アフタースクール

ゆれ

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 で、答えは何だったのか。

「……えーと……」

 特殊な動物が生息しているとか。清流は聞いたことないし、きれいな花かも、園芸部だけにあり得る。山菜摘みやキノコ採りは素人が手を出すのは危険らしいし、あとはもうこの清浄な空気を楽しもうとしか。頭を悩ませる俺の横で羽瀬川はシートベルトを外して何やら伸びあがり、せっせとドアの縁にビニールテープを貼り付けている。

 妙に大荷物だなと思ったら、スポーツバッグは半分ほどくちを開いていて、練炭が見えた。

「って、ちょおおおお!! 何!」
「あ」

 慌てて運転席から転がり出る。こんなところでキャンプの調理、じゃ絶対ない、せっかくのデートでいきなり何しようとしてやがんだか羽瀬川の頭の中がさっぱりわからない。さっぱりわからない。世代の所為じゃ絶対なかった。

 それでこんな山ん中に連れてこさせたのか。ほんと本気で何考えてんだ、俺はちょっとくらいはあった教師としての自信を根こそぎ奪われそうになって長く長く嘆息する。ちゃんとそのつもりで準備してきた自分が可哀想な奴みたいだ。というか可哀想だ。

 ジャリ、と小石かちいさな土くれか何か踏む音がして、羽瀬川も車を降りていた。手元がキラッと木漏れ日に光って、何ぞやと目を凝らして見なければよかったと心底思う。もう身体は逃げる方向へ走り出していた。舗道に沿って、しかしややもせずアスファルトが終わり獣道のような土の道路になったので逸れて草木の中を分けいった。

 とにかく無我夢中で防衛本能の命ずるまま木立の合間を縫っていると、シュッと不穏な音がし一瞬の後、目の前数センチで小ぶりのナイフが、ビィーンと撓るのを俺は見た。

 お見事。なんてふざけていられる雰囲気じゃない。俺の身代わりになってナイフに刺された木の後ろに回り込んで隠れる。心臓が打ちすぎて、そのまま骨を破ってバーンと飛びだしてくるんじゃないかと思った。そんな例はこれまでなくても俺がなる。このままじゃ。

「な……なに……」
「理由はご自分の胸に聞いてみたらどうですか」

 離れたところから羽瀬川が叫ぶ。声は森の奥まで染みいってやがて消えた。ピリピリすると思ったら頬がすこし切れている。言う通りにしてみても、心当たりなんてものはちっとも見つからなかった。

 気は済んだのかと思いきや、頭だけ出して羽瀬川の様子を窺うと斜め掛けにしていた物を外してきちんと構えだす。鼻先の細長い、いやでもそんなものを勝手に持ってたら銃刀法違反だ、どうせ偽物なんだろ、だがそれにしたって、銃口を向けられれば誰だって平常心を保つのは至難の業だと主張したい。

「……っわ、」
「先生!」

 地面を蹴って駆け出そうとした足は、思いの外不安定な箇所を選りに選って踏みしだいた。露が結んでいたのか雨が残っていたか、草の上はそりゃあもうよく滑る。力を込めていたのが災いして俺は目一杯、バランスを崩してその瞬間はたしかに宙に放り出された。

「先生!!」

 そんな声出すくらいなら初めっからこんなことしないでほしいんだけど。

 などとぼやく余裕が出来るまで、すこしかかった。何せぶらぶらと頼りなく揺れる足の下は生い茂った木々の枝で若干クッションが効きそうではあるが、かるく20メートルは落ちなければならないので。

 こういうときは下を向いては不可ない。だが上を向いたら向いたで、地中深くに埋まっていたのが崩れて露出した木の根をたまたま、運よく、掴めたからまだ息があるのだと実感して、自分の重みで今にも切れそうで、なのに何故かひどく現実味が薄かった。

「はや、早く、引き上げてくれ、ッ……!」
「モデルガンに決まってんでしょ」
「いいから、早く!!」
「……」

 日本語が通じなくなったみたいに、羽瀬川は近くの木に掴まってただじっと俺をみおろす。その表情が悲しげに見えて絶句した。

「え……?」
「――待っててください」

 平らに言って細い背中は車へ一旦戻っていく。そのまま戻ってこないとは、あんまり思わなかった。もしそうなったとして腕が耐えられなくなったら落ちるだけだ。他にどうしようもない。どうせ。

 地滑りが起きたのか、俺がいる辺りだけがぼこっと突然崖になっている。山肌が剥き出しで苔も草も何も生えてない。ちょっと向こうはもうすこしなだらかにくだっているので、やはり運が悪かったと認めざるを得なかった。

 持ってきたロープを羽瀬川が頑丈な木に括り付け、俺はひっぱり上げてもらいながら崖を攀じ登った。あがってすぐに舗道近くへと移動する。どこがまた崩れるかわからない。だからこんなに車通りもないんじゃねえのかと思いつつ、一応「助かった」と言っておいた。腑に落ちないが、もういい。

 二人だんまりを通したまま車まで戻った。適当に服をはたいてから、とにかく座りたかったのでシートにおさまる。羽瀬川も乗ってきて、荷物の中から今度は水筒を取り出した。なんだ、用意してたのか。

 蓋にとぽとぽと中身を注ぎ、俺に渡す。ふわっと湯気が鼻先をくすぐった。紅茶のような気がしたが、衝動に飽かせて口許に運んで、ふと手が止まる。
 
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