アフタースクール

ゆれ

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「ちょっと……」
「や、すまん、剣道の古傷か?」
「……なんで知ってるのか知りませんが、オレもう剣道は」
「あーわかってるわかってる、思っただけだから。気にすんな」

 俺自身は、羽瀬川に鬱陶しく何故入部しないのかなんてまとわりつかなかったし部員達にも「自由意思の入部届しか受け取らない」ときつく諌めてあった。才能の使い途なんざ個人の自由にもほどがある。それを使うかどうかも、眠らせておいたって一向にかまわないのだ。

 むしろ俺が剣道部の顧問だと知っていたことに驚きだ。ほんとうは、すこしは続けたい気持ちもあったのかもしれない。あまり突っ込むのも可哀想で、咄嗟に他の話題をさがすがただでさえお喋りの好きではない俺に、そんな便利な抽斗がある筈もなく。

「俺も傘忘れたんだよ」
 選りに選って出てきたのがそれで、あーと呻きたかった。

 じゃあその手に持ってるのは何だと掘り下げられるかと思いきや羽瀬川は「聞こえました」とつまらなそうに言う。どうやら俺が気づかなかっただけで、結構前からここにいたらしい。

 何がしたいんだこいつ、と顔に書いてある。一緒に入れて帰ってくれる友達はいないのかと訊くのは、白々しい上に余計な世話だ。それに見ればわかる。

 毎日のように顔を合わせ、様子を見守っていれば自ずと生徒達の人間関係はわかってくる。悪い同僚の木目きめなんかは面白がって、飲みに行ったりすると相関図を描いたりしていた。誰と誰は仲が良くて誰と誰は敵対心をいだき、ここはくっついたここは離れた、ここは奪り合っている、8クラスもあれば縁の糸も様々に広がるようだった。

 手をつないで帰っているのを見かけたり休み時間に二人きりで話したり、さすがに告白の現場に出くわしたことはないが同僚の先輩教師などはそれできまずい思いをし、生徒に恨まれた経験もあると話していた。男女交際は別に悪いことじゃないし、俺も何もなかったとは到底言えない高校時代を送ったので多少は目をつぶっている。うちの学校は全体的にそういうスタンスだ。

 だがその幾重にも複雑にからまり合う糸に、同学年の他のクラス担任をもってしても情報のあがらない殆どかかってない生徒がいる。それがこの羽瀬川だった。

 俺のあまりにも不用意かつ突拍子もない行動の所為ですっかり苛立ちを孕んでしまったが、見てくれは悪くない。それどころか恵まれていると言っていいし目立つ部類に入っている。そのくせ恋事の噂がまったく聞こえてこないし巻き込まれもしていない。中には数週間単位でくっついては別れを繰り返す猛者もいるというのにだ。

 それこそ余計な世話だが、興味がないんだろうか。お世辞にもそいつらのほうがこの羽瀬川より顔面偏差値が高いということはない。顔が良いと逆に敬遠されるものなのか。若しくは、とんでもない人格破綻者か、だが。

「入る?」

 他に選択肢はなかった。もうちょっと小降りなら譲ってもよかったが、生憎そう都合の好いことにはならない。ざあざあ雨は地面を打ち続けて、霧のようにあたり一帯がけぶっている。

 季節の変わる前触れなのかもしれない。頭が痛んで、雨が降ると俺は大体こうで、だからすこし変だったかもしれない。

「交際もしてないのに相合傘なんてできません」

 それが羽瀬川なりのジョークだったのか、断りの常套句か、とにかく「ああそう」で済ませられるくだらない類いのものだったが俺は余韻まで長く聞いていて、それならしょうがないなと納得した、ふりをした。本当はいい機会だと高揚していた。それによって、後々生じるかもしれない問題について考えることは放棄していた。

「じゃあつき合うか」
「――……」

 羽瀬川のまるい目がさらにまあるくみひらかれる。影になった俺と、ちかちか瞬き始めた古い蛍光灯がそこに映り込んでいる。

 こぼれ落ちそうだと思いながら、見ていた。




 * * * *




「あのう、そこの数名ほど殺っちゃってそうな顔した人」

 そんな言葉で呼び止められて、穏やかに受け答えできる人間がどれほどいるだろうか。

 というかまず自分のことと思わないだろう。俺も思わなかったので、鼻歌の如く聞き流して目的のスーパーへと歩を進めた。どうしてもお好み焼きが食いたくなって材料を調達に行く途中だったのだ。日曜の昼下がり。天気はとても良い。

 誰のことか知らんが、随分失礼な言い種だな。いきつけのスーパーの看板が前方に見え始めたので俺もすこし早足になっていた。そこを後ろから、手を掴まれたのでびっくりして振りほどいた。普通そんなことをしてくるのは犯罪者ぐらいしか心当たりがない。

 しかし結果から言うと何故かがっちり掴まれたままほどけなかった力強い手の持ち主は、派手なフレームの眼鏡をかけた髪の長い女だった。見知らぬ。先程の声が男だったので二度びっくりだ。

「泊可士和かしわさんですね」
「……誰?」
「ンだよ男はスルーで女しか受け付けねーって感じワルぅ」
「アァ?」
「あんなので立ち止まる人なんているわけないでしょ」
 
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