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58.魔性 3

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 その時。

「この、化け物!」

 女の声が響き渡った。背後で自分と同様に硬直していたはずの侍女の声。そしてばらばらと砂に似た小さな粒が降って来る。
 ぎゃっと鳥が鳴くような声が聞こえ、幽霊の影が消え失せた。そのとたん、体のこわばりが取れて動けるようになった。

「チオの種よ、これでも食らえ‼」

 侍女が投げつけた砂粒は、開けた引き出しから取り出した植物の種のようだった。無作為に探していた中で見つけ出したものらしい。
 憎々しげに侍女が告げた。

「幽霊はチオが嫌いなのよ。チオの根の毒で殺されたの。だから奥様の部屋に魔除けでチオの花を飾るのよ」
「なるほど、女の幽霊が苦手なものはそれでしたか。そこまではわかりませんでした。私の調査不足ですね」

 師教は軽く肩をすくめた。
 侍女は羽織ったショールの影からかくし持っていたナイフを出した。高くかかげて奥にいる師教の姿をにらみつける。立ちつくしたままの庭師に目を向け、低くうなるように言い放った。

「逃げるわよ!」

 庭師はあわてて後ずさり、入って来たドアへ腕をのばした。しかし次の瞬間に庭師は再び硬直した。自分の意思に関係なく、足が止まって動かなくなった。

「……私が飼っているものがあれだけだと思ったんですか?」

 冷え切った声で師教が告げた。
 部屋の気温が一気に下がり、庭師は体を震わせた。視界の隅でナイフをかかげた女も全く動かない。
 魔性のものは消えたのに囲む力は強まっていた。庭師はドアに手を伸ばし、侍女はナイフを持ったまま、その場の空気が凍りつく。
 だが。

「グラタス、伏せて‼」

 違う女の声と一緒に黄色い粉が宙を舞った。ぴりぴりとした刺激を感じ、目を開けることもできなくなる。

「しびれ花の香よ! 口を押さえて‼」

 どこかぼやけた声が聞こえた。しかし、すでに庭師の意識は遠ざかりつつあった。何が起こったかわからないまま体の力が抜けて行く。
 明日金を返すことはできないな、と中途半端に考える。庭師の意識は闇にのまれた。
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