると、そのたびに伯母さんは眉根をくもらせた。

『水の宮さまは危険な神様。いいこと、絶対にあなたは水の宮さまに関わってはいけません。……わかった?』

 彰子伯母さん。
 私は強く唇を噛みしめ、無残に横たわる古木を見つめた。
 祖父の屋敷の母屋の裏に、今はもう使われていない蔵がある。椿の古木はその蔵の脇に生えていたはずだった。季節になると見事な真紅の花を咲かせた大木は、今は生々しい切り口をさらしてその場に倒れ伏していた。
  無論、緑色だったはずの葉はすでに茶色く乾ききり、わずかな風にもかさかさと小さな音を立てていた。
 私はその場にうずくまり、声を殺してすすり泣いた。

 父に聞くところによると、どうやら古い蔵を壊して母屋を改築することを祖父らは考えていたらしい。ついでに椿も切り倒し、場所をひろげようとの話で先に切られてしまったようだ。

──どうして伯母さんは反対しなかったんだろう。

 私はぼんやり考えた。

──自分の命に関わることなのに。どうして何も言わずにおばさんは椿を切らせてしまったんだろう。

 ため息混じりにすすり上げ、私はこぼれる涙をぬぐった。
 きっと伯母さんのことだから、これが自分の寿命だとでも考えてしまったんだろう。
 彰子伯母さんは昔からそんなところがある人だった。いさぎよいとでもいうのだろうか、あまり物事に執着しない、どこか達観したものの見方をする人だった。立ち上がり、もう一度倒れた椿に目を向ける。
 その時。私はなにかが聞こえたような気がして、耳をそばだてた。何だろう、どこか聞き覚えのある……。

「──ちゃん」

 私は背後に目を向けた。母屋の裏は雑木林だ。その木々の重なりのあいだに女の白い人影が見えた。

『加奈子ちゃん』

 私は自分の目を疑った。
 白装束に身を包んだどこかはかなげな印象の女性が、木々の間に立っている。その顔は、先ほど両手を合わせた遺影と同じものだった。

「お……おばさ……?」

 震える声でつぶやくと、彼女はわずかに唇を開いた。まるで風のささやきのような、かすかな音が耳に入る。

『加奈子ちゃん。……智哉に気をつけて……』

 それだけ私に伝えると、彼女は寂しげな笑みを浮かべてほの暗い林の奥へ消えた。
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