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しおりを挟むここはここで通行の邪魔だなと空いていたベンチに座った。盗撮を疑われないよう、またポケットに突っ込んだが指はさわったままだ。
(しょうがないだろ)
自分の胸にきいてみて、いやだよと返ってきたとして、麗一にはもう愛想を尽かされている。空護がその気でも相手もそうとは限らないのだ。万事においてそうで、自分の望みや想いが真摯なら絶対に叶うなど、ただの創作めいた妄想だった。
父と母はどんなにいい子にしていても帰ってこなかった。辛うじて記憶のある空護と、ほぼ憶えてない天満は、どちらも可哀想だった。振り返ればもうその年頃できれいに諦めるすべを身に着けていたのかもしれない。一度去っていった人間は二度と戻ってこない。
プレイとかしなくても、ただ一緒にいるだけも、もう駄目だろうか。
「……あ、まだ使える」
何の気なしにタップしてしまったGPSアプリ。赤いマークが点滅している。しかもわりと近い。麗一の自宅はもっと離れている。仕事かなと思いつつ、画面を消そうとするのだが出来ない。身体が拒否する。
当たり前だが空護がいなくても麗一の時計は進むし、麗一がいなくても空護の時計も進む。波知乃はああ言っていたけれど、全部彼の考えで麗一の意思じゃない。希望的観測というやつだ。
個人情報の悪用はよくない。よし、アプリを削除しよう。操作を進めていって、最後のひと押し、というところで躊躇う。
うぐぐとひとりで唸っている空護を、くだんの若い母親がやっぱり訝しげに見ている。
「元気かどうか、ちょっとだけ、遠くから、見るくらい……」
スマートフォンをいじっていて気づいたが写真の一枚も撮ってなかった。ひらめくとどうしても実行したくなり、なまじすぐそこにいるので、もう無駄な抵抗はやめてしまおうと思った。明日を元気に迎えるためでも何でもいい。自分頑張れの気持ちで空護はGPSの教える場所へ足を向けた。
先程のカフェからそう遠くない、商業ビルの立ち並ぶ通り。飲食店も多く、いかにも麗一がいそうではある。
日中はほどほどの人手なのでばれないよう注意しなければならない。誰かの跡をつけるなんてしたことがない。しかもお世辞にも向いているとは言えない図体。こそこそしていると余計に目立つのだが、空護は気が付いてなかった。向かいの通りを対象と平行に歩いて距離を保っている油断もある。
なんで選りによって今きつね色の頭をしているのだろう。かぶる物を持ってくればよかったし、今日にかぎって上着にフードが付いてなかった。小麦畑にでもいれば紛れ込めていたのだろうが……。
麗一は相変わらず好感度の高い笑顔でツレに話し掛けている。すれ違った女の人が二度見する。空護にするのとは明らかに目的が違う。こちらはせいぜいバスケ選手かバレー選手と仮定されておしまいだ。Subでもないかぎり声を掛けようかどうしようかなんて間違っても吟味されない。
信号が青になるのを待っているふたりの、ツレのほうの男の顔がふとこちらへ向いて、空護はえっと声に出して驚いた。
「は? ……ちょ、はあ???」
最後は殆ど大声になっていたので近くにいたおばさんに何この人という眼で見られたが、涼しく後ろにして大股で通りを渡る。信号待ちの麗一達にあっさり突撃して人違いじゃないのに改めて驚愕し、目を丸くする麗一に半ばキレながら宣言した。
「これ弟」
兄に親指を向けられて片眉をつりあげた天満と、その横で麗一が、まったくおなじことを空護に言う。
「知ってる」
「知ってる」
「え、知ってんの!?」
緊急事態に、信号は青になったけれど向こう岸へは渡らず、傍にあったファストフード店に入る羽目になった。麗一はあまり好きではないので飲み物だけ注文し、天満が勝手に頼んだバーガー類やサイドメニューとともに空護が運ばされて、三人で二階のボックス席におさまる。
状況がよくわからなかった。「身体によくない物はうまいって相場が決まってるんですよ」などと弟に唆され、麗一がポテトフライをつまむのをぼんやり眺める。これは、デート?なのだろうか。とにかく尾行は失敗に終わった。
「……うーん、たしかに」
「でしょ」
揚げたてよりちょっとしんなりしたほうが好きという話を暢気にしていたと思ったら、天満が「全然知らなかったみたいだね」と出し抜けに振ってきた。
「ふたりが知り合って結構すぐだよ。星子さんが兄貴のパートナーだって俺に会いにきたの」
「マジか」
「まあ、直接だったから、ちょっと不思議ではあったけど」
突然やり手そうな人が現れて戸惑ったが、空護がどういう好みかも、これまで付き合った相手もさっぱり見たことがなかったので、話半分くらいに天満は思っていたらしい。たとえ騙りだったとして実害も特にない。
そうしているうちに空護から相談を受けるようになり、徐々に人物像が一致して、ようやく連絡先を交換した。知らないところでそんな交流があったとは、まるでわからなかったし天満は一体どういう気持ちだったのかも、空護には理解できないことしかなかった。
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