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44.うわさ 1
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再びミラに向きなおり、鋭い声で詰問する。幻覚作用がある植物の名前を出され、ミラは面食らった。
「ちがいます! たしかにカシェの実は夜光樹の種と似ていますが、木や葉の形はことなります。これは私が実を取って、日干しにした後炒ったものです。また、煎じた際の香りもカシェと夜光樹は違います。もしもまちがえたとしても、作る時に匂いでわかります」
さすがにこれは専門分野だ。うたがわれてはたまらない。声高に答えるミラの横からグラタスもさらりと口をはさんだ。
「彼女が作る薬草茶はほかの村でも飲まれています。出入りの商人の話では、そんなおかしな症状はほかでは聞かないそうですよ。違う理由があるのでは?」
押しつけにならない程度に切り捨て、理知的な瞳を光らせる。
貴族の権威が効かない二人にプライドが傷つけられたのか、ビブルナムは明らかにむっとした。
「もういい、わかった。それではもう一度幻覚と茶葉をよく調べ、奥様にご報告する。追ってお前達にも連絡する。……行け」
屋敷へ向かう小道に目をやり、あごで傲然と退出をうながす。いずまいを正し、グラタスは優雅なしぐさで会釈した。
「かしこまりました。私達の弁明をお聞き届けくださり、心から感謝いたします」
ミラはグラタスの顔を見た。背筋はのばしているものの、すましたような表情だ。どこか余裕がうかがえるさまに余計に腹立たしくなったらしい。ビブルナムは舌打ちをしたが、それ以上何も言わなかった。
「──心細い思いをさせましたね。すぐにもどれると思ったのですが、少々時間がかかってしまって。すみませんでした」
白い小道を歩きつつ、生真面目な声でグラタスが謝る。まだどきどきと脈打っている胸に手を当て、ミラは笑った。
「いいえ。助けてくださって本当にありがとうございました。私だけではきっとお医者様に信じていただけませんでした」
「そうですか、それならよかった。では今度こそ礼が期待できそうですね」
言われた言葉に視線を上げると、その口元が笑っている。
いつも通りの彼の様子になんだかミラはほっとした。が、あえてそっけなく答える。
「それはまた別の話です。今度お店にいらっしゃった時、お茶代はいただきません」
ミラのつれない反応にグラタスはくっくっと喉を鳴らした。
「では半日ほどいすわって、おかわりを何度もすることにします。──これで用事はすみました、早く村へ帰りましょう。今なら明日の拝礼に間に合います。それに、子供達に出した宿題の文字の添削がまだなんです」
ミラはくすっと笑いをこぼした。師教としての仕事には、村の子供に読み書きを教えることも含まれる。意外に子供好きらしい新米師教の評判を、ミラも好ましく聞いていた。
手入れのされた木々の間に紫色の夕暮れが迫る。二人は自然によりそいながら、屋敷へともどる道をたどった。
*
「実は先ほど、アレカの弟に呼び出されてしまってね。弟の家に住んでいる母の具合が悪いらしい。前回通りかかった際も母の見舞いができなくて、『今度こそ顔を出せ』と言われて。悪いが、今夜はこちらの屋敷で休ませてもらってくれないか」
このまま村に帰れると思い込んでいたミラは、ホールで待っていたサイランのすまなげな声に目をむいた。
「ちがいます! たしかにカシェの実は夜光樹の種と似ていますが、木や葉の形はことなります。これは私が実を取って、日干しにした後炒ったものです。また、煎じた際の香りもカシェと夜光樹は違います。もしもまちがえたとしても、作る時に匂いでわかります」
さすがにこれは専門分野だ。うたがわれてはたまらない。声高に答えるミラの横からグラタスもさらりと口をはさんだ。
「彼女が作る薬草茶はほかの村でも飲まれています。出入りの商人の話では、そんなおかしな症状はほかでは聞かないそうですよ。違う理由があるのでは?」
押しつけにならない程度に切り捨て、理知的な瞳を光らせる。
貴族の権威が効かない二人にプライドが傷つけられたのか、ビブルナムは明らかにむっとした。
「もういい、わかった。それではもう一度幻覚と茶葉をよく調べ、奥様にご報告する。追ってお前達にも連絡する。……行け」
屋敷へ向かう小道に目をやり、あごで傲然と退出をうながす。いずまいを正し、グラタスは優雅なしぐさで会釈した。
「かしこまりました。私達の弁明をお聞き届けくださり、心から感謝いたします」
ミラはグラタスの顔を見た。背筋はのばしているものの、すましたような表情だ。どこか余裕がうかがえるさまに余計に腹立たしくなったらしい。ビブルナムは舌打ちをしたが、それ以上何も言わなかった。
「──心細い思いをさせましたね。すぐにもどれると思ったのですが、少々時間がかかってしまって。すみませんでした」
白い小道を歩きつつ、生真面目な声でグラタスが謝る。まだどきどきと脈打っている胸に手を当て、ミラは笑った。
「いいえ。助けてくださって本当にありがとうございました。私だけではきっとお医者様に信じていただけませんでした」
「そうですか、それならよかった。では今度こそ礼が期待できそうですね」
言われた言葉に視線を上げると、その口元が笑っている。
いつも通りの彼の様子になんだかミラはほっとした。が、あえてそっけなく答える。
「それはまた別の話です。今度お店にいらっしゃった時、お茶代はいただきません」
ミラのつれない反応にグラタスはくっくっと喉を鳴らした。
「では半日ほどいすわって、おかわりを何度もすることにします。──これで用事はすみました、早く村へ帰りましょう。今なら明日の拝礼に間に合います。それに、子供達に出した宿題の文字の添削がまだなんです」
ミラはくすっと笑いをこぼした。師教としての仕事には、村の子供に読み書きを教えることも含まれる。意外に子供好きらしい新米師教の評判を、ミラも好ましく聞いていた。
手入れのされた木々の間に紫色の夕暮れが迫る。二人は自然によりそいながら、屋敷へともどる道をたどった。
*
「実は先ほど、アレカの弟に呼び出されてしまってね。弟の家に住んでいる母の具合が悪いらしい。前回通りかかった際も母の見舞いができなくて、『今度こそ顔を出せ』と言われて。悪いが、今夜はこちらの屋敷で休ませてもらってくれないか」
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