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後日談
1.懐古 1
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祈りの館の奥にある居心地の良い台所で、ミラは薬草茶を淹れていた。
「先に休んでいい」と言われて寝間着姿になったのだが、仕事をしている夫にお茶を出すことを思いついたのだ。
ミラがグラタスの妻となり、すでにふた月がたっていた。今まで一人で住んでいた自宅兼薬屋から引っ越して、この館で新婚生活を始めた。
当初、ミラは新妻らしく家庭のことに精を出した。本来の薬屋の仕事に加え、師教の妻としても切り盛りができるようにがんばった。息切れしかけていたミラを夫は優しく抱きよせて、「無理をしなくていい」と笑った。
「あなたにはあなたの仕事があるでしょう? ……私は家政婦を手に入れるために結婚したわけではありません。そばにいてくれればいいんです」
理解ある夫に告げられて、ミラの肩から力が抜けた。
実際今まで聖職者として清貧に慣れていたグラタスは、自分のことは自分自身で行うことにたけていた。手際よく家事を行う彼に、むしろ教えを請いたいとミラの方から頼んだくらいだ。
そこであらためて話し合い、結局食事の支度はすべて夫に任せることにした。餌づけをされた自覚はあるし、彼の今までの言動でひっかかる点はあるものの、何しろ作る料理はおいしい。その腕前に目をつぶり、ミラは最終的に夫を信用する方を選んだ。他の家事は主にミラが請け負い、今のところ問題は起こっていない。
祈りの館は女神をしたう信仰のかなめである拝礼所と、師教が家族と暮らすために作られた居館に分かれている。夫が使っている部屋は長い廊下の奥にあり、今は風を通すためにドアが開け放されていた。
トレイに茶器をのせたミラは部屋の様子をうかがった。大きな机に向かった夫の広い背中が目に入る。拝礼所に立っている時の式服姿とは違い、普段着用のシャツを着てくつろいでいる格好だ。明るく灯るランプの光で書きものをしているらしい。
ミラの気配に気づいたらしく、グラタスが静かに振り返った。
「どうしました? まだ休まないんですか」
「ごめんなさい、お仕事の邪魔をして。よければお茶でもと思って」
ミラが運んだ茶器を認めて妻の気遣いに笑みを浮かべる。
「ああ、ありがとう。ちょうど喉が渇いていたところです」
ミラはグラタスにうつわを手渡し、書いていたものに目を向けた。片づけられた机の上には愛用のインク壷が置かれ、白いつやのある便せんに流麗な文字が書かれている。
素朴な薬草茶の味を楽しんでいたグラタスは、ミラの視線の先を見て再び優しく微笑んだ。
「以前送った報告の書簡に師から返事が届きまして。今月末にも地位を退き、故郷にもどって隠居するそうです」
「先に休んでいい」と言われて寝間着姿になったのだが、仕事をしている夫にお茶を出すことを思いついたのだ。
ミラがグラタスの妻となり、すでにふた月がたっていた。今まで一人で住んでいた自宅兼薬屋から引っ越して、この館で新婚生活を始めた。
当初、ミラは新妻らしく家庭のことに精を出した。本来の薬屋の仕事に加え、師教の妻としても切り盛りができるようにがんばった。息切れしかけていたミラを夫は優しく抱きよせて、「無理をしなくていい」と笑った。
「あなたにはあなたの仕事があるでしょう? ……私は家政婦を手に入れるために結婚したわけではありません。そばにいてくれればいいんです」
理解ある夫に告げられて、ミラの肩から力が抜けた。
実際今まで聖職者として清貧に慣れていたグラタスは、自分のことは自分自身で行うことにたけていた。手際よく家事を行う彼に、むしろ教えを請いたいとミラの方から頼んだくらいだ。
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トレイに茶器をのせたミラは部屋の様子をうかがった。大きな机に向かった夫の広い背中が目に入る。拝礼所に立っている時の式服姿とは違い、普段着用のシャツを着てくつろいでいる格好だ。明るく灯るランプの光で書きものをしているらしい。
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「どうしました? まだ休まないんですか」
「ごめんなさい、お仕事の邪魔をして。よければお茶でもと思って」
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ミラはグラタスにうつわを手渡し、書いていたものに目を向けた。片づけられた机の上には愛用のインク壷が置かれ、白いつやのある便せんに流麗な文字が書かれている。
素朴な薬草茶の味を楽しんでいたグラタスは、ミラの視線の先を見て再び優しく微笑んだ。
「以前送った報告の書簡に師から返事が届きまして。今月末にも地位を退き、故郷にもどって隠居するそうです」
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