アフタースクール

ゆれ

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 昼間ちらっと見てしまった抜けるように白い腹が目に焼き付いて離れない。さわられて赤くなる、という反応がどういうことか、単純に人目にさらされて恥ずかしかったか俺にさわられたのが恥ずかしかったか、そこについて木目の意見をこの期に及んで仰いでいる。相手が羽瀬川だということは当然秘密で。

『悠長に構えてる時間はねえと思うが』
「……だよな」

 気さくに声を掛けていた女生徒のやわらかい笑顔がまなうらに浮かぶ。そして春には、いやでも卒業という変化が訪れる。物別れになるか、はたまた続いていくかは、今の俺が鍵を握っているのだ。

 担任なので識っている。羽瀬川は体育の授業前、女子がまだ更衣室に移動してないのに着替え始める系男子で、いまさらちょっと腹を見られたくらいで動揺する筈がない。でもその解釈は、あんまり俺に都合が好過ぎる気がして、折角風向きが良くなってきたのに何を躊躇うといきり立つもう一人の自分に流されるのはどうも抵抗があった。

 将来的なことを思えば、このまま、ひどい大人と誤解させたまま正しい距離を保っていればいい。そのほうが羽瀬川も俺も幸せに生きられるだろう。

「木目はさあ、生徒を好きかもって思ったことあったりする?」

 因みにだ。ふと気になって訊いてみただけだ。他意はない。

 でも相手はそうは思わなかったようで、しかし愉しげに「教えない」と答えると一方的に通話を切って逃げてしまった。ケチめ、呟いて画面にふれ、スマホをポケットに流し入れる。

 助手席に放り出したビニール袋の中には土つきの野菜が入っている。家に帰って着替えていると宅配便が届いたのだ。実家の兄貴が、最近趣味で畑を始めたらしいのだが眠っていた才能が揺り起こされたらしく、なかなか立派なものが採れてご近所にも配ったりしているみたいだった。

 たしかに、何かを育てるということに関しては俺より余っ程向いてそうだと昔から思っていた。内容物はそれだけじゃなく、見合い写真まであって、いいかげん懲りろよと一瞬憤ったがフッと脳裏に、羽瀬川の部屋のがらんとした寂しい光景が浮かび上がって、どういうことにせよ自分を心配してくれる人間の有難みを、勝手に実感してここへ来る前に断りの電話を入れてきた。

 微妙に押し殺してはいるものの義母の声はどこか嬉しげで、あれはきっと、たまにはこっちへ連絡を寄越してほしいというサインだったんだとようやくわかって次からはもうちょっと、こまめに近況報告しようと心を入れ換えた。簡単に帰れないなら猶更だ。血のつながりがないから蔑ろにしてもいいなんて思ってない。

「……よし」

 そしてもうひとつ、こちらは振動のあまり行かないよう特別待遇で後部座席に載せていた袋を持って車を降りる。なまぬるい夜の風が髪をかき回して通り過ぎ、なんとなしに見あげた空はすこし曇っていた。明日の夜は雨が来るらしい。クラスマッチの運営を実質的に担当する体育教師達が天気予報を調べて学校の行事予定と照らし合わせ、連日で取れる最もいい日を一応選んでいると聞く。そっちはギリギリ保つだろう。

 そのほうが却って日中は陽射しがなくていいかと思っていたが、曇りでも脱水は起こるし熱中症の危険も変わらないそうなので、明日はこまめに見廻るという方針が今日の帰りに打ち出されたところだ。俺よりもうひとまわり上の世代の先生方が言うには、昔は6月になれば雨が降って7月にはからっと夏が来ていたらしい。

 夏が涼しかったり秋が寒かったり、桜が早く咲いて散ったり、いずれは四季の切れ目が曖昧になってそのうちそういう区分自体がなくなってしまいそうだ。常春や常夏もそれはそれで楽しめそうだが常冬は、季節としては好きだが寒いのが苦手な俺には厳しいものがある。

 夏は嫌いだけど得意だ。変なのと笑うから、体質的な問題なんだと付け加えて、またそれを言い訳だと笑われた。
 オレの生まれた日はなんでか雨が多いんですと呟いて。

「――先生……?」
「これ、野菜。実家から送ってきたから」
「え、ちょ」

 確かめもせず開けるな、馬鹿。でもその御蔭で俺がずかずか上がり込むとコンロで鍋がぐつぐつしていた。部屋の主も、制服の上からエプロンをかけておたまを持っている。

「懲りずに家で料理してんのか」
「……別に、死にはしねぇから」
「ばか」

 本妻側だか叔父側だか知らないが、諦めが悪いわりに随分手ぬるい。やはり命を取るまではしたくないのか、この隙に遺産分配についてもう一度考え直すよう見城さんを説得しているのかもしれなかった。

 迷惑な話だ。俺でさえそう思うのに、羽瀬川が、真実を全部知ったらいきなりダークサイドに堕ちるかもしれない。否あれはあれでわりとガッツを要するから、今時の子らしく無気力なこいつにはハードル高いかも。上下関係厳しいし。それに、大人になって思うにあれは周囲に止めてくれる人間がいるからこそ出来る愚行なのだ。

 裏返せばただの甘えで、だから、羽瀬川にはそういう意味でも似合わない。

「とりあえずこっち」
「てか先生、勝手にあがんないで」
「オラ座った座った」
 
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