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しおりを挟む「――まさかあいつは、」
水害で行方不明になったという木から掘り出された仏か!?
半分人間である来良は理解しているが、もともとけものであった朱炎は有り難いと祀られる身でありながら神や仏という概念を理解しない。だからこの結界のような力も易々と越えて狐火を飛ばせたようだ。それどころか匂いがしなかったので人間じゃないことには最初から気が付いていたと言われ、来良はこいつがいてよかったと心の底から感謝した。誰も見てなかったらくちづけのひとつも喜んで捧げていたに違いない。
しかしそれなら尚更ふたりを見逃すわけにはいかなくなってしまった。あの仏をこの村に持ち込んだのは来良なのだ。そうはさせないとばかりに幸芽に睨めつけられ、かたく手を繋ぎ合う様子を見せつけられて、頭が痛くなってくる。彼らの関係性などひと目見ればわかる。
「どうかお目こぼしください。お願いです来良さま」
夜着などではない、しっかりとした旅支度の装いに彼女の決意が透けて見えた。無人と一緒になるということはもう二度と帰ってこないということだ。娘が神隠しに遭ったと知ればあの村長は来良に何とかしてくれと泣きつくだろう。何ともしようがない。永遠に解決しない問題なのだ。うぐぐと返答に窮し、どうにか折衷案はないものかとしばし長考に耽る。隙を突かれないよう朱炎に狐火は引っ込めるなと命じるのも忘れない。
他に村の娘がぽつぽつと姿を消している今なら自分がそうなっても目立たないと思ったのだろう。つまり幸芽は既に選び取っている。無人と生きていくことを我が道と決めてしまっている。今ここで来良が引き離しても、時期を見てまた脱け出すだけだろう。根本的な対処にはならない。
「……無人は、本当に彼女を愛してるのか」
一緒になることで得られる何かを欲しているだけで、それを手に入れたら始末する、などと万が一にも目論んでいようものなら断固反対する。朱炎に合図を送る。青い炎はふっと最後にひと揺らぎして闇にとけた。
「幸芽がいれば何もいらない」
「っ……」
無機物として永く在り続ける生を捨てても傍にいたい。そんな決意を秘めた言葉に彼女の瞳から涙があふれる。最早誰にもふたりの仲を引き裂くことは不可能のように思えた。ふうっと長く息を吐きだし目をつぶる。村長の顔を思い浮かべると呻きたくなったが、説得すればわかってくれる筈だ。親とは子どもの幸せを一番に願う生き物であってほしい。
「わかった」
「……来良さま、」
「そのかわり両親にちゃんとお別れしてもらう」
「え」
そんなの絶対に連れ戻されるとでもいうように幸芽は青褪めたが、来良は身に着けていた風呂敷から紙と筆を取り出して渡した。手紙のほうが素直になれると思うし、いつまでも残しておける。記憶はいずれ薄れゆくものだから。意外に現実的なやり方に拍子抜けしたように彼女は失笑すると、早速文言を考え始めた。
本当は式に声を記憶させる術もできるのだが目の届かないところに力を帯びたものを放置するのが気掛かりだった。ただの護符とはわけが違うのだ。あとで揉めないように父と母は別宛てで書いてもらっている間、来良は無人とすこしだけ話をした。
彼の正体は予想した通りだった。生来信心深いのかどうかは謎だが、しょっちゅう祠を訪れては花や食べ物を供えたり、埃を払って体を拭いてくれたりする幸芽に徐々に惹かれていったらしい。もとより永い時を生きている大樹だ。霊力は充分に宿っており、人形になれるとわかって、水害で居場所を失ったのを契機に彼女のまえに現れるようになったのだという。
初めはただ普通に会話をしたり、散歩したり花を眺めたりしていたが幸芽もおなじ気持ちだとわかって己の正体を打ち明け、彼女も変わらず愛してくれた。無人が好きだと言ってくれた。それで一緒になると決心したようだ。
「幸芽さんは人の子だ。この歳まで大事に大事に育ててきた親がいる。それもわかってんだよな」
「……ああ」
きっと激怒するだろう。あの手紙だって破り捨ててしまうかもしれない。やっぱりひどく気が進まないが、時間が薬となってくれることに大いに期待する。あの他愛無い言い伝えを信じている村の者相手なら、いっそ存在しないぬしの所為にしてもいいと思わないでもないけれど。まあ、それはそれで今度はぬし退治を言い付けられそうなので二度手間の可能性は潰しておく。
何度も確認して、それでもこの世を捨てると幸芽が決めたのなら、それがふたりの進むべき道なのだろう。どうしてもうまく笑顔になれない来良に朱炎がぴったりと寄り添う。頭を下げるふたりが山奥へ消えるのを見送ってから、夜明けの中を歩いて村長の屋敷へ帰った。
(もしも)
来良の両親も、とりわけ父も生きていたなら。あやかしと縁を結んでしまったことをどう思うだろうと想像する。やっぱり反対されるだろうか。幸良と新良がいるのだから、ひとりくらい自由に生きてもいいとは言ってくれなかっただろうか。どのみち寿命は定められていたのだ。この白い妖狐に恨みを買おうが買うまいが、精気が尽きて来良の命は失われていた。だったら半妖であれ生きていたほうが、なんてとんでもない結果論だ。ひとりで苦笑していると朱炎に見咎められて、なんだよと視線で問われる。
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