アフタースクール

ゆれ

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 靴を履き替え外に出ると、もう夏のような陽射しに目を焼かれて顔を顰めた。近いほうの第一グランドはサッカー会場で、女子の黄色い声援が風に乗ってここまで聞こえてくる。そういえば理系クラスに一人、プロの下部チームでプレーする生徒がいたような気がしたが、もしかしたら出ているのかもしれなかった。

 もし剣道があれば、羽瀬川は敵なしだっただろう。

(見たかったな)

 写真の中の少年剣士は今より幼い顔立ちで、白い胴着袴をつけて真っ直ぐに立っていた。誰にも負けない何かがひとつでもあるというのは幸せなことだ。殆どの人間が何もないまま、気づけないままその一生を終えてしまうのだから。

 本当に生まれつき持たないのか持っているのに見つけられないのかは誰にもわからないけれど。俺は、どうなんだろうと思いつつ第二グランドに到着して、今度は砂埃のひどいのに辟易する。ジャージに着替えてくればよかった。体育は教えないし剣道も教えられないので完全に予備の私物だが、学校に置いてあるのに。

「あ、先生だあ」

 自分の試合の合間を縫って、応援に来ていた生徒達が気が付いて手を振ってくる。決勝戦に入るのはどの種目も明日なので成績によっては明日が超暇な場合もあるのだが、勿論単位に入るためやむを得ないときを除き欠席は許されなかった。

 勝てば楽しい行事だが。文化祭と違い得手不得手がはっきりと出るため、退屈そうだったりやけに怯えていたり、或いはイキイキしていたりと見ていて面白い。

「……え、勝ってんの」
 意外すぎるスコアに思わず本音が洩れた。

「そー!」
「先生、羽瀬川がすごいよ」
「マジか」

 ピッチャーは野球部の次期エースだと聞いてなるほどモーションが様になっている。打席の中ではその羽瀬川が、かるくバットを振り直し、ぴたっと止まって構えに入った。

 長い腕が遠心力の助けを借りて勢いよくボールを抛る。いい音を立ててミットに吸い込まれた。キャッチャーマスクを着けて審判を務めるこれも野球部が首を振る。ボール。

「なんか……思ったより高度なことやってんな……?」

 正直昼休みか、よくて体育の授業レベルだと思っていた。見ていた生徒達が言うには、序盤はまさにそんな感じだったのだがラストバッターにおさまっていた羽瀬川が2ランホームランをぶっ放した途端、相手ピッチャーが目の色を変えたらしい。投手というのはプライドの高いいきもののようだ。

 スポーツ選手はとりわけ、能力に優れていればいるほど負けず嫌いのような気がする。というかそれがプロとして通用する必須条件なのかもしれない。敗けてヘラヘラ笑っているような奴は、到底一流にはなれないだろう。

「羽瀬川くーん! がんばって~」
「かっとばせ羽瀬川ァ!!」

 ぶらぶらと片手でバットを左右に二度振り、肩の高さで左手も添える。かるく一回振って制止。まったくおなじ動作で迎撃態勢に入ってピッチャーを見据えた羽瀬川が、一瞬ぎくりと身体を強ばらせたのがわかって「えっ」というかたちに口があいた。目が合う。

「あ、」

 キャーッと一際派手な悲鳴が上がったのは聞こえていたがそれよりも、自分の鼓動の音のほうがずっとうるさくて、動けるようになるまで長い間だったのか、それとも須臾の間のことだったのかはわからなかった。視線の先では羽瀬川が腰を押さえてうずくまっている。

 腕をつよく引っ張られ、「先生!」と大声で呼ばれて我に返った。

「大丈夫か」
「……っ」

 駆けつけると頷きはするが痛そうに顔を歪める。2年チームのピッチャーは頭を下げ、心配そうにこちらを窺っていた。

 続行は不可能と判断し死球だが治療のため、一番遠い打順のピッチャーを除くバッターを臨時代走に出して羽瀬川に肩を貸す。何せ今日のヒーローなのでチームの皆も応援に来ていた奴らも全員が案じていた。当たりどころによっては病院かもしれない。片足をひきずってはいるが感覚がないわけではなさそうで、一応歩けてはいるので本人の申告通り、大丈夫だろうとは思うけれど。

 熱射病対策の飲み水や濡れタオルの他に、擦り傷と打ち身程度なら手当できる救急箱が各会場には貸し出されている。それこそこの間の羽瀬川じゃないが運動部連中などは特に、慣れていて応急処置ができる。互いに我を忘れて熱中していると、得てして怪我はつきものと言えた。

「どこだ?」
「……」
「はーせーがーわ」
「……このへん」

 右打ちなのでマウンドに向いていた左側の、ちょうど腰骨の張ったあたりだろうか。コールドスプレー片手に体操着をめくり、ジャージを引き下ろそうとしてまた後ろが、きゃあきゃあ騒がしくなった。人目を避けるためにわざわざ隅へ移動したのに意味がない。「散れ!!」と一喝すると「ケチだ」「独り占めだ」とぶうぶう言って皆しぶしぶ応援に戻っていった。

 まったく何を考えているのやら。今度こそ、首を戻して目がテンになる。

「は、……えっ?」
「自分でできます!」

 俺の手からスプレーをもぎ取ると、自ら豪快にジャージを下げて円形にあかくなった患部に吹き付けた。
 
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