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34.仕事 4

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「師教様。経験者として一言だけ申し上げますが、あまり女性にしつこくするとかえって嫌われてしまいますよ。一歩退き、見守りながら時おり愛を伝えるのがいい。その方が相手も振り向いてくれます。──いやあ本当に懐かしいな。昔、妻の時もそうだった」

 床に置いていたカンテラを持つ。

「とにかく今日はもう遅いから、続きは明日にするんだね。それじゃ、お休み」

 にこやかにそう言い置いて、サイランは出て行ってしまった。

「あ、え、ちょっ……えええ!」

 引き留めた手が宙に浮き、ミラは閉められたドアを見た。
 話を聞いていたのなら、現在の危機的状況を重々わかっているだろう。すでに貞操は横にいる師教に奪われているものの、まだ世間からの信用は失っていないのだ。こんな破廉恥な事情が知れたら、きっと村の風紀にも関わる。

「……」

 二人の間に沈黙が落ちる。ミラはわずかに首をかしげた。
 またすぐ甘い雰囲気で迫って来るのかと思ったが、師教は考え深げな瞳でしばらく黙ったままだった。居心地の悪い空気の中でミラがもじもじしていると、難しい顔で口を開く。

「──行くのはやめておきなさい」
「え?」

 何の話かと思ったら、今サイランから持ち込まれた自分の仕事のことらしい。グラタスはミラへ向き直り、静かな声で言葉を重ねた。

「はっきり言います、やめた方がいい。丁重に礼だけ伝え、直接お会いすることはお断りするのが賢明です」

 ミラはグラタスの顔を見上げた。冷徹そうなまなざしに、初めて彼と出会った時の冷ややかな表情を思い出す。

「話に嘘はないようですが、どうも嫌な予感がする。わざわざ領主の屋敷まで行くのはやめた方がいい。人を、特に貴族のたぐいを簡単に信用してはいけません。この村の人間……特にあなたは、どうやら人が良すぎるようだ」

 形の良い顎に手を添えて、当然のようにミラを見下ろす。ミラは少々かちんときた。
 出会ったばかりの新米師教になんでそこまで言われるのか。今までしてきた自分の仕事や、生まれ育った村までも否定されたような気分になる。

「私はたしかに未熟です。しかし皆さんのご好意でおだやかに日々を過ごしています。今までそれを問題に思ったことはありません」

 反発心を押さえつけ、声を低めて反論する。今度はグラタスが眉尻を上げた。

「それはたしかに幸せなことです。ですがこれからもおだやかな日が続くとは限らないでしょう。この先何が起こるかなんて、誰にもわからないことです」
「なぜそんなことを言うんです? 私がここですこやかに育つことができたのは、親切な皆さんのおかげです。それを疑えと言うことは恩知らずだと思うのですが」

 優等生的なミラの答えに、グラタスは小さく息をついた。
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