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39.引き出し 2

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 思い出したように口説きはするが、会話自体が楽しいらしい。たわいない質問を投げかけて、店主としてのミラをかまった。庭に咲いている薬草の花についてたずねたり、家に伝わる秘術の書物に興味を示したりもする。
「薬草に興味が云々」の話は適当に語ったと思ったが、本当に関心があるようだ。薬種や効能にもくわしくて、ミラが煎じる薬についても興味深そうにたずねられる。

 そうした会話はミラにとっても亡くなった祖母として以来である。楽しくないとは言わないが、それだけがミラの仕事ではない。面倒になって貸し出した古語で書かれた文献を、いつもの予約席のテーブルで興味深そうにひも解き始めた。
 どっかり椅子に腰を下ろしていつまでたっても帰らない彼に、ミラはしびれを切らして言った。

「その書は使用していないので、師教様にお貸しします。どうぞ館でお読みください」

 熱心に文字をたどっていた彼は、顔を上げるとにこやかに答えた。

「いえ、それはいけません。貴重な書物をお借りして何かあったらまずいでしょう。……館であなたの本を読むのはあなたごと引き取ってからにします」

 歯が浮きそうな口説き文句を臆面もなく口に出す。謎の自信にため息をもらし、ミラは仕方なく仕事を続けた。
 注文された薬を作るため、背後の薬棚に向かう。高い位置にある引き出しを背伸びしながらひっぱった。古い棚なので立てつけが悪く、思ったように開かない。引き出しと格闘していると、本を読んでいたグラタスがカウンターに近づいて来た。

「ミラ、この言葉の意味は……」

 言われてぱっと後ろを向く。と、ひっぱっていた引き出しがその勢いですこんと抜けた。

「あ」

 重い引き出しが宙に浮いた。
 あぶない、と思った瞬間、とっさに体を縮こませる。だが頭から衝撃に襲われるようなこともなく、おそるおそる視線を上げた。見ると目の前にグラタスの広い胸が迫っている。大きな手のひらがぎりぎりで引き出しを受け止めていた。

「あ──ありがとうございます」

 まだどきどきしている鼓動を抑え、高い位置にある顔を見上げる。手に持っていた引き出しをゆっくりカウンターの上に下ろし、グラタスは優しい笑顔を見せた。

「いいえ。あなたに怪我がなくてよかった。今度高い場所にある物を取る時は、遠慮なく私を呼んでください」
「薬屋が怪我をするなんて……。きっと商売に響きます」

 安堵したせいか、笑いが込み上げる。ミラがくすくす笑っているとグラタスが表情を引き締めた。切れ長の瞳が細められ、どこか切なげな色をおびる。

「ミラ。礼を期待していいですか?」

 率直すぎる問いかけに胸が再びどきっとした。熱のある目で見つめられ、思わず背中をのけぞらせる。
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