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43.館 3
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「ビブルナム。そんな言い方では口を開くこともためらわれるわ」
身を固くするミラの姿に、夫人が申し訳なさそうに続けた。
「ごめんなさいね、わざわざあなたをここまで呼び立ててしまって。そこまで大げさな話になるなら私はいいと言ったのだけれど。このビブルナムがどうしてもと」
ちらりと脇の男に目をやる。医師──ビブルナムはふんと鼻を鳴らして言った。
「奥様が口にするものに気を使うのは当然のことです。何かあってはこまります。では、奥様はそろそろお部屋へおもどりください。これ以上風に当たってはいけません」
夫人は少々はしたないようすで大きく肩をすくめた。ひかえていた侍女の手を借りて、すわっていたいすから立ち上がる。
なごり惜しげな風情を残し夫人がその場から立ち去る。残されたミラは身をちぢめ、ひたすら医師の視線に耐えた。
「では聞こう。私が調べた限りでは、配合された茶葉の中には五種類の薬草が入っている。それぞれ種はどのような経緯で手に入れた?」
屋外用のいすに腰かけ、ビブルナムは鷹揚にミラを見た。
「種は我が家に伝わるものです。一番多く使っているのは青いカミルを干したもので──」
一つ一つ丁寧に言葉を返す。しかし医師の質問は考えた以上に執拗だった。
薬草はいつから育てているのか。育てている場所はどこなのか。種はどのようにまいているのか、収穫したのはいつごろか。
内容は多岐にわたっていて、薬効やその利用法どころか育て方まで聞いて来る。いすをすすめられることもなく、ミラはその場に立ったまま彼の問いかけに答えた。肥料のやり方までたずねられ、ミラは思わずため息を落とした。
──自分で商売を始める気かしら。
慣れない馬車で揺られて来た上、立ちっぱなしの状態だ。敷かれた小石が鳴らないように姿勢を正しているのもキツい。
疲労の影を浮かべた様子がどうやら気に入らなかったらしく、ビブルナムが声を荒げた。
「おい、聞いているのか? 質問に答えろ!」
怒鳴られ、ひえっと肩をすくめる。
するとミラの背後から聞き慣れた男の声がした。
「そこまで茶葉を気になさるのは、何か理由があるのですか」
ミラはびっくりして振り返った。果樹園に続く小道から黒衣の男が現れる。
「もうそろそろいいでしょう。それ以上何を聞くことがあるのですか?」
「失敬な。お前は何者だ?」
突如現れた男の姿にビブルナムが気色ばむ。グラタスはいつもの余裕をたたえ、微笑みながら相手に答えた。
「大変失礼いたしました。私はこちらに赴任した師教のグラタスと申します。……彼女は私の婚約者ですが、何かご無礼でもございましたか?」
「なんだ、ただの田舎師教か」
医師は冷たいまなざしを式服姿のグラタスに向けた。
「実は最近、侍女の間でおかしなうわさがはやっている。何でも白い服を着た女が館の中をうろついていると……。そんな馬鹿馬鹿しいことは一笑に付すべきなのだろうが、何人もの侍女が口にして、職を辞したものまでいる。もしや貴重なカシェの乾果と夜光樹の種をまちがえたのでは?」
身を固くするミラの姿に、夫人が申し訳なさそうに続けた。
「ごめんなさいね、わざわざあなたをここまで呼び立ててしまって。そこまで大げさな話になるなら私はいいと言ったのだけれど。このビブルナムがどうしてもと」
ちらりと脇の男に目をやる。医師──ビブルナムはふんと鼻を鳴らして言った。
「奥様が口にするものに気を使うのは当然のことです。何かあってはこまります。では、奥様はそろそろお部屋へおもどりください。これ以上風に当たってはいけません」
夫人は少々はしたないようすで大きく肩をすくめた。ひかえていた侍女の手を借りて、すわっていたいすから立ち上がる。
なごり惜しげな風情を残し夫人がその場から立ち去る。残されたミラは身をちぢめ、ひたすら医師の視線に耐えた。
「では聞こう。私が調べた限りでは、配合された茶葉の中には五種類の薬草が入っている。それぞれ種はどのような経緯で手に入れた?」
屋外用のいすに腰かけ、ビブルナムは鷹揚にミラを見た。
「種は我が家に伝わるものです。一番多く使っているのは青いカミルを干したもので──」
一つ一つ丁寧に言葉を返す。しかし医師の質問は考えた以上に執拗だった。
薬草はいつから育てているのか。育てている場所はどこなのか。種はどのようにまいているのか、収穫したのはいつごろか。
内容は多岐にわたっていて、薬効やその利用法どころか育て方まで聞いて来る。いすをすすめられることもなく、ミラはその場に立ったまま彼の問いかけに答えた。肥料のやり方までたずねられ、ミラは思わずため息を落とした。
──自分で商売を始める気かしら。
慣れない馬車で揺られて来た上、立ちっぱなしの状態だ。敷かれた小石が鳴らないように姿勢を正しているのもキツい。
疲労の影を浮かべた様子がどうやら気に入らなかったらしく、ビブルナムが声を荒げた。
「おい、聞いているのか? 質問に答えろ!」
怒鳴られ、ひえっと肩をすくめる。
するとミラの背後から聞き慣れた男の声がした。
「そこまで茶葉を気になさるのは、何か理由があるのですか」
ミラはびっくりして振り返った。果樹園に続く小道から黒衣の男が現れる。
「もうそろそろいいでしょう。それ以上何を聞くことがあるのですか?」
「失敬な。お前は何者だ?」
突如現れた男の姿にビブルナムが気色ばむ。グラタスはいつもの余裕をたたえ、微笑みながら相手に答えた。
「大変失礼いたしました。私はこちらに赴任した師教のグラタスと申します。……彼女は私の婚約者ですが、何かご無礼でもございましたか?」
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「実は最近、侍女の間でおかしなうわさがはやっている。何でも白い服を着た女が館の中をうろついていると……。そんな馬鹿馬鹿しいことは一笑に付すべきなのだろうが、何人もの侍女が口にして、職を辞したものまでいる。もしや貴重なカシェの乾果と夜光樹の種をまちがえたのでは?」
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